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2024.07.08:ルックバック

6月28日に封切られた藤本タツキ原作のアニメ映画。
原作の読み切り漫画は未読。 というよりも、その存在も知らず。 即ち、事前の知識は全く無し。
知ったのは、映画の広告。 そこには、ひたむきに何かの創作に取り組む年若い二人組の姿。 そしてキャッチコピーに「描き続ける。」とある。
少々印象に残り居住地近傍のシネコンの上映スケジュールを確認してみたら、ちょうど良い時刻。 それではと、歩を向ける。
上映20分前。 その場でチケットを購入し席を指定しようとしたら殆ど埋まっている。 話題になっているということか。 これは期待が持てそうだと、上映室に入った。

自身とは異なる何かを持つ者同士の出会いが、足し算ではなく掛け算として互いに作用すること。 それを、若いクリエイターの卵たちを通して瑞々しく描く。 更には、タイトルの「ルック・バック」に様々な意味を織り重ねながら目まぐるしく物語が進行する。 そして降雪地域の四季折々の風景描写が、各場面に彩りを添える。 ネタバレとならぬように概要を述べると、この程度となろうか。
恐らく、クリエイターと呼ばれる職能に就く人には深い共感や懐旧を。 そうではない鑑賞者にも憧れの念を抱かせるのだろう。 まぁ、私の場合は後者に近しい感覚での鑑賞であった訳だけれども。

上映時間は約60分。 その長さがストーリー展開を引き締め、全体の構成を適切に纏め上げる。
終盤に訪れるシーンでは、私のすぐそばの席でポップコーンを間断なくバリバリ食していた少々喧しい御仁の口と手の動きがぴたりと止まった。 つまりは、そんなシーン。 そういった展開を入れないとストーリーが動かないのか。 違う展開はあり得なかったのかと、そこだけは少々眉を顰める。 そんなことでお涙頂戴とはちょっと安直だネとも思う。 しかし、その非業をのり越えて創作に勤しむ主人公の後姿を背景にしたエンドロールを眺める時間は、創り続けることへの覚悟や力強さについて改めて考えさせられる時間でもあった。
そんな余韻と共に、映画館を後にする。

2024.07.02:バーテンダー 神のグラス

先月末、掲題のアニメが全12回の放映を終えた。
第二回目を視聴したのちにその感想を4月30日にこの場で述べている。 その後の展開に期待しての書き込みであったが、以降のエピソードは少々腑に落ちぬ場面も散見された。

例えば第三話。
叙勲の栄誉を得た老練バーテンダー葛原隆一と主人公佐々倉溜のカクテル対決。 取り敢えずは若い佐々倉が葛原の一杯から完璧の在り方について何かを汲み取るという纏め方ではあったけれども、そもそも完璧とは何なのか。 その価値判断の在りようは様々あって、佐々倉のカクテルの捉え方が葛原が言う堕落と決めつけられるものでもあるまい。
当該アニメの原作者は、それ以前に手掛けた「ソムリエ」と題する作品の第46話でも完璧を巡るエピソードを綴っている。 そこでは、狷介孤高の指揮者が主人公のサーヴィスに満足しつつ、「完璧と思えた時・・・それは実はスタートにしかすぎない」と語りかけている。 漫画の中の架空の話とはいえ、完璧に到達したと自他共に認め得る者のみに許される言葉。
であるならば、完璧を自負する葛原はその熟練の先に何を見ているのか、若しくは見れているのか。 ま、何をやっても完璧ではない私からしてみれば何とも羨ましいというか端から無縁のお話。
その葛原のBar。 政財界の重鎮をも唸らせる一杯を提供する空間の割には随分あっさり・・・というよりも安手なインテリアに見えなくもない。 モデルが実在するのだろうけれども、もう少し絵的に気の利いた設定があっても良かったのでしょうね。

この例に漏れず諸々違和をもって捉えてしまうのは、登場人物一人一人の掘り下げが希薄だったためかもしれぬ。 それは、長期にわたって連載された原作の膨大なエピソードを1クール12話に絞り込むために所々つまみ食いする様に再構成したためか。 結果、登場させる必然が感じられぬキャラクターもおりましたか。 そのキャラクターの登場回分を他のエピソードに振り分けて、もっと深くじっくり描いた方が良かったのではないか。
素材自体はとっても良い筈なのに、そんなところがちょっと残念なアニメ作品ではありましたか。 と言いながら最終話まで視聴したのは、概ね穏やかな作風ゆえに落ち着いて視聴出来たため。 知識が皆無のカクテルについてもほんの少しだけ学べましたし。

2024.06.24:図書館三昧_21 甘楽町図書館

※1

群馬県信用組合甘楽町支店


※2

群馬銀行甘楽町支店

上信電鉄上州福島駅にて下車。 駅前から真正面に伸びる道路を南進するその両側には、かつてこの地に固有の養蚕農家の形式を残す民家が僅かに散在する様子を確認する以外には、これといった要素は見い出せず。
そして歩を進めること数刻。 進行方向右手に目に飛び込んでくる当該図書館の外観は、土蔵造りを思わせる和風の外観。 やや唐突感を抱きつつ周囲に目をやると、意匠の方向性が類似すると感じられる外観を持つ金融機関の支店が二件確認できる。 一つは群馬県信用組合甘楽町支店※1。 もう一つは群馬銀行甘楽町支店※2。 両者共に、和風の意匠を忠実に反映させるのではなく、その要素を簡素に組み込みながら外観を整えている。 だから、前者の二階に穿たれた三連スリット小窓直上の小庇はアルミ製。 後者のエントランス直上の和瓦を載せた切妻屋根も、敢えて棟瓦は再現せず、鋼材を用いて現代的な処理を行っている。
和の要素を取り入れたこれらの建物が近接して建ち並ぶ様子に、何か独自の景観条例が制定されているのかなと一瞬思う。 しかしそれらと、この地のかつての養蚕型住宅との意匠的な雰囲気の共通項は無い。 ための唐突感であった訳だが、地図を見て納得する。 駅から歩いてきた道路の名称は「下高尾小幡線」。 そのまま南に向かって進めば、やがて城下町としての景観を遺す小幡町に至る。 そのエリアを意識した意匠的配慮なのだろう。

改めて前面道路から図書館を眺める。 切妻屋根を載せた二階建ての棟と平屋棟を、道路に対して妻面を向けるように並列配置。 双方の間にエントランス部分が挿入される。 そのエントランス部分は真っ赤に塗装された整形フレームが、建物全体のモノトーンな雰囲気と鮮烈な対比を成す。 というよりも、このグリッドの存在が、当施設の存在を強く印象付ける。 傍らの館銘には「ら・ら・かんら」の表記。 図書館のみならず地域コミュニティ施設も入った複合用途。 棟を二つに分け、二階建ての方をコミュニティ施設、平屋側を図書館の用途に充てている。

屋内の第一印象は、「暗い」であった。 室内照明設備の点灯は必要最小限に留められ、自然採光に照度の殆どを担わせている。 一瞬、閉館しているのかと思わせるほどであった。 開架書棚の天端にそれぞれ照明設備が組み込まれ、人が通る度に自動で点灯する。 また、閲覧用の机も個別に照明設備が設えられている。 だから利用に支障が生じることはない。 それにしても館内全体の照度が著しく抑えられている。 しかしその印象は、慣れると落ち着いた雰囲気に思えてくる。 見上げれば、屋根形状に合わせた勾配天井が伸びやかな空間を作り出す。 しばし目的の郷土資料に目を通しつつ、その静穏な雰囲気を愉しんだ。

竣工:
2002年3月

設計:
合同会社建築計画研究所

規模:
RC造, 1143平米
2024.06.18:変わらぬ風景

日本建設連合会の刊行物「ACe建設業界」に松村秀一氏が隔月連載しているコラム「希望を耕す」。 今年の4月号には、神戸芸術工科大学学長就任に伴い久々に故郷である神戸市に戻られた旨が記されている。 埋め立てやそこに建てられた芦屋浜高層住宅等、かつて住んでいた頃から大きく改変された街並みに触れつつ、それであっても風景の基本構造を成す地形の本質は変わってはいないとのコメント。

なるほど、確かに私もかつて過ごしていた長岡市を訪ねる際、新幹線の進行方向右手に連なる山並みを見て、戻ってきたなという感慨がわく。 恐らくは、何の変哲もない稜線。 にも関わらず、一瞥すれば即それと視認し得るのは幼少のみぎりから高校卒業まで、日常的に眺めていた風景ゆえ。
建設行為という人の手に拠る風景の改編に全く左右されることなく泰然と存する地形。 実は街の固有性や記憶は、それらによって生成されるのであり、街そのものを構成している建物や街路が及ぼす影響など微々たるものなのかもしれぬ。

しかし、そういった圧倒的スケールの地形が無い、もしくはそれ自体が大きく変わってしまった街の場合はどうだろう。
例えば千葉県の浦安市。 ここ半世紀の間に東京湾岸の浅瀬の埋め立てにより市域は4倍に拡大。 それによって生じた「新町」と呼ばれるエリアには、あたかもSimCityの画面を眺めているかの如く、街並みが時々刻々計画的に整備されてゆく。 一方、埋め立て事業が始まる以前の漁師町であった頃から続く「古町」と呼ばれるエリアも、自然発生的な迷路状の狭隘な道路が区画整理事業によって改められ、かつての雰囲気は失われつつある。 それらの変化に対し、不変の風景として存する山並みなどは無い。

それでも尚、変わらぬものとして知覚され得るものは果たしてある哉。
そう考えた時、この前の週末に同地で開催された浦安三社祭は、それに該当するのではないか、などと思った。 四年に一度、同地の「古町」を中心に大規模に開催される祭り。 八十基あまりの神輿が各町内から繰り出し、「まいだ!まいだ!」というこの地域固有の勇壮な掛け声とともにかつての集落を渡御する。 既に失われていると思われた地域コミュニティが、祭りを介して脈々と生き続けている様子が垣間見える。
祭り。 それも妙に観光目的化されていない、地域にしっかりと根付いた地域のための祭り。 非日常のその一大イベントも、街の変化に左右されぬ「風景」なのではないか。
ふと、1977年に発刊されたSD誌別冊「日本のコミュニティ : コミュニティとその結合」を再読してみたくなってきた。

2024.06.12:TVドラマの様に
※1
飯高檀林については、2009年11月14日にもこの場に書いている。

建築探訪のページに登録している匝瑳市役所本庁舎に関し、文章と画像共に全面改訂した。 当該ページの登録が約十年前。 意を尽くしてページを作成したつもりではあったが、時を経て改めて目を通してみると所どころ修正を試みたくなってくる。 でもって手を付け始めたら止まらなくなり、結局全体に及んでしまった。
挙句に、久々に同庁舎を再訪することに。

最寄りのJR八日市場駅に初めて降り立ったのは二十年ほど前。 目的は駅から北に直線距離で約5kmの山間に在る飯高檀林跡。 当時、国重要文化財に指定されている講堂の修復工事が進められていた。 進捗に応じ現場が公開されたため、幾度か同地を訪ねていた※1。 その際には駅前も散策。 看板建築や土蔵などの歴史的建造物が散在し、子細に巡れば興味深い佇まいに多々遭遇出来る街なのかもしれぬといった印象を持った。 市庁舎の設計が川島甲士と知ったのもその頃。

こうして過去に何度も駅に降り立っている筈なのに、改めて見る周囲の風景は「こんなだったかな?」といった雰囲気。 記憶がかなり薄れてしまっている。 戸惑いながら歩を進める中、辛うじて見覚えのある交差点に差し掛かると、その角地に堂々と鎮座していた筈の土蔵造りの商店は除却されていた。 空しく広がる更地を前に無常観に耽るのもつかの間・・・
腹が・・・減った・・・♪ポン、ポン、ポン・・・(←孤独のグルメ風)。
よし、店を探そう(←同上)。
ということで、古びた一軒の飲食店に入る。 店先のメニューサンプルは日に焼けて煤けている。 内装壁は、プリント合板を基調とした昭和半ばの雰囲気が濃密。 店員は全員御高齢。 「こういう店が意外と旨いもんなんだよ。」 などとこれまた「孤独のグルメ」の主人公の様なモノローグを頭に浮かべるが、それから約三十分後、「なかなかドラマの様にはいかないよな。」と落胆しながら店を後にする自分がいた。

げんなりした心身を引きずりながら辿り着いた市庁舎は、しかしやはり良い。 素晴らしい建物を前にすると、疲弊した身も心もシャキッと引き締まる。 暫し視覚の享楽に授かった。

2024.06.04:新建築2024年6月号

時折この場に身分不相応に思い付きで書き散らしている新建築誌掲載作品の感想。 今回は2024年6月号から三点。

住宅地に立つ倉庫/
中村竜治建築設計事務所

その作品名称の通り、何の変哲もない住宅地の中に建つ倉庫。 それ以上でも以下でもない。 特殊な物品を収容する訳でもなければ、何か特別な内外観意匠が求められた訳でも無さそうだ。 恐らく、意匠のために支出が認められるコストなど、皆無だったのであろう。
そんな仕事に建築家が関わるというのが面白いし、果たしてその職能を如何にプロジェクトに反映させるのかという点に関心を持つ。 そして紙面を見る限りにおいては、その役割が十分に果たされた様に思われる。 町並みに静かに納まっている様に見えて、建築家無しでは得られぬ凛とした佇まい。
しかし実相はどうなのか。 現地に出向いて確認してみたくなるのは、掲載画像がいずれも部分を捉えたものであり、倉庫全体と近隣との関係を示すアングルが無いため。
ともあれ、そんな仕事が、例えば内藤廣が手掛けた銀座の一等地に立地する商業店舗の典雅なインテリア設計と一緒に紙面に掲載されるところが意義深い。

豊田市博物館/
坂茂建築設計

市が当初策定した基本計画とは全く異なる配棟とした旨解説にある。 その成果は、隣接する既存の豊田市美術館と並置された様子を捉えた俯瞰画像を見れば一目瞭然。 あたかも連歌の如く、二つの建物がランドスケープも含めて約三十年の時を隔てた相補の風景を成立させている。 ここにも建築家の職能が存分に発揮されたプロセスを容易に読み取れそうだ。
しかしそれは、上空からのアングルによってもたらされる印象。 果たして、地上の人の目線においてはどうなのだろう。 案外、市の基本計画において示された配棟の方が対角上に互いが捉えられることで別の相補関係が構築され得たのかもしれぬ。 更にはそれによって、敷地の高低差に係る開発行為も最小限に留められた可能性もあろう。 公道から駐車場までの動線の短絡もあり得たのかもしれぬ。 予算配分を含めた敷地利用効率と、隣接する既存公共建物との対峙の在り方。 トレードオフとなるその関係性に対する実施案の評価は如何程に・・・なんてことをひねくれ者の私はついつい妄想してしまう。

古平町複合施設 かなえーる/
大成建設一級建築士事務所

※1
古平町の旧庁舎については「建築探訪」のページに概要を掲載している。
この作品紹介を機に、同町の旧庁舎※1が既に除却されて久しいことを知り、少々寂しい気分になる。 それは何も、物理存在の喪失に対する感情ではない。 その事実を数年後に漸く知るに至るほど、このエリアに対して自身が無関心になってしまっていることに対する寂しさである。
ともあれ、そうして新たに整備された庁舎と交流センターを収容した複合公共施設は、屋内の天井面に架構される木とコンクリートを一体化させた梁が興味深い。 型枠と意匠を兼ね、且つ木材の有効利用にも資する。 今後の応用展開が楽しみな技術だ。
そして形状と間隔を数種設定しランダム配置した外周の柱も、内外観を効果的に特徴づけている。 構造体としての与件を満たしつつ意匠性の生成にも寄与し、更には外断熱層の設置や配管埋設による輻射冷暖房の実現等、柱が多機能部材として扱われているところが面白い。 しかし、躯体フカシ部に埋め込んだ配管のメンテナンスや更新性はどの様に考えられているのだろう。 温熱環境に関わる省エネ性と快適性両立の点でとても有効な技術だと思うので、その辺の解説もあれば良かったと思う。
2024.05.29:メーカー住宅私考_192
旭化成ホームズ Asu-haus

※1
遡れば鎌倉期に俊乗坊重源が指揮を執った東大寺の再建においても、構造部材の種別の徹底した集約化によってサイトプレハブ的な生産体制を整備し、大規模建築物の効率的な建立が企てられた。 建築生産の工業化の先駆例である。
詳細は、佐藤隆久の論文「東大寺南大門における部材寸法の規格化について:大仏様における部材寸法の規格化に関する研究 その1」等に言及されている。

最近、旭化成ホームズから木造軸組みの新商品「Asu-haus」が発表された。 その報道を目にした際に浮かんだ言葉は、「工業化住宅の縮退」であった。
否、その言葉が浮かんだのは今回が初めてではない。 既にミサワホームや大和ハウス工業も木造軸組みの商品体系を整備し、売り上げシェアを伸ばすべく事業展開を図っている。 積水ハウスも、独自の構法ではあるが木造軸組みのブランドを展開している。 鋼材を用いた構造体であるとか各種乾式内外装材の採用等、プレファブリケーションを前提に前世紀半ばに興隆した新たな住宅生産技術は、いずれ淘汰され木造軸組みへと還っていくのか。
あるいはそもそも、住宅着工戸数に係る工業化住宅の割合は、それほど高くはないまま推移してきた。 特定の時期の特異な事象として建築史の片隅に記述されるのみに留まることとなるのだろうか。

とはいえ軸組み木造と工業化住宅という分け隔て自体がもはや意味をなさぬ。 さほどに木造軸組みも工業化が進んでいる※1。 プレカット技術以前に、それ自体がオープンシステムであること。 そして多少の違いはあれど、全国概ね共通のモジュラーコーディネーションの意識が伝統的に共通言語化されていること。 それらは、クローズドシステムとして進展してきた住宅メーカー個別のプレハブ住宅よりも工業的といえるのかもしれぬ。

「Asu-haus」のニュースリリースに紹介されている「甲州街道モデル」の内外観画像及び平面図に対する印象を三点。
一つは外部開口の少なさ。 例えばアイフルホームが2021年に発表した「すごい家」でも思ったことだが、高気密高断熱に係る要求性能を満たすために今後は外部開口を極力抑えた閉鎖的な構えの住まいが一般化し、日本の住宅地を形成する風景となるのだろうか。 しかしそれが冬期や夏期の暖冷房負荷抑制に絶大な効果をもたらし環境配慮に資するとして、中間期における外部環境と連関した快適性の享受の面では果たしてどうなのか。
二点目は、提示プラン。 整形6間取を基本骨格としている。 一階は、玄関を起点に三方向に展開する屋内動線が、引込み戸でルーズに繋がる諸室を巡る。 二階は、そんな一階と吹抜けを介して連携しつつ、個室は寝室と客室の二部屋のみ。 夫婦二人暮らしの想定なのだろうか。 厚労省公表の「世帯構造及び世帯類型の状況」によると、2022年6月時点の平均世帯人員は2.25人。 永らく提案モデルの想定の鉄則となっていた親子四人家族など遠い昔の話。 現実に合わせたモデルが提示されるようになりつつある様だ。
三点目は、木造軸組採用の必然性。 内外観意匠表現として同構法が活かされているようには見えない。 単に、低炭素化社会の実現に向けた木材利用の範疇に留まっている感が無きにしも非ず。 例えばそこには、軸組みを内外観に積極的に現わしとしたミサワインターナショナルのHABITAの様な個性は無い。 果たして新ブランドとしての強い商品性を表現し得るのか。 そして、ALCパネルの代名詞として不動の立ち位置を確立している感のある同社の「ヘーベルハウス」と同質のブランドとなり得るのか。
当面はエリアを絞った限定販売の様だが、今後の同社の木造への取り組み動向が少々気に掛かる。

2024.05.22:メーカー住宅私考_191
バルコニーレス

※1

1977年に発表されたミサワホームA型二階建て以降、同社の各モデルに共通して採用されたフラワーボックス。 FRPの上に吹付けタイルを施したもの。 画像は、1978年に発表されたミサワホームG型の南側立面。


※2

SIV型にて仕様化された南面二階のバルコニー。


※3
当該モデルについては、2023年9月20日にこの場で言及している。

前回のこのシリーズで、メーカー住宅の中古事例収集について記した。 なるべくオリジナルを良好に留めているものが望ましいとも述べた。
では改修されているものとしてどの様なパターンがあるか。 昭和50年代のミサワホームの企画住宅に関していえば、南側立面二階部分への既製品バルコニーの付加が多く見受けられる。 ミサワホームO型を手始めに、往時の当社の企画住宅は、南面二階開口部周りにはバルコニーではなくフラワーボックスと称する外装部材が取りつけられていた。 敢えてバルコニーを配しなかったのは、意匠・コスト・生産性等を鑑みての判断だったのかもしれぬ。 以降のG型やM型等の同社の各商品体系においても然り。 往時の同社の企画住宅の意匠設定における一つの決まり事となっていた※1

結果として後年、アルミ型材を組み合わせた既製のエクステリア商品のバルコニーに交換されるケースが散見される事態へと繋がる。 生活実態としては晴れた日に屋外に洗濯物や布団を干す場所が欲しい。 そこには意匠も生産性も介在する余地はない。 草花を飾る、ないしは空調室外機を置く場所としてのフラワーボックスなど、何の利益も無い。 ということでバルコニーに改められる。
文字通り木に竹を継ぐ様なその改変によって企画住宅としての商品性や意匠性は著しく減退してしまう。 ネットでO型中古住宅事例を見掛けた際、多くの南側立面に見受けられるその状態にはがっかりさせられるが、しかし日常生活においてそれは切実な問題でもある。
そのためか、O型の発表から暫く経ってからの同社の企画住宅シリーズの中には、バルコニーを設置したものも登用する様になる。 例えば、S型NEW。 あるいはSIV型※2。 AIII型おいても、フラワーボックス転じて奥行きの浅いバルコニー的な外装部材が窓廻りに取り付くようになり、以降暫くの間の同社の標準外装部材として用いられた。 O型すら、後継モデルのGOMAS Oでは二階部分に矩折りにバルコニーが廻された。

然るに、そのバルコニーの用途が何かといえば、大半が前述の物干し場に限定されているのが実態。 それ以外の活用実態は殆ど無いのではないか。 そんな背景もあって、最近はバルコニーを設置しない規格住宅や建築事例が増えつつある様だ。 メーカーの資料によっては、商品の魅力を説明するアイテムの一つとして「バルコニーレス」なる単語を表記しているものも散見される。
部屋干しの一般化。 それは共働き世代が天候を気にすることなく任意のタイミングで洗濯を行うライフスタイルの一般化。 あるいは、乾燥機一体型洗濯機の一般化などが背景にあると言われている。 供給者側も、先述の意匠やコストや施工性の面でメリットがある。
50年代のミサワホームが広告等に掲げていた「ミサワホームは21世を捉えた!」という決まり文句が、バルコニーレスという状況に関しては現実のものになりつつあると言えるのかもしれぬ。

同社が昨年発表した「NYSTYLE N」も、バルコニーレスの商品だ※3。 代替として二階南面にインナーバルコニーの様な空間が設えられた。 洗濯物の室内干しを想定し、そのインナーバルコニーに連携してウォークインクロゼットを設けるオプションも提案されている。
しかし個室の南面に設けられたその帯状空間は、バルコニーが担う物干し場としての用途のみならず、日常生活におけるより多様且つ積極的な活用が期待され得るのではないか。 なぜならそこは広縁の様な空間でもあるからだ。 日本古来からの屋内外の中間領域。 その要素のもつ空間がインナーバルコニーとして住まいの中に挿入されることで、昨今縮退が顕著な和室ないしは和風の住まい方に対して、新たな指向をもたらすきっかけとなり得るのかもしれぬ。

2024.05.16:メーカー住宅私考_190
中古物件の画像収集

時折、ネット上で中古住宅の販売サイトを観て廻っている。 検索範囲は全国。 そしてその対象は昭和40年代から50年代にハウスメーカー各社が販売していた規格型の住宅だ。 更にそれらの事例の中でも、リフォーム等が施されずに引渡し時の状況を可能な限り美しく保持しているものが望ましい。
こう書けば、閲覧の意図を汲み取って頂けるだろうか。 そう、物件の購入は全く考えていない。 その意思があるならば、エリアを特定し、そして適切にリフォームや各種メンテナンスが施されているものを選択する。 では目的が何かと言えば、かつて各社から発表されていたモデルの詳細情報の収集だ。

ネットに出回る中古住宅の広告は、個々のモデルの公式な販売資料等に掲載されていた画像とは異なる内外観のアングルが多数紹介される。 それらは、公式資料からは読み取れぬ詳細を知る上で極めて重要な情報を有する場合が多い。 中には、公式画像以上に内外観の魅力を雄弁に伝える写真も散見される。 であるからして、収集対象としてなるべく改修の手が加えられていない事例が望ましい。
あるいは、かつてそれらの規格住宅が販売されていた際のパンフレット等に掲載される写真は、見映えを良くしようと大量の什器が並べられるため、プレーンな状況を確認することが困難なものが多い。 一方、中古住宅販売サイト掲載画像は、基本ガランドウな内観が示されたものが殆どだから、素の状態の確認にはもってこい。 逆に、まだ居住中のために様々な物品で室内が溢れた写真が載せられているものについては、それはそれで住まい方の一事例を垣間見ることが出来るという訳だ。 更には、極めて販売実績の少ないレアなモデルに遭遇することもある。
ということで個人的にはとっても有意義な情報収集行為なのだけれども、こんなことを書いても一般的には「一体何が楽しいの?」と思われてしまうことになるのだろう。 でも、「えぇ、すこぶる楽しいです」と返すしかない。 えてして趣味なんてそんなものといったところではありますか。

しかしこうして収集する事例の中には、「古屋」表示されてしまっているものも散見される。 つまり売るのは土地であり、そこに建っている家は老朽化が著しいために瑕疵担保責任免責の粗大ごみ扱い。 高品質高耐久を謳っていた筈の各社のモデルも、居住様態や適切なメンテナンスの有無によっては、ある程度の年月で不動産価値を滅失してしまう。 個人的な収集対象は建てられてから既に30年から40年以上が経過している。 同様の扱いを受ける事例は今後ますます増えることとなろう。
それでなくとも、中古不動産情報は契約成立もしくは販売取り下げまでが公表期限。 かけがえのない情報との出会いは時間との勝負。 一期一会なのだ。

2024.05.07:異種グリッドの接合

※1
江別駅前のバス乗り場については、「徘徊と日常」のページで2015年5月30日に言及している。
また、新潟駅前のバス乗り場についても「建築外構造物」のページで言及すると共に、この場に4月10日に記している。


※2

滝川駅周辺の航空画像
出典:国土地理院ウェブサイト


※3
柳田良造
日本建築学会計画系論文集第81巻第725号(2016年7月)

連休は、いつもの通り北海道の実家へ。 そして実家周辺を散策する等、ゆっくり過ごすのもいつもの通り。 とはいえ一日くらいはどこか遠くに行ってみようと地図帳を広げる。 いわゆる観光スポットの類いは、最初から選択の対象外。 とりわけ今の時期は、単に人混みを拝みに行く様なものでしかなかろう。
ではどこへと地図上を移ろう視線が、江別駅のところで留まる。 駅前広場のバス乗り場が今となっては珍しいスイッチバック式だったよな、などと思い出す。 先月、新潟駅万代口広場の同形式のバス乗り場が閉鎖されたばかり※1。 では江別駅に出向いてみようかとネットで調べると、数年前にバス乗り場は移設。 スイッチバック式では無くなっていた。
どうしたものかと再び地図を眺める。 そういえば函館本線の江別以北は久しく訪ねていない。 ということで、JR北海道のフリー切符「一日散歩きっぷ」を利用して、この路線の駅を巡ることにした。 適当な駅で降車し、適当に歩き回って琴線に触れる風景に出会う。 そんな行き当たりばったりの無計画な小旅行もまた楽し。

ということで、まずは滝川駅で下車。 同市を訪ねるのは初めて。
駅前広場に掲げられた周辺案内図に目を向けると、街路構成が何だかおかしい。 駅前は、方位に対して概ね45度に振れた軸性に基づく格子状の街路が広がる。 ところが、そこからやや北側のエリアは、方位から10度程度ずれた格子に基づく街路となる※2。 軸性の異なる両者が、国道38号を境にあたかも異物同士を無理やり縫合したかの如くダイレクトに接する。 国道38号自体は北側のグリッドに属する。 だから、それ以南の駅前グリッドは国道38号に対し、いずれも斜めに接続する。
なぜにこの様な街路が生成されたのか。 興味がわき、その場でネット検索をかけてみる。 すると「北海道開拓期における市街地形成の計画原理」と題する学会論文※3が見つかった。 そこに同市の異種グリッド併存経緯が言及されている。 ざっと目を通したのちの同市内の街歩きがとても楽しく有意義なものとなったことは言うまでもない。

以降、札幌方面に引き返しつつ、その途上、美唄、奈井江、岩見沢の各駅で下車。 駅周辺を気儘に散策。 そして最後に江別にて駅前広場の路面に微かに残るスイッチバック形式のバス乗り場の区画の白線を暫し眺め、帰途に就く。
スマホに入れてある万歩計の記録は約三万歩。 一日でこれだけ歩くのは久々。 以前はこの位は造作もなかったのに、家に着くころには足がガクガクであった。 まずい、鍛えねば・・・。

帰宅後、改めて地図を眺めてみると、滝川と同様に軸性の異なるグリッドが強引に接合する街路構成が、道内の他の都市にも見受けられる。 例えば北見市の状況は、滝川市以上に過激だ。 それらの生成経緯について調べてみると面白そうだ。

2024.04.30:バーテンダー 神のグラス
※1
この作品については、2012年6月2日にこの場に少々書き散らしている。

今月から始まったテレビアニメ。
原作漫画の存在は知っていたけれど、未読。 また、00年代にもテレビアニメ化及びドラマ化されていたそうだけれども、それらも未視聴。
何せその頃テレビは殆ど視なかった。 平日の朝、出勤前の諸々の準備の際に時計代わりに点ける。 そんな生活習慣だった。

習慣といえば、Barでお酒を嗜むことも殆どない。 カクテルの類にもあまり関心が無い。
Barとは縁遠いために当該アニメには大して関心も持てず、初回は見逃した。 にも関わらず二回目以降視聴を継続することとなったのは、ネット上のレビュー記事が偶然目に留まったため。
どことなく、かつて読んだマンガ「ソムリエ」に物語の組み立てや雰囲気が似ている気がした※1。 個々のお酒に纏わるエピソードと、それに絡む人間模様。 そういえば「ソムリエ」にも、ホテルのスカイバーにヘルプで入ったソムリエールが、ちょっと困った状況に陥っていたテーブルに最高のオリジナルカクテルを提供する素敵なエピソードがありましたか。 確認してみると、原作者は同一人物。 なるほど、と思う。
何やら懐かしくなり、第二話を試しに録画して視てみる。 するとグラスの中の氷の動きや、そこに注がれるお酒の描写がとても繊細。 お酒に纏わるさりげない蘊蓄の披露も興味深い。 敢えて今、過去にアニメ化された作品を改めて新作として作る理由は何なのか。 過去作品との違いは何か。 機会があれば比較してみるのも面白そうだ。

描写される街並みや建築について触れるなら、主人公が務めるBarの立地は銀座。 場面が同地に切り替わる際に挿入される風景として描かれるのは、いつも和光ビル(旧服部時計店本社ビル)。 同地を象徴する建物であることに反論の余地はないが、しかし和光ビル以外に万人が銀座を想い起こす建物は無いのだろうか。
一流の店が入る個々の建物の表層はそれなりに意を尽くしているのかもしれぬ。 しかしそれらの群景が織りなす街並みは、必ずしも美しいとは言えない。 混沌の渦中で、それでもなお超然とした存在感を放つ和光ビル。 ためのアニメの中での風景描写かと思うと、少々寂しくなるところが無きにしも非ず。

2024.04.23:メーカー住宅私考_189
発売日に関する考察

1981年4月21日
ミサワホームM型2リビング発売
1981年9月21日
ミサワホームA型NEW発売
ミサワホームO型NEW南入りタイプ発売
1982年4月21日
ミサワホームM型NEW発売
1982年9月21日
ミサワホームOIII型サンロフト発売
1982年11月21日
ミサワホームOIII型越屋根タイプ発売
1983年4月21日
ミサワホームFX2発売
1983年7月21日
ミサワホームSIV型発売
ミサワホームS型NEW平屋発売
1984年4月21日
ミサワホームA型チャイルド発売
1984年7月21日
ミサワホームMX発売
1984年8月21日
ミサワホームAX発売
1984年9月21日
ミサワホーム吹抜けが三つある家発売
1984年10月21日
ミサワホーム蔵と二階住まいの家発売
ミサワホームわいわいHOMES発売
1984年11月21日
ミサワホーム客間と中の間のある家発売
1984年12月21日
ミサワホームスカイテラスとギャラリーのある家発売
1985年8月21日
ミサワホームチャイルダーA3発売
1985年9月21日
ミサワホームチャイルダーM2発売

・・・と列記してみたのは、80年代前半において同社が発表したモデルが21日に発売されている傾向に言及したかったため。 勿論全てが21日という訳では無い。 例えば、

1981年7月1日
ミサワホームGII型発売
1982年4月28日
ミサワホームS型NEW型発売
1983年2月5日
ミサワホームAIII型発売
1984年3月7日
ミサワホームO型チャイルド発売
1984年5月5日
ミサワホームチャイルド発売
1985年5月1日
ミサワホームエイト発売

といった例もある。

発売された日付の詳細把握に大して意味など有りはしない。 発表年が判れば十分なのではあるが、いろいろと調べるうちに知り得た情報。 それらに目を通しているうちに浮かび上がった、21日という日取り。 当時、そこに何らかの意味が込められていたのか否かは判らないし、それこそ部外者には知る必要もないことだ。

ちなみに把握している範囲で日付まで特定出来た他社事例を挙げると、例えば1982年に関しては以下の通り。

2月4日
トヨタホーム・オーク
2月7日
カネボウハウジング・ヴェスタ
3月6日
積水化学工業・ハイムNEW M3,M3-S
3月30日
大和ハウス工業・リベルテ
4月29日
三井ホーム・ロッキー
5月1日
大和ハウス工業・ポーチウィンドウのある家
5月1日
三菱地所・ASSET303,304,305
7月8日
ニッセキハウス・キャスト
7月10日
三井ホーム・ビバーチェ
9月1日
NKホーム・ニューステータス歓シリーズ
10月8日
殖産住宅相互・ミセスピアIIマイプラン
11月3日
積水化学工業・ハイムグロワール

21日発売というのは見つからぬ。 勿論、把握できた範囲での話でしかないが・・・。

2024.04.17:海に建った未来都市−芦屋浜の超高層

建築探訪に「芦屋浜シーサイドタウン高層住区」を載せたのは既に8年前。 そのページの作成に当たって色々調べていた際に出会ったのが、1980年に出版された掲題の書籍。
竣工間もなく入居した著者、佐藤早苗による実際の居住体験に纏わるレポートと、この建物の竣工までの経緯に関する取材内容が詳細に書き綴られている。

この集合住宅群の存在を知ったのがいつ頃だったのか。 記憶は曖昧だ。
手元にある書籍の中で、例えば松葉一清著の「幻影の日本」にて1ページを割いて論評されている。 出版が1989年だから、この書籍が初見だったのかもしれぬ。 そこでは、「逆説的な意味での奇跡」という言葉を用いて辛口のコメントを寄せている。 単純に捉えてしまえば、ポストモダン建築推しの書籍である。 従って、これまた単純に捉えてしまうならば、それ以前の価値観に属するこの集合住宅は、批判の対象となってしまう。 読者である私も、だから大した関心も持たず、こんな建物が兵庫県に建っているのかといった程度の認識に留まることとなった。
そんな芦屋浜シーサイドタウンが気になるようになったのは、住宅メーカーへの関心が復活した00年代半ば以降。 復活を機に、住宅生産の工業化という観点でこの集合住宅にも関心が向くこととなる。 なので、現地に赴いたのも遅まきながら2014年の春先。 竣工してから35年後であった。

書籍の帯に、「うーん これが21世紀のビル群 住み心地?百聞は一読にしかず」とある。 その21世紀に入ってから十年以上経過した時点で眺める現地の印象は、未だ十分に未来都市であった。 さほどに特異ということだ。 コンペを経て採択・実施されたこの集合住宅に用いられた斬新な各種工法や要素技術が、その後広く応用展開され今日の集合住宅用途の建築生産に活かされているか言えば、否。 乱暴に言い切ってしまうなら、板状中高層集合住宅の本質的なところは、1970年代からそんなに大きく進展はしていない。 勿論、居住性能の向上や、それに纏わる各種要素技術の進化、そして商品的嗜好の変化はある。 しかし、住宅とは極めて保守的なものだ。
そんな保守性に立ち向かった住宅生産の工業化に向けた60年代70年代の熱気。 その実現体としての特異性といった点で、既に芦屋浜は技術遺産的な価値を帯びている。 そしてその価値は、一筋縄で獲得されたものでは無い。 その曲折が、この書籍に十分描かれている。

ところで、当該書籍の中で、棟内の共用排水竪管に対する味噌を用いた排水性能試験についての言及がある。 過去に例のない高層住棟ゆえに必要とされた試験だが、その部分を読んで、今も昔も性能検証に纏わる技術者の心根のようなものは変わらないのだなと、何だかホッとするような、共感を覚えるような、そんな気分になった。 もっとも今は、代用汚物として味噌に小麦粉を練り混ぜて粘度や硬度を調整し、よりリアルな条件設定を行うが。

2024.04.10:新潟駅万代口バスターミナル

建築外構造物のページに、新潟駅万代口バスターミナルを載せた。
現在JR新潟駅は大規模な再整備事業が進行中。 駅の万代口西側に位置する1958年に供用が始まった当該バスターミナルも、その対象。 広場の東側への移設に伴い先月30日に閉鎖される旨、県内在住の知り合いのブログにて目にしたのは、その四日前。 もう移設済みだと思っていたので、その記事を読んだ際には「まだ残っていたのか」などと思う一方、かつてそのターミナルを利用した時のことも思い出した。
小学生の頃、県内の長岡市に住んでいた。 毎年夏休みには北海道に帰省していたが、その際には新潟港と小樽港を結ぶ新日本海フェリーを使っていた。 新潟駅から港までは、当該ターミナル始発の路線バスに乗った。
といっても、幼少のみぎりの話。 特にその場の印象が強く記憶として残っていた訳ではない。 しかし、取り敢えず現存し、そして移設に伴い近々撤去される予定と知ると感心が沸いてくるのは人の情。 しかも知り合いのブログには、当該ターミナルの上屋の構造的魅力を的確に捉えた画像が載せられている。
ということで、バスターミナルが閉鎖された翌朝、久々に新潟駅に降り立った。

駅舎自体の再整備はかなり進捗していて、所どころに木質感が活かされた内観はいかにも今風。 南口の駅前広場は大きく変貌を遂げ、昔の面影として記憶に残るのは40年前に建てられたプラーカ新潟と名付けられた三棟の駅前ビルの存在くらい。
そして、役目を終えた万代口のバスターミナルはひっそりと静まり返る。 いずれ去り行くその風景に向けて、近辺を通行する人々が思い思いにスマホのカメラを向ける。 自撮り棒を用い配信用の動画を撮っていると思しき御仁も見受けられた。 なかなかに愛着がもたれていたのだなと実感する。 そんな人たちに交じって、私も何枚か施設の上屋を撮り納めた。

同日、近傍で運用が開始された新たなバスターミナルは、その上屋が樹形をイメージした構造体。 すなわち意匠性が強く意識されている。 一方の、廃止されたバスターミナルのそれについては建築外構造物のページに書いた通り。 機能のみを合理的に可視化した状況が逆に意匠性を纏うという逆説。 半世紀以上の時代を経た同じ用途の都市施設に対する佇まいの在り方についての価値観の変容。 その様態を見比べる良い機会となった。

2024.04.02:URまちとくらしのミュージアム

東京都北区赤羽にUR都市機構が整備した掲題の情報発信施設を内覧する。
同施設は、昨年9月に開館。 但し、前身となる施設がかつて八王子市に立地する同機構の「都市住宅技術研究所」内に設けられていた。 当時の名称は「集合住宅歴史館」。
そちらを訪ねたのはもう四半世紀近く前。 施設内に同潤会代官山アパートや晴海アパートを部分的に移築し公開していた。

歴史的建物の静態保存に関しては、通常は竣工時のオリジナルな状態に復元される。 あるいはそのために可能な限りの考証が尽くされる。 それはそれで保存対象の史料としての価値の保全と継承にとって有意であり、あるいは必然なのであろう。
しかし住宅に限った場合、それはその対象が「生きられてきた」痕跡を全て消去する行為でもある。 そうして保全されたそれらに接する際には、家の形をしたもの、あるいは家の抜け殻を眺めるような感覚を持つ。
かつて同潤会代官山アパートに関し、建て替えに伴い全住民が退去した直後に某大学の調査に同行し各住棟を巡る機会を得た。 まだ生活の気配が残る、単純的な言葉で表記すれば「生々しい」とでもいえるような強い印象を抱かせるその時の空間体験があるため、この様に捉えてしまうのかもしれない。

その点、集合住宅歴史館の展示は好ましく思えた。 竣工時のきれいな状態に復元するのではなく、取り壊し間際の状況を可能な限り保つよう意が払われていた。 だから、各種部材の経年変化も、あるいはエレベーター内に残された落書きもそのまま。 時間の堆積が克明に残されている。 特に晴海アパートのスキップアクセス住戸がとても気に入って、その場に暫し留まってゆっくりと内観を堪能した。

URまちとくらしのミュージアムの整備に伴い、それらも八王子から移設された聞いていたので久々の再開を期待していた。 しかしちょっと勝手が違う。 かつては自由に見学して下さいといった雰囲気だったけれど、新たな施設では職員によるガイド付き。 見学コースも決められ、通り一遍の説明を受けながら慌ただしく移動するのみ。 時と場所が変われば、運営方針も変わるといったところか。 それに、二度目の移設となったためか、各展示住戸も佇まいが以前とはやや異なる印象。

約90分の見学コースを巡り終えて施設の外に出ると既に夕刻。 施設建物は正面側立面が全面ガラス張りになっていて、部分移設住棟が屋内照明に浮かび上がり屋外からも視認された。 ガラスケースの中に保管された標本の如く建物のフレーム内に縦横に集積するかつての住棟の断片達を暫し眺めたのち、同行者と共に赤羽駅近傍に広がるせんべろ街へと移動したのであった。

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