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2019.01.13::メーカー住宅私考_100
人生を変えたデザインに関する考察

以前、知人が御自身のブログの中で、「人生を変えた10のデザイン」という連載を組まれていた。 それを読んで、私が影響を受けたデザインについて考えてみると、とても10項目は思い浮かばぬ。 しかし一つは迷うことなく即座に挙げられる。 それが、知人も掲げていたミサワホームO型。
1976年9月に発表されたこの規格型住宅のテレビコマーシャルを見た時の衝撃と以降の経緯については、八年前にこの場に連載した「住宅メーカー私史」でも述べている。 それこそ、今現在私が建築を生業とするに至ったきっかけは、幼少のみぎりに出会ったこのミサワホームO型に他ならぬ。 つまり、このモデルに出会うことが無ければ今の私はきっと存在しない。 あるいは、O型がこの世に発表されなければ今頃私は何をしていたのだろうとも思う。 それ程に私にとっては極めて影響の大きい存在であった。
その割には、同社とは全く関係の無い仕事に就いているのだけれども・・・。

ともあれ、そんな経緯からこのサイトの所々で幾度もこの住宅について言及している。 しかしこのモデルの魅力について余すことなく文章に出来ているとは全く思えていない。 それは、かつて内橋克人が出版した「続々続々匠の時代−ミサワホーム「木と家と人」物語」の冒頭で、同モデルについて実に的確且つ詩的に表現されているため。
外観に関する記述を少々引用してみる。

それを、のびやかで牧歌的な田園風景の中に立たせれば、深く濃い緑とよく似合う。 豊かに実った稲田の向こうに、まるで大屋根の土蔵か、庄屋の旧家のように、それは重くそそり立っている。 赤い実の柿が、黒白の陰影に刻まれた大屋根と壁の対比に映えて、水墨画のように浮き上がって見えるのだ。
また一方、整備された都会の、やや窮屈な住宅地であれば、モダンで瀟洒な個性の一面がにわかに自己主張を始め、それでいてユトリロの絵を思わせるような、奥深い静けさをかもし出してくる。

同書は既に廃刊。 しかしその内容は、昭和50年代を中心とした同社の商品開発の詳細が臨場感たっぷりに描かれたものであり、住宅史の一端として極めて高い資料的価値を有していると思う。

さて、空間構成や内外観デザインに関し深い感銘を受けたO型であるが、しかしプランについては同社から同時期に発表されたA型二階建てやSIII型の方により強い関心を持った。 それぞれのプランについても、このサイトの所々で幾度か取り上げているので繰り返さない。 しかし、この2モデルを見知った小学校高学年から中学生にかけての時期は、自分なりにこれらのプランを応用してより良い間取りが創り出せないかと随分試行を愉しんだものだった。 無論、それ以上の物など出来る筈も無い程に、二つモデルは完璧なものであった。 そして近年になって、更に往時のモデルの中でハウス55の第8号居住実験棟やM型2リビングの間取りが評価の対象として加わる。 これらの優れた間取りに接し、眺め、愛でている時間というのは個人的には至福の極み。
残念ながら、最近のハウスメーカーのプランで同様の気分を堪能できる事例にお目にかかることは、極めて稀だ。

2019.01.06:鳴門市文化会館

今年の年賀状に用いた画像の元ネタは、増田友也設計の鳴門市文化会館。 そのホワイエの壁面に穿たれた開口廻りになる。

居住地が関東であるがために同建物を訪ねることは個人的には非日常の体験に属することとなるが、私は今のところ三回訪ねている。
初回は真夏の炎天下。 強烈な南国の日差しを浴びて光と影の中にくっきりと浮かび上がる怒涛の造形群に畏怖の念を抱きつつ、時間が経つのも忘れて建物周囲を巡っておりましたか。 二回目は、曇天模様の冬日。 陰鬱な空の下、初回の印象とは全く異なるコンクリート剥き出しのボリュームが織りなす佇まいと暫し対峙したことはこの場にも以前書いた。 そして三回目は昨年の秋。 快晴の心地良い天候に恵まれつつ建物鑑賞を存分に愉しむことが出来た。

遠隔地の建物を幾度も観に行くことなどそんなに多いことではない。 しかし鳴門市文化会館は、そんな気にさせる魅力を有する作品だ。
特に三回目に関しては、昨年の6月から7月にかけて徳島新聞に連載された「保存か解体か−鳴門にのこる増田建築」という記事を読んで改めて訪ねてみたいという気になった。 ネット上に公開されている16回に及ぶ同連載にて初めて、増田友也という建築家の人となりを知ることとなった。 その作品のみならず、プライベートまで含めた人物像にも焦点をあてた記事はとても興味深い。 中でも遺作となった鳴門市文化会館への取り組みに関する記述は鬼気迫るものがある。 なるほどこの様な経緯があっての同作品かと思うと、建物に注ぐ視線もまた変わることとなる。

三回目の訪問時には内観も拝む機会を得た。 年賀状掲載画像はその際に撮ったものになる。

2018.12.25:記録媒体としての樹木

今月上旬のことになるが、お世話になっている建築家の方が手掛けた古民家再生工事の完了に伴う内覧会に参加した。
江戸後期に建てられその後幾度か改変が加えられたと推定される民家でありながら比較的良好な状況を維持していたため、工事の範囲は現在の平準的な居住性能の確保に係る構造及び外皮の改修と最小限の内装改変に留められた。 上っ面だけの派手で大掛かりなリフォームを施してしまうのではなく、旧態を尊重しつつ必要な手を加える再生手法は大いに勉強になった。
その玄関には、黒々とした物体が額装されて壁に掲げられている。 何かと思って近づいて確認してみると緻密な木目が風化で浮造り状になった板材。 聞けば、玄関脇の戸袋に張られていた一枚板。 現在ではなかなか入手困難な見事な板材なので再利用したかったけれども風化が激しく断念。 使える部分をトリミングし、額に嵌め込んだのだそうだ。
住まいの記憶の保全方法としてこの様な演出もあるのだなと、これまた勉強になった。 かつて建物の一部であった物理存在は、額装されることによってそれまで経てきた時間をその中に封入し、玄関の設えとして建物に寄り添いつつ生き続けることとなる。

内覧会は設計者及び施工者の説明を交えて二時間近く執り行われる予定となっていたが、私は途中で失礼して成城に移動。 成城大学文学部で開催される公開シンポジウム「成城を住まう −都市、住宅、近代」を聴講する。
同地には縁もゆかりも無いし、大して興味もない。 就職のために上京して間もない頃、東京の高級住宅街を見てみようと少々散策したくらい。 以降散策を目的に訪ねたことは無い筈だからとっても久々。 そしてシンポジウムについても、成城自体ではなく、成城という街を通して都市や住宅や近代についてどの様に語られるのかということへの関心から参加と相成った。
パネラーは六名。 識者それぞれの立場から講義が行われたが、いずれもとても興味深い。 更には司会進行役の適切な仕切りによってタイムスケジュールがしっかりと守られていたことにも好感出来た。 時間を無視してダラダラと能書きを垂れ流す講義に時折遭遇するけれど、その手のお喋りは往々にして纏まりのない蒙昧なものであることが殆どですからね。
シンポジウム終了後、成城の住宅街を少し歩く。 目的は、パネラーの一人、磯達雄が紹介していた同エリアにかつて建っていた丹下健三自邸の跡地を見ること。 跡地など見ても仕方がない。 しかし氏の講演の中で、敷地内には当時からのものと思われる銀杏の木が残されているという説明があり、大学からそれほど離れていないので確かめてみようと思ったのだ。
向かう途上、見覚えのある建物が目に留まった。 スタジオジブリ製作のアニメ「海がきこえる」のヒロイン武藤里伽子の父親が住む家として作中に描かれたマンションとほぼ同じ外観を持つ集合住宅。 なるほど、確かにヒロインの元々の居住地は成城の設定。 同地に実際に建つRC造3階地下1階の高級マンションが背景描写のモデルとして用いられた訳だ。 そのエントランスの前にて暫し立ち止まり、同作品の中でヒロインが「久しぶりだわ」と呟きながら足取り軽やかに建物内に入って行ったシーンをほぼ同じアングルにて思い起こしプチ聖地巡礼気分。
閑話休題。
当該マンションから西側に歩いてすぐの場所にある旧丹下邸跡地に向かう。 敷地には別の建物が建っているが、しかしその建物の建築時よりももっと古くからそこに在ることが明らかな立派な銀杏の巨樹が数本、道路に面してそそり立っていた。
都市を構成する主要素である筈の建築が失われても、そこに残された木々がかつての風景の記憶を継承する。 同シンポジウムのパネラーの一人、東京大学助教・山本理奈も成城という住宅街の特質の一つとしてその様なことを述べていた。

先述の額装された板材、そして旧丹下邸跡地の庭木。 都市の風景ないしは暮らしに纏わる時間の堆積を記録する媒体は、建築ではなく「木」なのかもしれぬ。

2018.12.18:資格試験に纏わる話

10月上旬、とある国家資格試験を受けた。 というよりも、正確に記すならば「受験させられた」ということになる。
業務に必要な(と、業界で一般的に言われている)資格は若かりし頃に幾つか取得済みだし、こんな歳になって新たなモノを今更などとも思うが、上に資格マニアが就くと下々の者は理不尽を被ることとなる訳で・・・。 ともあれ、抗う訳にもゆかぬ。 試験日までの半年間、柄にもなく地道に勉強を積み、渋々受験する。
試験会場として指定されたのは某私立大学。 当日訪ねてみると、私が受ける国家資格とは別の資格試験もそのキャンパス内で同時に行われるらしく、職員が忙しそうに案内誘導を行っていた。 なるほど、こうやって会場を貸し出すことも大学の収益源となっているのだナ、などとどうでも良いことを考えながら取り敢えず合計四時間にわたり三分野の科目を擁する試験を受ける。

終了後、心身ともに困憊しつつ帰途につくが、キャンパス内で行われたもう一つの資格試験の終了時刻もほぼ一緒らしく、構内のあらゆる通路に受験者が溢れ出す。 更に公道から最寄りの駅に向かって群列が途絶えることなく続く。
思わず眩暈を覚えそうな夥しい群衆の中に身を置きながら、国、もしくはその外郭団体等が組み立てた資格制度に基づく受験料収入ビジネスは旨味満載で笑いが止まらないのだろうナ、などとこれまたどうでも良いことを考えながら歩いていると、その行列に向かってチラシを配っている一陣がいた。 見れば、私が受けた試験の解答速報を提供するサービスの告知。 受け取ったビラには、「本日限定!」「国内最速!」の謳い文句のもと、「本日中にサービスに登録すれば解答速報を提供する」とある。 しかし「本日限定」と謳うチラシほど怪しいものはない。 そして御多分に漏れず、「本日」の具体的な日付がそのビラには記されていない。 「本日っていつのことダヨ?」「今日のことなのか?」と即座に突っ込みたくなる。
その胡散臭さに逆に少々興味を持ち、ネットで調べてみる。 するとどうやら受験者から回答を掻き集め、その集計結果から正答を割り出して合否を判定する仕組みらしい。 選択肢のみの出題形式だから可能なビジネスモデル。 しかし、しょせん多数決なのだから精度は保証しないと開き直っているのだろう。 速報を餌に「本日限定」と煽って個人情報を収集して事業に活かすのか、あるいはビラの配布を自らの事業の宣伝手段として利用しているといったところか。 ナンダカナ。

国家資格試験を受けるのは久々であったが、隔世の感を覚える。 それは月並みながらネットの存在。
資格に関連する掲示板にて試験終了直後から活発に答え合わせが行われ瞬く間に正答案が練り上げられるのは面白い現象。 更には絞り込まれた正答案に対し、「それを正答とするならばそもそも出題文のこの箇所の表現は不適切だ」といった、設問に対する手厳しいレビューが繰り広げられる。
ま、ネット上で何が論じられようが、試験実施主催者側は意を介す必要もないし痛くも痒くも無かろう。 それでも、そういった評価の積み重ねが、いつしか資格そのものの権威や信用に影響を与えることが無いとも言い切れぬのではないか。 今更ではあるが、かつては有り得なかったネットを介した集合知の強大な力が、資格試験の世界にも深く浸食しているように思う。

で、お前の成績はどうだったのかって?。 そこはそれ、最近合格発表が行われその通知書と合格証書が届いたからこそこんなネタを脳天気にこの場に書き散らすことが出来る訳でして。 取敢えずは半年間の努力が報われたということで、今年のトピックスの一つとしてこの場に申し添えさせて頂くことにいたします。

2018.12.11:異世界居酒屋「のぶ」

原作は、小説投稿サイト「小説家になろう」にて好評を博した作品。 同サイトでの連載に始まり、単行本化、コミカライズ、アニメ化と華麗な進展をみせている。 私は、10月から放映が始まったアニメにて初めてこの作品のことを知った。
異世界モノとグルメネタを組み合わせたところに様々な人間模様を折り重ねる。 作品の概要を有り体に記述するならば、この様になるのだろうか。 よくありがちなパターンなのかもしれないが、私は耐性が無いためか簡単にはまってしまった感がある。 アニメ視聴に留まらず、投稿サイトに掲載されている原作を読み、コミックも既刊全巻購入と相成った。

タイトルにある通り、何の変哲もない居酒屋が現世と異世界の双方につながっている設定。 居酒屋の営業にまつわる各種サプライは基本現世に属しつつ、正面玄関のみが異世界側に接続する。
異世界といっても人外魔境のおどろおどろしい世界ではない。 中世ヨーロッパのどこかの古都といった雰囲気。 とはいえ、空に月が二つ浮かぶ描写があるから、やはり異世界。 そちらの世界に暮らす人々を相手に現世の居酒屋が普通に営まれるシュールさが何とも面白い。
勿論そこには、現実的な諸相との整合に纏わる謎が生じぬ訳でも無い。 例えば食を通じた商行為に伴う貨幣経済がどの様に成り立っているのか。 あるいは、異界に接続した側の店舗立面が現世の日常にあってどの様に都市の中に納まっているのか等々。 しかし当該作品においてそれらは不問に付すべき些事。 そういったことの深追いに大した意味は持たぬ。 作中でも(今のところ)サラリと言及されるのみだ。
基本、その枠組みの中で心温まるエピソードが展開する。 嫌なことや悲惨な出来事が殆ど登場しないところが安心して読めて良い。 それでありながら、そこで供されるメニューやおもてなしが異界の社会制度や外交をも動かすきっかけとなってしまう様なストーリーが時折展開するところも面白い。

コミカライズの方は、スピンオフも含め幾つかの作品がある。 私が読んだのは、ヴァージニア二等兵なる人物の著作。 原作の世界観を壊さぬ丁寧な描写に貫かれているという印象だ。
但し、異世界に面する側の店舗立面は、何やら中途半端な折衷様式。 あるいはその間口幅の設定もカットによってマチマチで、内観のスケールとの齟齬を来している。 そして第7巻で描かれる古都の鐘楼の石積みのディテールもちょっと頂けないですかね。 勿論これらの事々も異界での出来事なのだからあまり追及すべきことでも無いのであろう。
むしろ、出てくる料理の美味しそうな表現。 そして来店客達が自身に馴染みの無い異世界の料理(和食)に驚き感心し美味しそうに食べる様子は、何気ない居酒屋料理の魅力を再認識させてくれる。
ふむ、季節柄私も、作中に登場した「臭くなくて、辛くなくて、酸っぱくなくて、苦くなくて、硬くなくて、パンでもイモでもお粥でも卵でもシチューでもない、美味しいもの」を食したくなってきた。

2018.12.04:メーカー住宅私考_99
明るい玄関_ミサワホームSII型

※1

ミサワホームOII型の玄関廻り。
玄関ドアの右側に、4尺5寸幅の固定窓が床から天井まで目一杯取り付く。

一般的に、集合住宅の各住戸の玄関は自然採光に乏しい場合が多い。 玄関廻りに窓の類いは無く、鋼製片開き扉が一枚取り付くのみの閉鎖的な構え。 いわゆる「マンション田の字」のプランの場合、リビングダイニングルームに取り込まれた自然光が廊下との間仕切りに用いられるガラス入り木製建具を介して僅かにもたらされる程度。 玄関廻りは常に暗がりとなる。
これは防火に関わる法規制に起因する面が大きい。 しかしそれ以上に、限られた床面積の中で可能な限り居室を広く取ろうとするために、玄関廻りの面積は最小限のものに留められる。 単に靴を履くないしは脱ぐ動作に供するだけの屋内外のインターフェイス。 従って、採光などのしつらえについては配慮の対象としての優先度は低く留まる。
替わりに共用のエントランスホールを豪華に仕立て上げることで各住戸の侘しさの穴埋めを行う。 もっとも、共用部の充実は販売時における近隣競合案件との差別化を図るための商品性の付与ないしは擬態といった面が往々にしてある訳だが。

一方、戸建て住宅は玄関に対して開放性・閉鎖性いずれの選択も比較的自由だ。 例えば昭和50年代にミサワホームがラインアップしていた規格型住宅は、玄関扉の脇に床から天井までの大きな固定窓を設置したプランが多い。
中でもミサワホームO型の場合※1は、単に開放性や採光の確保のみに留まらぬ。 同モデルの特徴である大黒柱や力桁階段を組み合わせた吹抜けを有する玄関ホール内の豪放な設えを積極的に外部にみせることを意図した設計であった様にも思われる。 かつてモデルハウスの夜景を外から眺めた際、大黒柱に埋め込まれたフットライトが力桁階をほんのりと照らし出す光景が絵的にとても印象的であったことを朧げに記憶している。
しかし、実際の施工事例において、固定窓部分に透明ガラスを嵌めたものは少ない。 プライバシー確保への配慮から、不透明なガラスを用いて採光の用途のみに供しているものが殆ど。 現実性を鑑みれば当然の措置であろうか。

一方、同時期にO型と共に発売されていたミサワホームSII型は対照的だ。 当該モデルは、玄関扉に連続して大きなコーナーガラスを配置することでO型以上に玄関廻りの開放性が高い。 にも関わらず、施工事例を見て廻っていると、透明ガラスが用いられているケースに遭遇する確率がとても高いという印象。
理由は一階プランの中における玄関の位置に起因するのであろう。 透過性の高い玄関廻りではあるが、そこから伸びる廊下が外部からは見通しにくい位置関係のプランとなっている。 だからプライバシーの面で、透明ガラスが使われていても特に問題は生じぬ。
透明ガラスであるが故に、玄関から外部への眺望が確保される。 アプローチ空間に豊かなエクステリアを設えるのであれば、その光景を玄関内部に取り込むことができる。 あるいは夕刻、玄関の照明を灯すことで周囲に対して建築照明的な効果をもたらすことも期待されよう。
風景を優化する玄関廻りの設え。 その様に捉えると、同時期の他モデルに比べるとやや凡庸な印象のこのモデルが持つ魅力が見えてくる様にも思う。

2018.11.27:坂出人工土地

少し前に、建築探訪のページに坂出人工土地を載せた。
当該ページは、個人的に気になっている建築作品を地域別に載せる一方、それらと並行して「団地・集合住宅」という項を設けている。 今回の作品はどちらに載せるべきか。 少々迷った。 何せ、その正式名称は「坂出市営京町団地」。 更には「清浜亀島住宅地区改良事業」という名称の再開発事業によって造られた建物。 だから「団地・集合住宅」の項に載せるのが単純には適切なのかもしれぬ。 しかし、集合住宅という一面のみで当該建物を捉えてしまうのは明らかに片手落ち。 人工地盤を介し、その上部に住宅を、下部に非住宅用途を収め重層させた複合建築なのだから、地域別の建築の項に載せることにした次第。

数年前に尋ねた際、人工地盤下の商業施設は接道面こそある程度店舗で埋まっているものの、道路に面さぬ人工地盤下の中廊下に面した区画は空き店舗が散見される状況であった。 その中の一区画に、木で作られた当該建物の模型が安置されていた。
興味を持ち、共用廊下と隔てるガラス越しにその模型をしばし眺める。 模型周囲の店舗内の壁面には、この建物の今後の活用方法や活性化についての提案に関するメモ書きが何枚も貼られたままとなっていた。 恐らくはKJ法を絡めたその手のワークショップが開催されたのであろう。
それなりの築年数を経て、この建物も御多分に漏れず大規模修繕を含めた今後の在り方が問われる時期に差し掛かっている。 しかし四期二十年に及ぶ再開発事業とその後の供用の過程で権利関係がいろいろと複雑化していそうで、何をするにも一筋縄という訳では無いのであろう。

人工土地の類似事例は他にあるのだろうか。 単純には、例えば東京都新宿区に2015年に完成した富久クロスのペントテラスなどが思い浮かぶ。 坂出で実施されたそれとは方向性が異なるかもしれぬ。 しかし、再開発事業によって大型商業施設の屋上に整備された戸建住宅街風(実際にはテラスハウスの扱い)の景観は、表層的には20世紀半ばの住宅地区改良事業に対する半世紀を経た応答とも捉えられそうだ。

2018.11.20:渋谷ストリーム雑記

前回感想を書き散らした新建築2018年11月号に掲載されている「とらや 赤坂店」の作品解説の中で、設計者内藤廣は、再開発が過熱している東京の現況について「この浮かれようは鼻持ちならない」と述べている。 そんな氏が一方で、超高層街区を含む渋谷駅前の大規模な再開発事業にも手を染め、その事業に関するコメントを同じ号に執筆していることについては、言葉を選べば“都市の奥深さ”ということになるのだろうか。
ともあれ、「鼻持ちならない」と述べつつも同時に「これ自体が壮大な叙事詩」とも評するその一幕に氏自身が身を投じ、それによって併行する個々のプロジェクトに起用されたデザインアーキテクトの面々の仕事が徐々に駅周辺の街区に形として現われ始めている。
その中でも先陣を切って開業した渋谷ストリームは、高層棟部分が遠望においても良く目立つ。 表層に施された離散的な意匠はいかにも今風。 しかし今風であればある程、消費されるのも早いのではないか。 やや時代掛かったデザインに対する揶揄や自嘲のニュアンスを含む懐旧の表現として「昭和的」とか「昭和風」といった言葉がしばしば使われるが、それこそそんなに遠く無い将来、当該建物が「平成的」と評されることにならぬか。 そんなことを思いつつ、しかしそこはそれ、伊東豊雄御大も「消費の海に浸らずして新しい建築はない」と仰っておりましたか。 そんな当該建物について、新建築誌に載せられたその低層部に展開する商業施設には少々興味を持ち、渋谷に出向いてみた。

久々に降車した東京メトロ銀座線渋谷駅は、再開発の渦中にあってバリアフリーもユニバーサルデザインも有ったものでは無い。 カオスの真っ只中といった様相。 しかしそれも恐らくは都市の変貌の中におけるちょっとした抒情詩。 それにしても、絶え間ない雑踏を混乱無くさばき且つ安全性を確保しつつよくもこれだけ大規模な都市の改造が幾つも並行して進め得るものだと感心する。
その人ごみの中を南進。 やり過ぎの感が無くもない渋谷スクランブルスクエア高層棟の施工現場を脇目に歩道橋を渡って渋谷ストリームに向かうと、懐かしい風景が見えてくる。 「徘徊と日常」のページにも載せた東横線旧渋谷駅の上屋を再現した連絡デッキ直上の屋根。 かつての場所とほぼ同じ位置に再現されたそれは、都市の記憶の継承のみならず、その先に続く商業施設の設計意図を恐らくは建築に興味が無い人々にも判り易く認識させる心憎い演出。 つまり、かまぼこ屋根が連なる頭端式ホームを出発する電車が、両側に迫る建物の間を縫うようにカーブの多い軌道を進んだかつての東横線乗車時の体感を追認識させる様な空間構成の商業施設がその先に設えられていることを暗示している。
そしてその商業施設は更に、往時は意識されなかった渋谷川との関係を周到に計画の中に組み込んでいる。 カーブの多い軌道を思わせる通路の両脇に並ぶ商業施設の所々に渋谷川に向けたピロティが穿たれ、渋谷川が見通せる、若しくはその流れを意識させるような仕掛けが空間化された。 この場所固有の歴史と記憶と、そして特性をものの見事に空間に取り組んだ巧みな設計だと感心する。
私が訪ねた際は、渋谷川に向かって穿たれたピロティに設けられた大階段の先に設けられた広場で3on3のバスケットボール大会が開催されていた。 大階段は観客席と化し、その周りに迫り出したデッキに設けられたオープンカフェからも利用客が大会の様子を見降ろしながら和んでいる。 企図された空間の仕掛けがうまく活用されているという印象。

とうことで、冷やかし半分の訪問のつもりが、結構感心させられることとなった訳だけれども、気になる点も二つ。
一つは、建物の横を並行して流れる渋谷川に起因するのであろう下水道臭。 強く匂うわけではないけれど、商業施設の中を通り抜ける心地よい秋風に混ざって時折漂ってくる様な気がした。 勿論これは建物側の問題では無いのだけれども、長くドブ川のような位置づけにおかれていた同河川の今後の課題ということになろうか。
そしてもう一つが、外部に所々開放されたその空間構成に起因する風環境の問題。 私が訪ねた日は穏やかな秋晴れで、心地よい微風が吹き抜けていた。 しかし強風時の様相は果たして如何に。 高層建物の低層部に設けられた両端が外部に開放された内部通路を吹き抜ける風は、気象条件によってはかなり苛烈なものとなる。 事前のシミュレーションによってその辺りのことに十分配慮した計画がなされているとは思うのだが、ストリームがストームになりはしないか。 そういったことで幾度が痛い目にあっている技術屋の端くれとしては、やや心配ではある。

2018.11.12:【書籍】新建築2018年11月号

久々に同誌掲載作品についての感想を徒然に記してみる。

大手町プレイス

今世紀に入ってから雨後の筍の如く陸続と建てられている大手町界隈の超高層ビルは、より豪華であろうとそれぞれが張り合い、その街路をそぞろ歩きする際には何やらお腹一杯な気分になってしまう。 初音ミク風に書くならば「超絶俺様主義」的な様相を露骨に展開するある意味けばけばしいビル群の中にあって、当該建物は静謐で端正な趣きを持つ。 今年の春先、好天のもと初めて見上げたカーテンウォール面に纏うルーバーが織りなす繊細さは何とも美しく、「徘徊と日常」のページでもその印象について軽く述べた。
そのルーバーの断面図が同誌に掲載されているが、巨大スケールの壁面に取りつく部材にも関わらずきめ細やかな意匠上の配慮が見受けられる。 地上からは視認し得ぬそのディテールが、建物全体の品位を高めているのだろう。 そして低層部に施された意匠も、かつてその場所に建っていた逓信ビルの雰囲気が違和無く継承されており好ましい。 結果、同作品の解説文に書かれた「主張し合う大手町の超高層ビル群の中で、一味違う個性的な表情を出している。」という状況が確かに実現された。
それらのルーバーが、室内温熱環境や光視環境の向上と熱負荷低減にどの程度貢献しているのか。 数値的な記述は無く、断面図にてその効果を概念的に述べるに留まっている。 しかしこれからの大規模建築における環境配慮の重要なアイテムとして、その形態の決定に際し技術的検証プロセスに基づく数値を伴った説明が求められる外装部材として位置づけられるべきであろう。

さっぽろ創世スクエア

※1
圧迫感の低減を建物の高さを抑えることに求めるならば、西側に隣接する札幌時計台と高層棟との関係はどうなのだろう。 時計台を正面(西側)から眺めた際に、背後に高層オフィス棟が屹立する光景を拝むことになる。
周囲を高層現代建築に囲まれることによって「日本三大がっかりスポット」の一つなどと評されている時計台ではあるが、しかしその状況を都市のダイナミズムと捉えるならば別の視点も生じようか。 即ち、そんな状況を更に強化すべく敢えて時計台側に高層棟をレイアウトしたという解釈だ。

先月帰省した際、レンタサイクルに乗って市内を徘徊中にオープンして間もないこの建物の東側立面の前を通った。 掲載されている解説文の中には、配棟計画における敷地内の東側の扱いについて「創成川公園への圧迫感を軽減する都市景観を意識した機能配置とした」とある。 そのために、敷地の西側に高層のオフィス棟を、東側に低層の劇場棟がレイアウトされた※1。 しかし、実体験としてその目論見が成功しているとは思えぬ。 低層に抑えたとはいえ、その用途上ほぼ無窓となる大壁面が東側に接する道路からの後退距離も殆どなく無表情に立ち上がり、いかにも建物の裏手といった雰囲気を醸し出している。
建物の東側に面する市内の大動脈「石狩街道」は、その中央分離帯となる位置に、同市の開拓の歴史と深く関わる創成川が流れる。 建物名称の「創世」は、この創成川との何らかの関係を意識したものと思われるが、その意図の有無はともかくとして、同市ゆかりの創成川に面しながらそれに背を向ける配棟計画というのは如何なものか。 あるいは、今後創成川の東側エリアは北海道新幹線の札幌延伸と連動し様々な再開発計画が持ち上がっている。 それらの動きに対し明らかに背を向ける当該建物が、近い将来東側へ拡張するであろう市街地の中でどの様な立ち位置を呈することとなるのか。 それでなくとも、かつては幹線道路に挟まれた単なる水路という位置づけに堕していた創成川が、折角親水性の高い公園を伴う都市のアメニティに供する空間として再整備されたのに、それにわざわざ背を向ける理由も無かろう。

建物の圧迫感はその高低差のみで決まる訳ではない。 低くても意匠上の配慮に乏しいものは圧迫感が生じるし、その配慮が十全に実現されていれば高くても圧迫感は低減される。 同作品の東側立面と大手町プレイスの外表がそのことを如実に示す。

とらや 赤坂店

都市に存する建築物が経済の論理と無縁では在り得ぬ以上、それへのアンチテーゼとして容積未消化の小振りな建物を計画するよりも、その桎梏に嵌りつつそれでもなお解説文にある「悠久なものの影」を帯びた佇まいを醸成すること。 それこそが都市に建つ建物の在りうべき作法なのではという気もする。 ましてや、(施主判断で)想定していた用途の一部を追い出してまで現作品を実現したというプロセスを解説文で言及されてしまうと尚更である。
その意味では、元々計画されていた10階建ての案が如何なるものであったのか。 そしてそれが実現していたらどの様な佇まいを呈していたのか。 望むべくも無いが、そのこととの比較によって初めて、周囲に抗って低層建物にて実現した当該作品に対する評価が可能という気もする。
こんな風に考えてしまうのは、私自身が既にどっぷりとその桎梏に浸かりつつ日々の業務に勤しんでいるせいであろうか。 否、やはりそこにも建物のスケールと意匠上の配慮の問題が纏わりつく。 低くて小さいことが善で高くて巨大であることを悪とする短絡的な価値判断は、国内における景観論争の不毛の根幹でもある。

2018.11.06:長岡市幸町公園
※1

校正用のゲラ刷り段階の特集記事のデータ。

建築外構造物のページに掲題の公園を登録した。
そこに載せた文章には元ネタがある。 長岡市を中心に発行されている地域情報誌「マイ・スキップ」の特集記事※1として私が約5年前に書いた原稿がそれだ。 この時は、当該公園と、そして同市内に同時期に別途整備された「長岡セントラルパーク」の二つについて言及した。
しかし、後者は既に現存せぬ。 そして現存時、私は一枚も写真を撮っていなかった。 マイ・スキップ誌では、編集担当の方が画像を用意してくださったので文章が成立した。 しかし当サイトでは、そのページ構成上、自身で撮った画像が一枚も無いと取り扱うことが難しい。 二つの公園を並列に扱うことが出来ぬ。 ということで、現存するがために改めて写真撮影も可能な幸町公園中心の文章に調整し直した。

長岡セントラルパークの写真を一枚も撮っていなかった理由。 それは同市在住中を含め、あまり興味がなかったからに外ならぬ。 長岡に宿泊する際によく利用しているビジネスホテルは同公園に隣接しており、俯瞰アングルを愉しむことが出来たのだけれども、それにも関わらず撮影を試みたことはなかった。 今となっては大いに悔やまれる。

興味を持つきっかけとなったのは、他方の幸町公園だった。
かつて同市を訪ねた折、たまたま長岡市立劇場界隈を訪ねた。 その際、同施設の前庭のような位置関係で整備されている幸町公園を久々に眺め、造形的に面白い公園であることに気づいた。 と同時に何ともいねぬ既視感を覚えた。 それが、長岡セントラルパーク。 調べてみると、両方とも池原謙一郎による同時期の仕事ということが判り俄然興味が湧くこととなった。
しかしその時すでに長岡セントラルパークは除却済み。 同地には市役所庁舎付属のアリーナ棟が敷地目一杯に建てられ、かつての光景は見る影もない。

先月、改めて幸町公園を訪ねた。
本文の方にも書いているが、この公園は、隣接する長岡市立劇場との相補関係に在る。 市立劇場は築30年を経て大規模修繕が実施されたばかり。 その修繕工事によって、公園の背景とでも言うべき巨大で平滑な白一色の外壁面に太い雨水竪樋が三本設置された※2。 それが公園を含めた景観にとっては何とも残念な状況を生じているのだけれども、恐らくは防水性能に係る雨水排水の円滑性確保による建物保全の目的に基づく措置。 やむを得ぬことなのであろう。
そんなことを考えつつ、すこぶる快適な秋晴れの下、園内のベンチに腰掛け小一時間その場に佇む。
暫くして、老夫婦とその孫と思われる幼児が園内にやって来た。 その幼児は、公園中央に配置されたRC造の築山を見掛けるや、球状のその物体に駆け寄り、滑り台代わりにして遊び始めた。 老夫婦はその姿を穏やかに見守る。 滑り台代わりの遊びに飽きると、今度は公園の外周に巡らされているマウンドの上を走り回り始めた。 幼少のみぎり、親に連れられて市立劇場に訪れた際、この公園で同様の行為に及んでいた自身の姿と重なり、何やら懐旧の念が湧く。 幼児は数刻遊んだ後、老夫婦と共に園外へと去っていった。
それ以外の来訪者は無し。 ほぼ独り占め状態で公園の風情を楽む。
そうこうしているうちに昼時。 近傍のコンビニで昼食を買い求め、これまた園内で食す。 その間も来訪者は無し。 なかなかに寂しい状況ではある。
確かに、例えばベンチ※3の座り心地はあまり良いものではない。 座面は低いしコンクリート製だし、しかも経年で塗装が剥がれ所々骨材が洗い出し状態となっている。 このベンチに限らず、園内の各種しつらえはどちらかというと造形重視といった面が無きにしも非ず。 しかし、国内のランドスケープデザインの先駆者がその活動の初期に手掛けた公園として、あるいは市立劇場と一体となったその意匠性についてもう少し関心が広がれば、とも思う。

※2

幸町公園に面する長岡市立劇場の東側立面。
改修工事によって白一色の平滑な壁面に竪樋が設置され、壁面に落ちる影と共に鉛直方向の強い線分が外観構成要素として加わった。 それだけのことで、外観の雰囲気が随分変わるものだ。
※3

公園内のベンチ。
その殆どが、園内に巡らされた帯状のマウンドに寄り添うように設置されている。
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