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雑記帳
2016.11−2016.12
2016.12.24:年末
※1
確認してみると、現在でも同名の住宅関連会社があるが、恐らく無関係。 この書籍を記したヨシモトホームは既に住宅事業からは撤退し、今は大手商社の傘下で本業の木材卸売業を継続している様だ。

※2
勿論、だからといって本作の出来栄えが中途半端という訳ではない。 逆にそのエピソードまで描いていたら作品としての骨格が散漫なものへと堕したことであろう。 削ぎ落とされはしたが、必要最小限のことは本作の中でもしっかりと描かれている。

今年も何度か読書感想文めいたものをこの場に書いた。 それ以外に目を通した書籍の中から今年印象に残ったものを以下に5冊。

メタル建築史 もうひとつの近代建築史
難波和彦 著

金属の観点から建築の歴史を読み解いた本。 建築を四種の層に分けて捉える試みは、「建築とは何か」という哲学的命題に対するあまりにも明晰な解答。 その諸相から近現代の鋼構造建築に迫る言説はとても刺激的だ。 でも、その四種の層って、建築のみならずあらゆる事々の価値判断基準として応用、適用が可能な気もする。

現代の生活にマッチした新しい小住宅間取り集
住まいとプレハブ建築会
ヨシモトホーム設計部 共著

1972年に発刊された間取り図集。 掲載されているプランや内外観写真を見ていると、当時のミサワホームの印象と被る。 さもありなん。 著者のヨシモトホームは当時ミサワホームのディラーをやっていた※1。 ところが業務提携によって得た技術やデザイン手法を用いて、自分達のオリジナルとして事業を展開。 程なくして両社は工業所有権を巡って揉めることとなる。 類似事例は国内のプレハブ住宅草創期において幾つかあったが、そんな歴史の一つの物的証拠としてこの古書を購入した。 私は、出版時の書価の二倍弱の価格で入手したが、同じ時期に二十倍以上の値段でも出回っていた。 これだから古書の購入は気をつけねばならぬ。

君の名は。 Another Side:Earthbound
加納新太 著

かの「君の名は。」のスピンオフ短編集。 本作からこぼれ落ちた4つのエピソードから構成される。 そのうちの第四話「あなたが結んだもの」は、民俗学的あるいは神話的見地まで踏み込んだ怪作。 そして、本作ではその構成上バッサリ削ぎ落とされた重要なストーリーが綿密に描かれている※2。 この本を読むならばまず映画を観るべきだし、映画を観たならばこの単行本にも目を通すべき。 ネット上で本作の解釈を巡る様々な議論が交わされているが、その解答の多くがここに在る。

異形建築巡礼
石山修武
毛綱毅曠 共著

かつて中外出版から刊行されていた建築専門誌、その名もずばり「建築」にて1970年代初頭に連載されていた「異形の建築」の採録。 私は当該連載が載せられたバックナンバーを三冊所持しているが、それ以外の号の内容は未見。 従って、その書籍化はとっても意義深い。 そして何よりも、当時未だ新進気鋭という位置にいらっしゃった御両人の硬質で尖がった文体がとっても味わい深い。 勿論、取り上げられている「建築」の異形っぷりも魅惑的な訳だけれども、最近私が目にした異形建築は、知人が小学生の頃に描いた住宅の間取り図であったりする。 そこに展開するとてつもなく肥大化した戸建住宅(?)が映し出す幻影に少々囚われてしまっているところ、無きにしも非ず。

日本古建築細部語彙 社寺編
綜芸舎編集部 著

近所のブックオフ店内を徘徊中、偶然この書籍を見つけた。 社寺建築を構成する各部位の名称に関する解説書。 全てのディテールにいちいち名前が付いていることに驚く。 社寺建築を観に出かけた際に同行者にコメントを求められたら、適当に「和様(わよう)の要素が強い折衷様(せっちゅうよう)ですな。」とでも答えておけば取り敢えずはその場を取り繕える・・・などと浅はかなことを考えているのだけれども、それでは日本人として少々寂しい。 だから、時折この本を開いて細部の名称とその意味について思いを巡らせつつ知識を深めるのも良いかなと思っている。

2016.12.18:師走

年末ということで一年を振り返ってみると、抑揚のない日々の連続であったという印象しか思い浮かばない。 それはそれで幸せなことなのかもしれないけれど、どうなのだろう。

トピックス的なものを無理矢理捻り出すならば、アニメ映画「君の名は。」ということになる。
公開されて間もない頃に二回観たことは、以前もこの場に書いた。 初回は、まともな予備知識も無く映画館に向かった。 あらかじめ持ち得ていた情報と言えば、テレビのニュース番組で紹介された内容と、そしてかつて観た同じ監督の作品「雲のむこう、約束の場所」の印象程度。 しかし見終えて、これはトンデモない作品が出て来たものだと心底驚いた。 関連本を買い込んで目を通し、数日後に臨んだ二回目。 今度はところどころで涙腺が緩む。 これから先再び観たら号泣してしまうかもしれぬ。 だから、この作品を見るためにこれ以上映画館に足を運ぶ可能性は低いといった旨、この場に書いた。 しかし結局一か月後、また観に行く。 果たしてどうなることやらと思ったけれど、三回目は意外と落ち着いて冷静に画面と対峙し存分に堪能することが出来た。
近くの席で大量のポップコーンをバリバリ貪りながら観ている人がいたけれど、それも気になりはしなかった。 というよりも、「まぁ、そうやって余裕をかまして観ていられるのも最初のウチだけだゼ」と予想していたら全くをもってその通り。 否、その人だけではない。 中盤に訪れる例のシーン以降、場内から何かを食する雑音が一切消えた。 そりゃそうだろうな。 私も一回目、持ち込んだウーロン茶を飲むことも忘れて画面に見入ってしまいましたもの。 殆ど口を付けていない紙コップを座席のドリンクホルダーに放置していたことに気付いたのは、エンドロールが流れ始めて暫く経ってからでしたから。
かような作品ゆえ、実は今でも仕事を終えて帰宅する際の電車の中で沿線に在る映画館のレイトショーの開始時刻をついつい気にしてしまう自分がいる。 こんな作品は初めてだ。
ネット上の感想を読んでいると、十回以上繰り返し観に行っている御仁も多数。 判らぬでもない。 勿論、人それぞれである訳だが、私の場合は電車が併走するところからのエピローグの数分間のために三回映画館に赴いたように思う。 そしてその数分は、そこに至るまでの練り尽くされたストーリーと緻密な映像描写の積み重ねがあっての感動と、そしてささやかな幸せに溢れた場面でもある。
ロングラン興行を受けてBDの発売はまだまだ先になるのだろうな。 待ち遠しい。

2016.12.11:【書籍】東京道路奇景
※1
当アートスペースについては、2014年6月27日の雑記にも少し書いている。
※2

水天宮前駅の地上出口から見上げた箱崎ジャンクション。

首都高速道路を初めて通ったのは、高校二年の時。 修学旅行で目的地に向けてバスで移動する途上のこと。 林立する高層ビルの間を縫って激しく昇降とカーブを繰り返しながらめくるめく様に展開する車窓からの眺めは、その様な都市インフラとは無縁の地方の町で日常生活を送っていた当時の私にとっては極めて刺激的な視覚的享楽であった。
その後、再び驚愕の視線をもって首都高と対峙するのは、都内で仕事に就いて間もない1990年代前半。 場所は東京メトロ半蔵門線水天宮前駅。 当時、駅近傍に存在した佐賀町エキジビット・スペース※1という現代美術のギャラリーを訪ねることを目的に駅構内から地上出口に出た瞬間、それはいきなり視覚に襲いかかってきた。 幾つにも折り重なりながら分岐する高架。 それらが視界の全てを覆いつくして上空への視線を遮断する。
そう、そこは箱崎ジャンクションの真下※2。 今でこそ、高速道路のジャンクションは都市施設の鑑賞対象の一ジャンルとして確立されている。 箱崎ジャンクションは、ジャンクション・マニア達の聖地。 しかし、当時この構造体を地上から見上げた際の私の印象はあまり肯定的なものでは無かった。 都市の病理、あるいは風景の暴虐。 そんな言葉が思い浮かび、以降、佐賀町エキジビット・スペースにアクセスする際は、箱崎ジャンクションを避けるためにもう一つの最寄り駅である東西線門前仲町駅を専ら利用したものだった。

でもって、表題の書籍である。
本書では、この様な都市の巨大インフラ施設のことを「奇景」と呼び、東京都内の幾つかの事例を取り扱っている。 勿論、箱崎ジャンクションも取り上げられているが、それらの奇景っぷりの詳細と、なぜそのような構造体が作りだされるに至ったのかという歴史的背景、そしてそこから見えてくる東京という都市の特徴について言及。 いびつな都市インフラを手掛かりに展開した都市論というところが面白い。

この雑記帳の文章を書くにあたり、久々に水天宮駅二番出口を訪ねてみた。 見上げる視線に、以前の様な違和感や嫌悪感はあまリ無い。 これだけの構造物を現実のものとして完成させ、そして長きにわたって供用し続けているという事実に、そこに携わる(あるいは、かつて携わった)技術者達への尊敬の念を覚えた次第だ。 それは、この書籍に目を通したことと無関係では無い。
とはいえ、そのジャンクションの直下に位置する交番で、絶え間ない交通騒音とあまり宜しくない空気質環境にまみれ、そして鬱屈を強いられる巨大構造物に覆われながら日々業務にあたるお巡りさんに対し、大変ですネという気持ちを抱いたことも事実だ。

2016.12.03:池袋逍遥
※1

斐醴祈外観。別名、賢者の石。 集合住宅と店舗と事務所の複合用途。
※2

Royal Vessel外観。 作品名称とは別に東商ビルという物件名が付く商業建築。
※3
元々は丸物百貨店が入る「池袋ステーションビル」として建てられた商業施設。 1957年竣工。 当時、この階段は「ドリームステップ」と名付けられていた。 ※4

Petit Etang外観。 用途は集合住宅。

前回と前々回、板橋区内のアートスペース・Dungeonを会場にした「地下光学」展を訪ねたことについて書いたが、その際、まず池袋駅に寄り道した。 ちょっとした気まぐれで、同駅周辺に建つ梵寿綱の作品を観たくなったのだ。
以前、豊島区役所新庁舎を観に行った折に、氏の作品「斐醴祈※1」を偶然見掛けた。 しかし不覚にも、その斜め向かいに建つ同じく氏が手掛けた「Royal Vessel※2」を見逃していたことに後日気付く。 あろうことか、目の前を素通りしていたという体たらく。 まぁ、斐醴祈のインパクトに当てられた後では、ちょっと目立ちにくいですかね。 ペンシルビルだし・・・。 ということで改めて双方の外観を堪能する。

その後池袋駅に戻ってパルコ池袋店※3の南側階段を暫くぶりに観る。 こちらは梵寿綱ではなく村野藤吾の設計。
エスカレーターと折り返し階段が錯綜するその様相を見上げる視線は、迷宮の中を彷徨うが如く。 商業施設として来訪者の印象に強く訴えかける秀逸な空間。 否、それは冷静に見ればそれほど複雑なものではないのだけれども、無理の無い構成で目をひく空間を創り出す手腕はやはり凄い。

その階段を昇降して視線の変化を暫し愉しんだ後、駅の西側に移動。 「Petit Etang※4」という名の梵寿綱のもう一つの作品を観に行く。
今回観た三件は、いずれも氏ならではの作品でありながら作風は全く異なる。 「斐醴祈」は、何にも例えようが無い抽象性に貫かれた圧倒的な造形。 「Royal Vessel」はアルミ鋳物パネルとステンドグラスによる幾何学模様を徹底的に追求した表層。 そして「Petit Etang」は具象が入り込んでいる。 氏は以前から「日本のガウディ」などと呼ばれているが、様々な作風を一括りにしてしまうのはあまりにも安直。 しかし、鬼気迫る異色の造形であることは間違いない。

「Petit Etang」を観たところでちょうど昼過ぎ。 ここまで来たならばと思い、そのまま東武東上線の大山駅まで更に歩く。 その途上で遠藤新(もしくは、推定される築年数からその子息の遠藤楽か?)の設計と思しき洒落た戸建住宅を見掛けた。 資料を持ち合わせないので実際に氏の設計か否かは判らぬ。 しかし同じく池袋に建つ自由学園明日館を髣髴とさせる外観。 それに外構門扉のデザインが遠藤楽の他の住宅作品と共通する意匠。 こういった発見があるから何気ない散策は楽しい。

大山はかつて住んでいた街。 昼食は、以前よく利用していた洋食屋「洋包丁」に久々に入る。 店の構えも内部の雰囲気も、そしてメニューも昔のまま。 以前からお気に入りの「白身魚のパター焼きランチ」を注文。 二人の料理人がうまく連携しながらテキパキと注文をこなす。 料理が出てくるまでの待ち時間、その熟練の腕前をカウンター席から眺めるのもなかなか楽しい。 出てきた料理は、まさに洋食の王道。 見た目も味付けも昔のまま。 料理人は変わっているけれども、ちゃんと味が引き継がれているところが嬉しい。
この洋食屋は、店名は言及されていないものの「孤独のグルメ」に取り上げられてちょっとした誤解を生んだことがあった様だ。 私がかつて頻繁に利用していた時期おいて、そこで描かれたような不快な行為に及ぶ店員を見掛けることは無かったから真意の程は定かではないし個人的にはどうでも良いことだ。
久々の味を堪能したのち、長大な大山商店街をそぞろ歩き。 都営地下鉄三田線の板橋区役所前駅に向かう。 そして目的地であるDungeonの近傍駅である板橋本町駅に移動しようとするが、列車に乗り込んでから一駅隣であったことに気付く。 券売機で乗車券を購入せずにICカードを利用するようになってから、時折これで失敗する。 たった一駅ならば、更なる散策を愉しみつつ普通に歩ける距離だったなと思った時には列車は板橋本町駅に到着。
・・・ということで、ここから前々回の話に繋がることとなる。

2016.11.25:各作品についてのコメント

会場寸景


会場は中央に椅子とテーブルを設えて談話コーナーとしている。 そこに各作家のポートフォリオが置かれていて、それらに目を通すのも愉しい。
いずれも興味深いが、特に気になったのが杖を主題にした大和由佳のフォトグラフ。 杖は人の身体動作の補助器具であるが、同時に動作補助の対象である使用者がいなくてはそれ自体も自立することは出来ない。 いわば互助の関係。 しかし撮られた杖は、いずれも何気ない日常風景の中で互助関係にある使用者不在のまま自立している。 それは本来とっても不穏な状況の筈。 にも関わらず、そこに映る杖はいずれもどこかユーモラスな雰囲気を醸し出しているところが何とも不思議で印象に残った。
ちなみにその撮影方法や撮影に纏わるエピソードも作家御本人に伺うことが出来た。

前回、板橋区内のアートスペース・Dungeonで開催中の「地下光学」展について書いた。 しかしその内容を改めて読み返すと、会場となっている地下室のことばかり。 いくらここが建築ネタを扱うことを目的としたサイトだからといってそれではあまりにも芸がない。 ということで、それぞれの作家の作品について思ったことを以下に好き勝手に書き散らす。

フジタ ヨウコ:
日常において不可視な建物の地下階を地上部の反転世界として露呈させた建築のミニチュア。 陶製のそれらがコンクリート造の荒々しい床面に大小さまざま並ぶ。 その群景は、この「Dungeon」の様な地下空間が都市に数多秘匿されている可能性を暗示したものか。 個々の陶器は、内部の空洞に微細な光を導入する仕掛けが施され、極小の閉域に崇高性をもたらす。 しかしその崇高性は外形からは容易に窺い知ることは出来ぬ。 その不可視性ないしは内在性も、地下という会場の特質と符合する。

田島 鉄也:
地下に更なる闇の領域を囲い込むことで、地下空間に纏わる謎や畏怖を心的物的に強化。 その闇の中に、遥か昔から幽閉されていたかの如く鎮座する古風な金庫の輪郭が仄かに浮かびあがり、状況を更に補強する。 これらは、地下でありながら意外と明るい「Dungeon」が、実は煌々と灯る人工照明によって闇を排除しているだけなのだという自明の事実を来訪者に鋭利に突き付ける。

大和 由佳:
葡萄の樹が人工物に置換され、更に映像に変換されて大地から隔絶された地下空間に実りをもたらす。 結実の契機は、並置して映し出される言葉を話す以前の幼児の発声。 そんな現象を紡ぎだす映像という二次元と、天井スラブから逆さに生える枯化した葡萄の樹という具象。 その対比に寓意されたものは一体何か。 それを考え出すと、生と死、リアルとアンリアルといった使い古された二元論に陥ってしまう。 ここでは、地中の人工空間で繰り広げられる映像の不可思議さをありのまま愉しめば良いのであろう。

外山 文彦:
コンクリート剥き出しの室内にあって有用性を失った建装材(有孔ボード)が額縁に収監され、形態操作によって所与の目的とは異なる別の物性に昇華。 冷ややかな地下空間に安置された。 その傍らで階段の側面に一枚だけ固着する(あるいは遺された)三角片の有孔ボードは、地下という桎梏で内装材として存在しようと抗う意思の顕れか。 あるいは、そのまま階段を昇って地上に脱獄する隙を虎視眈々と窺っているのかも知れぬ。

ということで、芸術の秋に因んで殆ど持ち合わせぬアート心を無理矢理働かせて慣れぬ文章をしたためてみた。 当然、各作品に対する誤謬や誤読を多分に含んでいるのであろう。 しかしそこはそれ、鑑賞者の目線なんていい加減で恣意的なものだということにさせて頂く。
ともあれ四者四様、「Dungeon」という挑発的な閉域に自身の作品を見事に対峙させているところが実に印象深い。 そしてそれは、同展の主催者が参画作家に課したテーマでもあった。
会期は明後日(27日)まで。 最終日はギャラリートークも催される予定。

2016.11.21:謎の地下空間
※1

アートスペース・Dungeon外観。 左手前の建物ではなく、鉄製の黒い外部階段沿いの細い通路の向こう側に見える右手奥の建物が会場。

※2

アートスペース・Dungeon内観。
上の写真の建物の地下に、このスペースが広がる。

都営地下鉄三田線板橋本町駅を出ると、目の前は頭上を首都高速が覆う幹線道路。 絶え間なく行き交う車がまき散らす交通騒音と澱む空気を避けるため並行して通る一本西側の通りに入る。 するとそこはうって変わって極々普通の住宅地。 戸建て住宅や低層集合住宅が雑多にひしめくその道を南進すると、石神井川と、そこから分岐する様に設けられた弓なりの小さな池(釣り堀として利用)に挟まれた半円形の街区が見えてくる。 その一画に、明らかに接道条件が既存不適格な木賃アパート数棟が身を寄せ合う。 そのうちの一軒、狭い路地に面する旗竿地に建つ木造モルタル二階建ての建物※1は、そこにアートスペースが有るとは到底想像できぬ。
それだけではない。 事前の知識の無い来訪者は、建物の前で困惑することとなる。 建物の隅にぽっかりと開けられた出入口の内部は、蹴上げがやたらと高いコンクリート剥き出しの階段が、地下の闇に向かって落ち込むのみ。 何やら不可侵の怪しげで秘密めいたその場所は、しかしそこが「Dungeon」と名付けられたギャラリーであることを頭上に掲げられた横断幕が示す。

前置きが長くなった。
このアートスペース・Dungeonで開催される「地下光学」と銘打つ現代アート展に知人が参画するという案内を頂き、現地に向かった。 階段を降りると、そこは床壁天井全てがコンクリート剥き出し(極々薄く塗装が施されている)の地下ピット。 否、地上に建つ建物の構造や規模を鑑みれば、単なるピットと呼ぶにはあまりにも大断面の強靭な構造体で囲われた不可思議な地下空間※2
その天井高は出入口の階段近辺は極めて低く、私の身長では普通に直立することが出来ない。 内部は分厚い地中梁で幾つかの空間に区画されており、そのスペースごとに四人の作家が作品を展示している。 待機していた関係者がそれらの作品について丁寧に説明をしてくれるのは有り難いのだが、直立姿勢がとれないため中腰もしくは前屈の不自然な体勢をとりつつ話を伺うのはなかなか身体的負担が大きい。
すると、奥から知人が出てきて「こうすれば良いのですよ」と、天井スラブのところどころに何故か穿たれている小さな孔に頭頂部を突っ込んでみせた。 なるほど、そうすると直立できる。 休む姿勢が直立で、しかもその姿が頭を半分天井躯体内に収容させた状態というのはハタから見れば十分シュール過ぎるだろう。 それだけで一つのアートかもネ、などと思いながら展示スペースの奥へと進む。 すると、そちらの方は普通に直立出来るだけの天井高が確保されている。 どうやら床面に水勾配程度の傾斜が付いている様だ。
この勾配や屈強な構造体。 そして中途半端な天井高。 これは一体何を目的に作られた空間だったのか。 なかなかに不思議だ。
考えられるのは南側地中梁の向こう側にあるであろう釣り堀の存在。 それはかつては石神井川の流れそのものだったのではないか。 その蛇行が河川改修で改められることで、流路から切り離されて現在の釣り堀となった。 だから、改修以前はこの蛇行した流路と地下ピットに何らかの関係があったのではないかと考えたが、それらしき痕跡は地下壁面には確認されず。 しかし、単に河川に近いがための地盤条件を鑑みた強固な基礎を構築しただけと考えるのも、ありふれていてつまらない。
まぁ、あまり詮索せずに謎は謎として、その不思議な空間と現代アートの組み合わせの妙を大いに堪能すべきなのであろう。

地下光学展は27日まで開催。 但し休廊日有り。 詳細は、同展の公式サイト参照。

2016.11.15:記憶と建物
※1
どうでも良いこととか言いつつ、記憶のままに間取りを推定で簡易に書いてみたのでここに載せる。

方角を間違っている訳では無い。 南側が隣の家と近接するため、南に背を向けるように建てられていた。 一階の北面は道路が斜めに取り付くため複雑に雁行。 東側の玄関を入って正面の6畳の洋室はA君の父親の書斎件応接間。 大学教授だったので、隣の和室との間仕切り襖部分は専門書が並ぶ天井まで目一杯の書棚で殆ど塞がれていた。 従って、和室は昼間でも薄暗い状態。 床の間に穿たれた地窓からもたらされる僅かな自然光が印象に残っている。

最近、知人がブログで自らの小学生時代の様々な交友関係について連載を組んで子細に書き綴っていた。 感心することに、昔のことを実に良く覚えていらっしゃる。 私の場合、同じ様な文章を書こうにも記憶が特定のジャンルを除き極めて不鮮明のため容易ではない。

ここをお読み頂いている方ならば、その特定のジャンルが何なのかすぐにお察し頂けることであろう。 そう、ハウスメーカーを中心とした戸建住宅関連のことだ。 これに関しては自分でも呆れるくらいに良く覚えているし、かつてこの場にそのことをネタに「住宅メーカー私史」という連載を不定期に書き連ねたことがある。 勿論、そこに書いた内容以外にも、些細な事々も含めて夥しい量の記憶が未だ脳裏にしっかりと焼き付いている。
例えば、通りすがりに見つけて「素敵な家だな」と常々憧れを持ってその前を何度も往来した見知らぬ他人の住まいの所在地やその外観デザイン。 はたまた、自分の当時の行動範囲内のエリアに建てられたお気に入りのハウスメーカーの規格型住宅の所在地やその型式・仕様。 そしてそれら個々の事例に時折見受けられるオリジナルとは異なるセミオーダー対応の状況。
そんな事々に比べ、日常の人間関係やそれに纏わるエピソードとなると全くをもっておぼつかぬ。 よく遊んでいた同級生の家の内外観などはそれなりに覚えていたりするのですけれどもね。 えぇ、場合によってはザックリとした間取りを書くことだって出来ます。
例えば、幼少のみぎりから親しかったA君の家は・・・と語り始めても、関係ない人にはどうでも良いことですかね※1。 でも、中学の途中で親の仕事の都合で別の地に転校していったA君の家は、つい最近まで現存。 数年前に訪ねた際には、玄関の引違い戸に「売家」の看板が掲げられていたから、これからも暫くは残り続けるのだろうなと思っていた。 そして直角不等辺三角形の短辺と斜辺が接道する敷地に旧態を良く残して建つその家を眺め、かつて家にお邪魔して遊んだ遠い過去のことを微かに思い出す。 建物等の物理存在から、そこに関連する記憶を呼び覚ますというのは良くあることであろう。

しかし、この文章を書くにあたって改めてストリートビューで確認してみたらA君の家は除却されて更地と化し、敷地形状のみが露わとなっていた。 否、A君の家だけではない。 長い年月の中で、過去の記憶を補完可能な物理存在は次々と滅失ないしは著しい変容を遂げている。

2016.11.07:紅葉と降雪と原稿と

文化の日の前後に連休を作り北海道に戻ることが多い。 それは、晩秋の北の大地の風情を堪能しようという目的なのだけれども、個人的にこの時期の北海道がとっても気に入っていることは以前もこの場に書いた。
更に今年の場合は、これも以前この場に書いた実家の外装リフォームの出来栄えを確認するという目的も加わった。 発注前の打合せと施工中に数回実家に赴いたが、遠隔地居住という制約のために工事完了時の確認には立ち会えなかった。 信頼できる施工業者(担当者)だったので全く心配はしていなかったが、最終的な仕上がり具合がどうなのか気にならぬ訳では無い。
ということで今年も11月3日から6日にかけて実家に帰省することと相成った。

ところが今回はいつもと様子が違った。 帰省中はひたすら降雪の日々。 しかもその雪質は真冬のものと大して変わらぬ。 それが纏まった積雪を伴って降り続けるというのはこの時期なかなか珍しいこと。 透徹に冴え渡る秋空のもとで終わりかけの紅葉を愉しむには程遠い状況ながら、しかし取り敢えずは紅葉と降雪の両方を一度に堪能することが出来たということにしておこう。
とはいえ、単に天候不良というだけではなく気温も季節外れの低さ。 気軽な外出も憚られる。 せいぜい、近場の温泉に出向いて雪を眺めながら露天風呂に浸かって和むくらい。 予定が狂い有り余る時間をどうやり過ごすかといえば、このサイトの新規ページ作りに向けて最近仕込んだネタについての文章作製に充てることが関の山。
ということで、作業を進めるべく実家に放置してあるノートPCを立ち上げようとするが電源が入らない。 購入してから十年近くが経過し、OSのサポートも切れていることからセキュリティを鑑みて近年はスタンドアローンで使用し続けてきたが、どうやら限界を迎えてしまったらしい。 ま、殆どワープロとして使うくらいでHDDにはバックアップ済みのテキストデータが数ファイル入っていただけなので特に支障はない。 しかしPCでの作業が出来ないため、久々に手書きで原稿をしたためることに。
ところがこれがなかなか曲者だ。 日常生活において手で文字を書くという動作がめっきり減ったせいかすっかり漢字が書けなくなっているし、少し文章をしたためるだけで親指の付け根の辺りが痛くなって来る。 そして書くスピードも遅くなったのか、思い浮かぶ文章に指が追い付かず、もともとの乱筆に更に輪が掛かる。 困ったものであるが、しかし面白いこともある。 それは、PCに文字入力している時と手で書いている時とでは、取り敢えず纏め上げた文書の雰囲気がどこか違ってくるということ。 その違いを説明することは難しいのだが、個人的にはなかなか興味深い現象ではある。
しかしこうして手書きした文書も、html化するにあたってPCに入力。 更にサイトに登録すべく体裁を整え内容を調整する過程で、最初からPC入力した文章と何ら変わらぬ構成となる訳だ。 暫くの間、今回作製した幾つかの手書き原稿をネタにそんな変容の過程を個人的に愉しむこととなる。

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