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2019.10−2019.12
2019.12.27:バラック浄土
※1

室蘭市内で見かけた物件。
単にゴミを集積しているだけのようにも見えるが、しかし道路境界に沿ってほぼ鉛直にゴミを積み上げているとか、あるいは中央やや左寄りに垂直要素の線形部材を集中させる等、なんらかの構築の意図が見い出せぬ訳でもない。

二年前、日頃お世話になっている建築家の方からお声掛けがあり、神奈川県内にある古民家の調査を手伝ったことがある。 登録有形文化財への登録を目的とした調査ということで、これは貴重な機会を与えて頂いたと感謝しつつ集合場所に指定された駅に向かう。 そこから現地までは車で三十分余。 一体ここは何処なのだろう?と、その場所も定かではない山の中へと分け入り、泊りがけで二日間調査に携わった。

そこに向かう途中、人家も疎らな道路に沿って建つ奇妙な建物が目に留まった。 車窓を介して一瞬視界に飛び込んできたその建物は、そこそこの規模を有しているけれどもセルフビルドっぽい。 そう思わせるのは、増築に継ぐ増築を無計画に重ねて構築されたといった風貌を呈していたため。 かの石山修武がかつて命名した「バラック浄土」という造語が即思い浮かぶ。 と同時にそれは、それを構築する人々に対して氏が敬意をもって呼びならわした「Barakker」によって造られたものなのではないかという想像が瞬時に沸く。
気になりつつ、しかし目的を鑑みればその場で車を止めて貰う訳にもゆかぬ。 取り敢えず場所の目処付けのみしておいて、別の機会に確認のために再訪しようと考えた。 しかし怠惰な性格ゆえに、その後再訪を試みることもなく時間が経過。 いつしかそのバラック浄土的な建物のことも忘れかけていた。

最近、調査のお手伝いをした古民家が国登録有形文化財に登録。 お披露目のイベント開催の案内を頂いた。 では訪問ついでにそのバラック浄土的建物も再訪してみようかと地図で改めて調べてみると、現地からの距離は2km程度。 ということで、古民家を訪ねた後、徒歩にて件の建物に向かうことにした。



目視の範囲で建物は既に無人。 その規模は四階建てと推定される。 ここで推定と記すのは、表層に様々な外装部材が継ぎ接ぎされており極めてランダムな立面を形成しているため。 それは部材を調達した度に追加され続けた経過を伺わせる。 更に、接道面には錆付いた単管足場が縦横に組まれている。 その足場は、建設継続の意思の表れか、それとも第三者の侵入を拒む意志表示なのだろうか。
そこに見受けられる様態は、全体計画の存在や秩序の介在を否定する。 ひたすら構築し続けんとする強固な意志だけが如実に顕然している。 それでありながら建築としての規範から外れたその構成は明らかにバラック。 しかもその規模において、壮大なバラックである。
構築することへの純粋な希求に浄土の境地を見い出すBarakkerとしての達観の域をそこに見い出すことは容易だ。 否、それは「バラック浄土」という造語を聞きかじっているが故に感得可能なことなのかもしれぬ。 けれども、圧倒的な存在を目の前に、そのオクシモロン的造語以外の適切な言葉は思い浮かばない。

以前、北海道の室蘭市内で、今回の物件とは趣きを大いに異にするバラック物件を目にしたことがある。 粗大ゴミと思しき事物を積み上げ続けて造り上げられたその構造物は、かつて石山修武が取り上げた「乞食砦」を想わせるものであった。 いわゆるゴミ屋敷の様に既存建物をゴミが覆いつくしているのではない。 廃棄物そのもので建築的な何かが生成されている。 通りすがりにその物件を見つけた際、その所有者(不法占拠者?)と思しき年配の御仁がその構造物の前に仁王立ちし鋭い眼差しを私に向けてきたため、詳細を確かめることは出来なかった。 辛うじて遠方から撮影を試みたのみ※1。 グーグルマップの航空画像で確認すると、既に除却済み。 しかしきっとそれも、己の中に在る浄土の具現を希求するBarakkerの境地をもって構築され続けたものであったのだろう。

2019.12.19:【書籍】異世界居酒屋のぶ第9巻

当該コミックについてこの場に書くのは三回目となる。
ウェブ小説のコミカライズである同作品を知るきっかけは、アニメ化されたことであった。 アニメを見て興味を持ち購入したコミックの初巻。 その第三話に登場する冷徹な徴税請負人ゲーアノートが居酒屋のぶで初めて食したナポリタンへの驚嘆。 それを見開きにて描写したシーンで、この作品にハマることとなってしまった様に思う。 ナポリタン一つでここまで語らせるか・・・と。 以降、原作が紡ぎ出す世界感のイメージと抗わぬヴァージニア二等兵なる作者の安定した画力にも魅かれ、コミック全巻購読と相成っている。 今現在の最新刊である第9巻は、発売初日に書店に出向くこととなりましたか。
その第9巻では、ゲーアノートの職業人としての辣腕振りと家族想いの側面の双方が二話にわたってじっくりと描かれており、それだけで十分満腹。 しかし所収されているエピソードはそれのみに留まらぬ。 居酒屋のぶの評判が隣国にまで及ぶ等、話のスケールがどんどん拡大する様相を呈しており、今後の展開が益々楽しみだ。

けれども、話が大きくなればなるほど、小心者の私には心配事が膨らんでしまう。 すなわち、居酒屋のぶそのものの存在に対して周囲からの疑惑の念が拡大はしないのかということ。
中世の北欧の古都を思わせる異世界と繋がってしまった現代の日本の居酒屋。 その店内は、暖炉の類も見当たらないのに年中一定の室温を保ち、あるいはランプも無いのに夜でも煌々と明るい。 そして流通が滞る冬季であっても多様且つ新鮮な食材で溢れ、更に見たこともない酒や器が並ぶ。 営業に関わる各種サプライの殆どを現代の日本側にて賄っているが故に、ちょっと論っただけでも、繋がってしまった異世界における一般的な諸事と余りにもかけ離れることとなる。
勿論それこそが、異世界系作品の異世界系作品たる所以でもある訳だし、例えばダミアンやバッケスホーフの様に疑念を持って介入してくる輩も過去のエピソードの中に登場はしてきた。 でも、そんな輩がもっと出てきてもおかしくない様に思えなくもない。 あるいは、それこそゲーアノートの手に掛かれば、日本と異世界双方の経済と関わらざるを得ぬ同店の会計処理の矛盾を突くことなど造作も無いことの筈。 しかし、そのゲーアノートもナポリタンを食して以降、すっかり同店のファン。 否、彼だけではない。 皇族から諸侯、そしてギルドのマスターから宗教家、そして吟遊詩人等々、連載が進むに連れて広がる同店のファンの数は計り知れず。 こうなると、おいそれとチョッカイを出す者も出ては来ないか。 考えてみれば、ダミアンやバッケスホーフも、のぶにつまらぬチョッカイを出したがために失脚の憂き目を見た。
もはや敵無し。 俺様最強伝説。 これも、異世界系という枠組みそのものと言ってしまうと身も蓋も無いか。 でも、そんな周囲の動静に意を介すことなく、美味しい料理とおもてなしの提供に尽くす。 そんな店員達の立ち居振る舞いに和みつつ、そして描写される料理に“飯テロ”の恐怖を若干覚えつつ、幾度も各エピソードを読み返してしまうのだった。

さて、第9巻の中で私が最も親近感を持つ登場人物は誰か。 そんなことを考えてみると、第一話に登場するジャン=フランソワ・モーント・ド・ラ・ヴィニーということになりそうだ。 隣国の奇譚拾遺使という密偵組織に所属するが故の強烈な猜疑心のためにズレた妄想をどこまでも展開してしまう滑稽さは、小心者のクセに大雑把でいい加減な私自身のズレた立ち居振る舞いとどこか似たところがある様な気がしなくも無い。

2019.12.12:メーカー住宅私考_111
東急ホーム・シェシェール

※1

当時千葉市内の住宅展示場に建てられたシェシェールのモデルハウス外観。 文中に引用した平面図とは異なる箇所が多々あるが、基本的な構成はほぼ同じ。

黒沢隆著の「近代=時代のなかの住居」は、住宅に視点を置いて近代建築の成立と展開を記した名著。 サブタイトルに「近代建築をもたらした46件の住宅」とあり、古今東西46件の住宅を対象に近代に対する言説が鋭く展開する。
その中に一点だけ国内のハウスメーカーの商品化住宅がある。 東急不動産が1978年に発表した「東急ホーム・シェシェール」と呼ばれるモデル。 この本に初めて目を通した際、この事例だけは違和を覚えた。 近代以降の国内外の錚々たる事例と並んでハウスメーカーの商品住宅を一点取り上げるならば、ミサワホームO型か、若しくはセキスイハイムM1なのではないかと。
しかし、解説を読んで合点がいく。 そこで述べたかったことは、近代の日本の住宅の間取りにおける水廻りの配置に関し、このシェシェールが著者御本人がかつて発表した「普通の家」という作品における考え方に相通ずるプランを採用していたということの様だ。 つまりは、分割型サニタリーゾーンの形成。 そしてワークショップ型キッチンの導入。 前者は、二階建て戸建て住宅において、上下階でパブリックとプライベートを切り分ける諸室配置の一般化に対応し浴室や洗面室等のサニタリースペースを二階に配置。 それらを二階に設けた分、一階には副次的なサニタリースペースを設けるというもの。 そしてサニタリースペースとキッチンが上下階に分かれることに伴う家事動線の非効率化に備え、キッチンに隣接してユーティリティー機能を充実させる。 この考え方が、シェシェールにも反映されている。
御本人の考えが、住宅市場において商品化され一般化されている事実を好ましく受け止めたのか、氏の他の論稿においても当該モデルの言及が散見される。 とはいえ、東急不動産が氏の言説に影響を受けてシェシェールの間取りを策定したのか否かは定かではない。

そんなシェシェールは、その名が示す通り、フランス風を狙ったものと同社の当時の広告に謳われている。 何がどうフランスなのか私にはよく判らぬが、その外観※1は、外壁に白色の化粧スレートを全面的に用いている。 また、ピロティやオーバーハングの導入、そして軒先に施した繊細なくり型やブリーズソレイユの導入等、総二階建てながらも単調に陥らぬ意匠的な配慮が見て取れる。 二階立面に三箇所確認できる、袖壁とフラワーボックスと緩勾配の屋根を組み合わせた出窓風(実際に出窓ではないが・・・・)も、外観に変化を与える大切な要素だ。 軒先の高さはやや抑えられており、それによって、総二階の立面のプロポーションを調整。 そしてそのことによって、上記三箇所の出窓風意匠の緩勾配屋根を際立たせる効果も獲得。 更には、その軒の高さを北側立面にも踏襲し北側斜線への対応に供している。



屋内には和室は一切作らず、居室はすべて洋間というのは当時としては珍しい。 そして、ダイニングルームについて、リビングと続き間で南面するフォーマルなものと、北側に設けたファミリールーム的なものの二種が用意されている。 それらの間は固定窓を穿った壁で間仕切られている。 二階は、東西に貫通する中廊下を介して南側に個室、北側に非居室用途を配置。 先述のサニタリー空間や、ファミリールームとしてのダイニング直上の吹き抜け等、天井高を抑えても支障のない諸室を北側に設けることで軒高を抑えた北側屋根形状に対応している。

当時の当該モデルに関する記事に目を通してみると、住宅展示場に出展されたモデルハウスについて微細な違いが見て取れる。 つまり、厳格な規格型住宅という訳ではなく、基本プランを基に顧客の要望に応じ適宜調整を図る運用が採られていた様だ。

2019.12.05:【書籍】真実は間取り図の中に 半間建築社の欠陥ファイル
※1
この書籍については、2016年2月29日にこの場に軽く感想を書いている。

建設産業図書館は、その名の通り建設に関する蔵書が充実している。 こんなものまで!と驚いてしまうような貴重な専門書が開架書庫に普通に並んでいる。 その多くが禁帯出ではなく借りて自宅に持ち帰ってじっくりと閲覧出来るところがとても嬉しい。
そんな蔵書の中には、コミックや小説も含まれる。 当然のことながらいずれも建設に関係する作品になるが、その様な書籍がマニアックな専門書がずらりと並ぶ書棚の一画に普通に納まっているところが、この図書館の面白さでもある。
そんな同館の開架の中に置かれていたのが、この文庫本。 そのタイトルに興味を持ち借りてみることに。

物語は、半間建築社主催の若手建築家・半間樹とその従業員にして大工修業中の三宮瑠衣が、後々瑕疵として顕在化しそうな要素を孕む“欠陥案件”を間取りから読み取りその要素を除去するというもの。 その才能に長けている半間と行動力抜群の瑠衣が活躍する四編のエピソードで構成されている。
読み始めて即、数年前に読んだ「建築学科のけしからん先生、天明屋空将の事件簿」を想い起した※1。 こういった比較は安易なのだろうけれども、著者が異なるにも関わらず共通点が幾つか見い出せる。 例えば、如何にもラノベといった体裁のタイトルの付け方やその装幀。 あるいは建築ネタを軸にしたミステリーであること。 その主要登場人物が、ちょっと残念なイケメン建築士と助手役の若い女性という組み合わせ。 更にイケメン建築士の残念っぷりに辟易としている助手が、いつしか別の感情を抱くようになるという物語の展開。
一方、違いもある。 天明屋空将は意匠面の才能あふれる建築家であるのに対し、半間の方はそちらの方のセンスは全く無し。 そして瑠衣の立ち居振る舞いもいささか粗野。 主要人物の魅力という点に関し、少々いかがなものだろうといった点が散見されるところがちょっと残念。
でも、ところどころに散りばめられた伏線が、最終話で丁寧に回収されている。 様々な“欠陥案件”を解決してきた半間が、最後は瑠衣が常々抱いていた半間自身の立ち居振る舞いに対する不満という“欠陥案件”を取り敢えずは解決。 結末を奇麗に纏めた。 でも、それによって良好な仕事のパートナーとしての関係構築が、半間の決まり文句である「これにて竣工」と相成ったのか否かは何とも定かではない。

2019.11.26:都市の不思議
※1

扇状地ゆえに微妙な下り勾配を持って一直線に伸びる道路。 そのアイキャッチとして甲府駅前の高層建物が霞んで見える。 更にその背後に御坂山地。

顕著な起伏が殆ど見とめられぬなだらかな扇状地に、スプロールによって生成されたことが地上からの目視でも瞬時に了解可能な不整形な道路がランダムに錯綜する。 もともとは長閑な耕作地が広がっていたのであろう大地の上に広域的な計画性とは全く無縁に刻まれたその道路網によって細切れに区画された敷地には、戸建住宅がこれまた大した規則性も無く漫然と建ち並び、その残余を畑作地が縫う。
そんな国内のどこにでもある都市近郊の弛緩した風景の中を、約2kmにわたってその道路は異物の如く貫く。 方位に対し約45度の振れをもって定規で引っ張ったかの様に周辺の道路の連なりとは無関係に、あるいはそれらを断ち切って一直線に伸びるその道路が幹線道路の類ではなく周囲一帯の日常の生活動線の用途に供していることは、対向する車同士がすれ違うことがやや困難な幅員からも明らか。 そしてその起点も終点も、何らかの基幹的な施設が存する訳ではない。

少々気に掛かるその道路の存在を甲府市内にて見つけたのは、少し前にこの場に書いたハウスメーカーの中古住宅を観に出向いた帰路のこと。 復路の路線バスの到着時刻まで随分間があったため、駅まで徒歩にて戻ろうかと歩き始めてすぐに目に留まった。 どこまでも続くが如く一直線に伸びるその道路の遥か向こう側に、駅前に屹立するタワーマンションや電波塔が霞んで見える※1。 往路に利用した路線バスのルートよりも、この道路を利用したほうが近道であろうということと、周囲に対して明らかに異質なこの道路そのものに興味を持ち、そちらに歩を進めることにした。

それにしても不思議な道路である。 周囲は、冒頭に記した通りスプロール状に宅地化が進められることによって不整形な道路網が雑然と生成されてはいるものの、建てる家の南面配棟を前提に概ね方位に則る軸性を持つ。 そんな道路網の生成を無視して当該直線道路はそれらと約45度の振れをもって貫通する。 だから、その通り沿いに建つ住宅は、南面して建てられている隣近所の家々に対して45度の振れを持って道路に沿う様に建つか、あるいは道路に対して45度の振れを持って南面配置で建てられている。 従って、纏まった町並みが道路に沿って形成されている訳ではない。 それに周囲に対して顕著に建築年代が異なる家並みという雰囲気でもない。 よって、周囲一帯のスプロール状の道路網と、この直線道路のどちらが先に敷設されたものなのかも判断は難しい。
結局、周囲に対して異質な道路という認識以上のことを得ることも無く、その直線道路は比較的通行量の多い道路と斜めに交わって唐突に終わってしまった。

帰宅してから改めてネット上でこの道路について色々調べてみたが、検索方法が悪いのか、その生成の背景に関する情報に辿り着くには到っていない。 個人的には謎の道路のままである。
実際、その敷設事由は大したことではないのかも知れぬ。 地域住民にとってはどうでも良いありふれた事情であり、興味を持って対峙する対象でも何でもないのかも知れない。 所詮、判ってしまえばなぁんだというオチ。 しかしそんなどうでも良いことが、そこに住まぬ者にとってはとても奇異に写り、そして興味の対象となる。 都市は、そんな事物で溢れている。

2019.11.19:【書籍】人と住まい文庫 住経験インタビューのすすめ

家造りに際し思い描く夢や理想と、住み始めてからの現実との乖離。 往々にして生じるその距離の縮減を目的に、自らの住経験を近親者からインタビューを受けることによって確認し自身の住居観を的確に把握する。 本書は、その意義や手法と実際に行った住経験インタビュー事例が紹介されている。

そこに載せられた事例はいずれも興味深い。 論考を簡明に成立させるために属性に偏りが見受けられることは著者本人も指摘しているものの、掲載事例に拠れば、住環境という器が変わっても自身の住経験に基づく価値観というのはそうそう変わるものでは無いということになる様だ。
そのことは、例えば宮脇檀も住宅に纏わる様々な著書で似たようなことを言及している。 曰く、豪華なキッチンを造ったからといって突然料理が上手くなる訳ではない。 立派な書斎を設えたから読書家になる訳でもない。 あるいは、収納空間をたっぷり確保したからといって整理整頓が習慣化される訳でもない、等々。

その考え方の対極にあるのが、ハウスメーカーの商品化住宅であろう。 如何に夢や理想に訴えかけて購買意欲を掻き立てようかということに最大限の意が払われる。 今現在の動向は知らぬが、商品化住宅と呼ばれるカテゴリーに属するモデルが各メーカーから発売されるようになった昭和50年代における各社のパンフレットの中には、その点において露骨なものが散見された。
例えば、ミサワホームOII型のパンフレットの表紙には、広々としたリビングダイニングルームにて家族総出でホームコンサートを催している様子が紙面一杯に掲載されていた。 両親と子供がバイオリンやチェロの合奏に興じ、祖父が何やら不自然な位置に立ち指揮棒を振る。 その様子を祖母が和やかに鑑賞している。 各ページに掲載された内観各所の画像にも、それぞれの室で想定される生活シーンがストーリー立てされ、そのストーリーに沿う短文が添えられていた。 これも例を挙げるならば、オプション設定のサンクンガーデン付き半地下室をホームバーに仕立て上げ、父親が友人知人を招いて飲み明かすというストーリ。 この家に住めばこんなに優雅で楽しい暮らしが日々満喫出来るようになりますヨと華々しく喧伝する意図がそこかしこにこれでもかと演出されていた。
果たして当該モデルで同様の生活を実践し続け得た購入者が如何程存在したことだろう。 否、逆にメーカー側のその様な企図になど全く意を介すこともなく、規格化された間取りの中で個々の家庭がそれぞれの生活シーンを多彩に繰り広げたのではないか。 そしてそのことは、住み手のそれまでの住経験の蓄積に基づく住居観が、器としての住空間の強度を軽く凌駕するということを意味するのかもしれぬ。

さて、私自身の住居観は如何なるものか。
当該サイトの「住まいの履歴」のページにて今まで住んできた家について記している。 それなりに色々な家に移り住んで来たけれども、それぞれの家での住経験について自身で反芻・把握し住居観へと繋げてみようとすると、これがなかなかに難しそうだ。
自身で思索するのではなく、近親者からインタビューを受けることによってそれを明らかにするという本書の提言は、住まいについて考える上で確かに有意なことなのかもしれぬ。

2019.11.12:メーカー住宅私考_110
そこに在ったのか、ハイリビング

※1
実在情報というと、かのミサワホームG型の新たな事例を、同じく中古住宅販売サイトにて最近確認した。
場所は鹿児島市。 G57-2W-Tタイプを基本としているが、一階和室の外壁二面に矩折に広縁を増設したプランとなっている。
かつて謎に包まれていた当該モデルの実在情報がまた一つ増えた。 中古住宅販売サイトの情報というのは侮れぬものだ。

※2

今回訪ねたハイリビング施工事例外観。
水勾配程度のほぼフラットな緩勾配屋根と鉛直に近い急勾配屋根(もしくは斜壁と捉えても良いかも知れぬ)を組み合わせたボリュームを一単位とし、それらを高低差を設けて噛み合わせる構成を外観の特徴とする。 掲載された中古不動産サイトの情報によると竣工は1974年10月。

久々に甲府市に出向いた。
確認してみると12年ぶりのことになる。 しかも前回は、塩山にある上条集落を訪ねた際に、どうせ大した移動距離でもないからということで、ついでのつもりで立ち寄った程度。 だから駅前に立地する明石信道設計の県庁舎や丹下健三設計の山梨文化会館を観るに留まった。
でもって今回、久々に訪ねることとなったのは、ミサワホームが昭和40年代に発表していた「ハイリビング」というモデルの設計思想に与する住宅の建設事例が市内に存在することを知ったため。 中古住宅販売サイトにてその情報を得た※1。 現況は空き家と物件概要に記載されているが、折角得た貴重な実在情報でもあるし、せめて外観だけでも拝みたいと思い現地に向かった次第。

当該モデルについては「住宅メーカーの住宅」のページでも言及している。 1970年10月に開催された第一回東京国際グッドリビングショーにて初公開されたのち、各地の住宅展示場にモデルハウスとして建てられ、また同社の広告にも華々しく取り上げられた。 スキップフロアを用いた重層構造を内外観に現した斬新な構成は、なるほど他社商品との差別化にはうってつけ。 その分、現実性という面においてやや難点が見受けられぬ訳でもない。 しかし、それだけ華々しく扱われたのだから、建設事例があってもおかしくは無かろうと常々思っていた。

今回訪ねた事例はモデルハウスとして建てられ広告にも載せられたものとはプランも外観も異なる※2。 モデルハウスの方は、三つのボリュームをレベルを変えて組み合わせることで全体像を構成していた。 対して今回の事例はボリュームは二つ。 但し、玄関が取り付く低い方のボリュームも、地盤面から階段を六段昇って玄関に到るから、高床である。 そしてそれより更に高くなる上層のボリュームは、その下部にインナーガレージを組み込んでいる。 その天井高は1.9m程度。 サイト掲載の平面図によるとガレージの直上がリビングダイニングルームになっているから、「ハイリビング」という名称とは抗わぬ。 通常の住宅における一階でも二階でもない微妙な高さにリビングダイニングルームが設定されていることになる。
そしてその外観は、モデルハウスとして建てられた当該モデルのイメージを踏襲しつつ竣工時の状況を良好に留めている。 その外観を前に、暫し眼福に授かることとなった。

帰路、当該事例が立地する緩やかな南面傾斜地に雛壇状に造成されたその住宅地からは富士山が遠望できることに気付く。 対象物件に向かう際は、背を向けてアクセスすることになるから気付かなかったのだが、悠然と佇む富士山に、そこが山梨県であることを実感する。
バス停に戻り時刻表を見ると、復路の次の便まで一時間以上の空きがある。 待っていても仕方が無いし、駅まで歩けない距離でもないからということで、来た道とは別のルートを地図情報で確認しつつ市街地へ徒歩にて向かうことに。 途上、気になるハウスメーカーの建設事例に多数お目にかかることとなった。 あるいは、ありふれた戸建住宅街の中に唐突に加牟那塚古墳という円墳に出会って驚いたりもした。 更には、昭和半ばに建てられたと思しきちょっと渋めの小規模ビルの外観を堪能することにもなった。 路線バスの車窓からの視線では決して気付かなかったであろう、そして徒歩ゆえに目に留まることとなったそれらを愛で、そして愉しみつつ、小一時間かけて駅へと向かった。

2019.11.05:モノレールに纏わるとりとめも無い話

仕事での移動の途上、湘南モノレールに乗車した。
そういえば、二年前に放映されたTVアニメ「Just Because!」はこの沿線を舞台とし、当該モノレールも頻繁に登場したということをフと思い出す。 ということで、勤務中にも関わらず、プチ聖地巡礼気分。 そのOPテーマ曲のサビ部分を脳内でローテーションさせつつ(というか、サビしか覚えていない・・・)眺める風景は、暫くは凡庸な都市近郊の典型的な佇まい。
しかしすぐに状況は変わる。 深山渓谷に分け入ったかと錯覚しそうな風景が所々で目に飛び込む。 その風景の切り替えはさながらジェットコースターの如し。 少し前に同じタイトルでこの場に書いた羽田や千葉のモノレールとは異なる乗車体験を堪能できる。

そして時折見え隠れする住宅地の風景も、かなり気になる。 そう、アニメや映画に関連して言及されているところの「聖地」とは別の、私にとっての独自の“聖地”である可能性の片鱗が所々に垣間見えるのだ。 つまりは昭和40年代から50年代にかけてのプレハブ住宅の存在。 目に飛び込んで来るそれらに、当初の「聖地」巡礼気分は脆くも消散することとなる。
そういえば、千葉都市モノレールの終着である千城台駅界隈も、私にとっては“聖地”であった。 昭和30年代後半から40年代にかけて建てられた今となっては極めて貴重なプレハブ住宅草創期の事例の幾つかが、オリジナルの様態を保ったまま近年まで僅かながら現存していた。 そのことに気付いたのは今から約十年前。 以降、幾度も同地を“巡礼”しているが、訪ねるたびにその数は減少。 除却や建て替えの事実を記憶として積み重ねるだけというなかなかに寂しい体験を繰り返すことと相成った。
果たして湘南モノレール沿線のそれらの住宅地はどうなのか。 “聖地”である可能性に期待し「get set, go!」。 この界隈を訪ねる機会が増えることになるかも知れぬ。
ちなみに、「get set, go!」とは、「Just Because!」の最終話のタイトルでもありましたか。

2019.10.29:【書籍】新建築2019年10月号

新建築の10月号は、木造特集。 木構造を採用した様々な用途の作品が紙面上に華麗に並ぶ。
それらを見ていると、現時点での木構造は、如何に斬新な架構を構想しそれを内外観意匠に取り込むかということが主要テーマになっているという印象を持つ。 勿論それは、この業界の大半において「新しい素材」であるところの“木”に対して探求すべき意匠的課題なのではあろう。 しかし、形態の妙を競い合うかの如き流れには、どことなくバブル期に蔓延した表層の形態操作と似た雰囲気を感じぬ訳でもない。 十把一絡げに取り扱うのは勿論乱暴ではあるが、しかし紙面に展開する多くの状況は果たして一過性のものなのか。 それとも何らかの様式へと洗練される過程なのだろうか。
むしろ掲載されている個々の作品よりも、今の流れを後の建築史家達がどのように論評するのかといったことに興味を持つ。

月評欄は、いずれも先月号で特集されたオリ・パラ施設について言及されている。
国威の表象装置としての力や立場を失って久しい「建築」が、それでもなお巨大国家イベント遂行のために建てられなければならぬ状況において、個々の施設の存在は如何にあるべきなのか。 その辺りの議論が不在のまま、建設エンジニアリング主導で各施設が姿を現したといった印象がある。 従って、予想通り各執筆者の論評に肯定的なニュアンスは無い。
しかしその中で、中川エリカが指摘した「次なる建築」の不在については、果たして個々の作品に向けられるものなのか。 この巨大イベントに纏わる施設整備の枠組みそのものが、「次なる建築」なるものの介在の余地を持たぬ旧態のままである。
一方、各施設に向けられる価値判断基準は、半世紀前の大会の時とは明らかに変わった。 旧態の枠組と変容した価値観の軋轢。 その狭間で新国立競技場におけるザハ案は無に帰す結果となった。 そしてほぼ姿を現した各施設も、その軋轢の中で辛うじて成立したといった面が多分にあろう。 だからそこに半世紀前に造られた同じ目的の「作品」群と同様の感動を得ることは難しい。
それは、今後の国家イベントに係る巨大施設が「次なる建築」となり得るための通過点という意味合いを含むものなのだろうか。

2019.10.21:台風19号の話

各地に甚大な被害をもたらした台風19号について、少々書いてみる。
本州に接近してきた当日、私の居住エリアでは正午を回った辺りから雨風が強くなった。 そして警戒レベル3を知らせるエリアメール。 念のため避難場所を確認すると、家から徒歩約50分の遠方。 しかもその施設に大した避難者受け入れキャパは無い。 移動中に災害に巻き込まれるのも何だし、辿り着いても施設内で過ごせるのか否かも定かではない。 ということで、ハナから自宅に引き篭もるつもりでいたので、断水対策で浴槽やポリタンクに水を貯め、更に停電対策で手回し充電式のラジオ付き懐中電灯を手元に用意。 更にテレビを点けっ放しにして状況を見守る。

夕刻、台風が伊豆半島に上陸したとの報道。 風雨は更に強まる。
数年前の大規模修繕時に交換されたエキスパンション部のアルミ製竪格子手摺を透過する強風に起因する高音域の風切り音が、室内にまで聞こえてくる。 各フロアのエキスパンションから冷えた高音が発せられる状況は、さながら楽器の如しだ。
更に暫くして、バルコニー側引き違いサッシの召合せ部下端から漏水が発生。 建具に風雨が強く叩き付けるとワンテンポ遅れてジワジワと雨水が下枠断面内に滲み出してくる。 それは日本工業規格(JIS)に規定された方法に則るアルミサッシの水密性能試験にて生じる状況とほぼ同じ。 そしてガラス一枚隔てた外の様子は、同試験に用いる圧力箱内の試験中の状況と極めて酷似。 結構リアルな気象環境を再現した試験方法なのだなと感心する。 試しにクレセントを解除すると当然ながら漏水は激しくなる。 施錠開錠の操作ひとつでこんなに変わるものかと、JIS試験立会いの際には出来なかったクレセントの効果も確認。 その漏水状況と浸入してきた雨水の外部への排出の円滑性を暫し観察しながら暴風雨をやり過ごした。

台風が去り、各地で生じている被害状況に対しネット上で様々な発言や議論が繰り広げられている。 それらに目を通していると、治水対策とそのための事業推進の必要性について改めて認識を強くしたといった旨の意見が多く見受けられるという印象だ。 同様の世論調査結果を示す報道もある。
そうであるならば、治水対策に係る工事や起こってしまった災害の復旧工事に従事する建設技術者・技能者達への理解や評価も、もっと高まればと思う。 あるいは、治水のみならず、治山のありようも並行して考えられるべきであろう。

2019.10.13:図書館三昧_16

先週の話。
翌日の業務内容を確認しようと手帳を開いてみると、午前中が空白。 会議や打ち合わせの予定が全く入っていない。 そして急ぎで処理が必要な仕事も取敢えずは無い。 ならばと、一般財団法人住総研が運営する住総研図書室にて午前中を過ごすことにした。

当該施設は「すまいの専門図書室」と銘打ち、住に纏わる書籍や資料の収集に力を入れている。 以前から関心を持っていたのだけれども、かつては千歳烏山に立地していた。 しかも開室時間が平日の9時から12時と13時から16時までで、休祝日は閉室。 従って、業務の都合上なかなか行く機会が作れない。
しかし二年前に日本橋界隈に移転したため、前よりは仕事場に近くなった。 だから時間さえ取れればと思っていたので、これは良い機会ということで現地に赴いた。

場所は、東京駅八重洲口から数ブロック東側の角地に建つ朝日ビルヂングという賃貸オフィスビルの二階の一画。 建物名称から受ける印象そのままに、その竣工は1964年とそれなりに年月を経た建物。 そしてその外観も、その竣工時期におけるオフィスビルの平準的な意匠という印象から特に逸脱はしない。
共用のエントランスホールは六角形のパターン張りを施した床面がちょっと面白い。 その床面と白い大理石を全面に張った壁面との取り合いを黒い巾木で見切って全体を引き締めている。 天井は、やや無表情。
そんなホールの奥に接続する階段も、ホールと同じ大理石張りの壁が連続し、そして段床も石目調のPタイル。 階段を単なる避難時の動線とせずに意匠性を持たせて日常動線に組み込むというのは、近年のオフィスビルではあまり見掛けなくなった。 ユニバーサルデザインの定着と共に、階段がすっかりと裏方の垂直動線となってしまった感が無きにしも非ず。 しかし、他の上下移動手段と併用してもっと積極的に意匠の中に取り込んでも良いのではないかとも思う。
どうせ二階なのだからとエレベーターではなくその階段を昇ると、意匠的な配慮がなされているのは中間踊り場まで。 共用エントランスホールからの死角となる中間踊り場以降の折り返し部分は、極々普通の設えに切り替わる。 ここら辺は割り切っているのだろうなと思いつつ、二階にある住総研のオフィスへ。

待合ホール的な空間から更にオフィス内に入ろうと出入口扉の把手に手を掛けるとロックされている。 これはよくあるセキュリティ設定。 傍らにある内線電話で担当の人と通話し、ロックを解除してもらい中に入る。
図書室はその入り口の脇に位置し、住総研の執務室とは床から天井までのガラス入りパーティションで仕切られている。 図書「館」ではなく図書「室」と謳っているように、決して「館」というほどの規模ではないけれど、さりとて「室」と言うほど狭くもない。 手前に分厚い無垢板を用いた大きな閲覧用テーブルが一台と椅子が六脚。 それ以外は、開架書庫が空間の殆どを占める。 天井高が低いが、それはこのオフィスビルの建築年代を鑑みれば概ね平準的。 来室者は私のみ。 ちなみにその後も、私の在室中に他の利用者はいなかった。
一通り施設内の様子を見回した後、予めネット上の蔵書検索を利用して選んでおいた書籍を探すべく書架を巡るが、目的以外に食指が動く蔵書が多数。 目移りしてしまって、なかなか目当ての書籍を探し当てることが出来ぬ。 でも、遠隔での検索では辿り着けなかったかもしれぬ書籍に思いがけず出会えることこそが、実際に図書館を訪ねる意義。 「こんな書籍が!」と驚いてしまうようなレアな蔵書が極々普通に書架に収まり自由に手に取れるところが嬉しい。
惜しむらくは、貸出しを一切行っていない。 その場で閲覧する以外に書籍と戯れることは叶わぬ。 だから、訪問に当たっては纏まった時間が必要になる。 それは例えば、国会図書館や都立図書館や建築学会図書館等と同じ。 ということで、これらの図書館と同様、今後も機会あらば当該図書館に通うこととなりそうだ。

2019.10.06:メーカー住宅私考_109
一枚の航空画像から

※1

1980年代にミサワホームが浦安市内で分譲していた住宅地の航空画像。

以前浦安市に住んでいたことは、このサイトの所々で述べている。 市内には、ミサワホームが80年代初頭に分譲した大規模な宅地がある。 その一画に、同社が1980年に発売したミサワホームSIII型が並んで建っていることも、この場で言及したことがある。 角地から三棟並んで建ち、更に数区画離れて同じ通り沿いに二棟並んで建つ。 その眺めはなかなかに壮観だ。

SIII型は、四間四方の平面を持つ総二階建てという小振りな住宅ながら、外表に施された意匠によってそのボリューム以上に堂々とした佇まいを成す。 そして極めて効率的な屋内のプランニング。 更には外装の印象と合わせて和感で統一されたインテリア。 あるいは、当時取り上げられ始めていたエネルギー問題に対応した太陽熱利用の温水システムの標準搭載。 そのシステムを載せた屋根面も外観意匠の中に巧みに取り込んだ形態処理等、注目すべき要素が多岐にわたる。
当時同社から怒涛の如く発表されていた企画住宅はいずれも工業化住宅の傑作だ。 甲乙つけ難いが、SIII型はその中でも特に気に掛かるモデル。 何せ、このサイトで最初に纏めたページも、「住宅メーカーの住宅」の項に登録している当該モデルであった。

そんな個人的な思入れのあるSIII型が建ち並ぶ風景という点で、そこは結構お気に入りの場所になる。 その場所を含む当該住宅地を1980年代半ば頃に撮ったと思われる航空画像を、最近目にした。 それが左記※1に掲げたもの。 このサイトのレイアウトの構成上、思いっきり縮小画像となってしまっているが、当時同社が怒涛の如く売り出していた企画型ではなく自由設計の住宅及び他社設計施工の住宅がびっしりと建てられている様子が見て取れる。 ちょうど右上の部分が、今現在SIII型が不連続に建ち並ぶ場所。 そこをトリミングしたのが以下。

SIII型が九棟並んで建っている。 以前は途切れることなくずらりと一列に並んでいた訳だ。 このうちの幾つかがその後建て替えられて今日に到る。
こんなことを知り得たからといって別に何がどうなるということでもない。 でも、良く拝読するブログにて、その管理者の方が数年前に書いていらっしゃいました。 「他人が知らない無駄な知識≠ニいうのは、なぜかうれしいものだ。」 と。

ところで、この航空画像を眺めていると、この九棟とは別の場所にもう一棟SIII型の存在が確認出来る。 下部中央のその箇所を切り出したのが右下の画像。
私が同市に在住していた時点で既に当該敷地にSIII型は現存せず、医院併設住宅に建て替えられていた。 だから、そこにSIII型が建っていたという事実は、この航空画像で初めて知ることとなった。
敷地内に分散配置された背の低い白い塀や植栽の設え。 あるいは周囲の道路の取り付き状況。 それらは、当該モデルのパンフレットや広告等の販売資料に掲載された外観写真※2に映り込む状況と良く合致する。 即ちこれが撮影モデルとして用いられたSIII型であった可能性が極めて高いということになりはしまいか。
更に言及すると、ミサワホームについて詳述した内橋克人著の企業ルポルタージュ「続々続々匠の時代」の中に、SIII型の発売前にその試施工を浦安で行った旨が記されている。 試施工によって物理存在として初めてこの世に姿を現したそのSIII型を撮影に用いた可能性。 それはつまり、このSIII型が同モデルの一番最初の建設事例であった可能性をも意味する。
とはいえこれも、しょせんは無駄な知識▼・・というよりも、単なる個人的な推察。 でも、そんな事々を一枚の写真から読み解くことで大いに愉しめるということ。 これはとても貴重な航空画像だ。

※2
販売資料に用いられたミサワホームSIII型の外観写真
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