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雑記帳
2013.03−2013.04
2013.04.27:八王子〜聖蹟桜ヶ丘

先週、建築探訪のページに、なか安八王子店を掲載した。
八王子を訪ねた際、偶然この建物を見つけたことは、本文にも書いた通り。 「何だ、あの建物は?」と思いつつ、その建物の方に歩を進める際の高揚感。 そして、建物を視覚の真正面に捉えた瞬間の、獲物を捕らえたが如き達成感。 こういったことが、町中を散策している際の醍醐味である。

昼下がりの陽光によってもたらされる陰影が、彫りの深い不思議な意匠を際立たせる。 そんな南面のファサード暫し鑑賞したのち、裏手に回ってみる。 エントランスがある北側は、更に不思議な様相。 写真に収めようとしたが、逆光のため巧く撮ることが出来ず。 後日改めて早朝に同建物に出向き、太陽が南中する前の北側ファサードを撮影した。

その後、近傍に流れる浅川に架かる暁橋を渡って対岸の田町へ移動。 その界隈に遊郭跡があるとの情報を予めネットにて入手していたので、訪ねてみる。
といっても、その痕跡は殆ど無い。 恐らくその用途に供していたのであろうと思われる建物が、周囲に比して異様に幅員の広い道路に面して数件散在するのみ。 そのいずれも、改変もしくは老朽化が著しい。
事前の知識が無ければ、そこが遊郭跡と気付くことは困難であろうという程に、周囲の風景は変わっていた。

駅前でやや遅い朝食をとった後、聖蹟桜ヶ丘に移動。 とある住宅メーカーの創業者の自邸の外観を観に行く。
まぁ、全く面識の無い個人の御自宅ですからね。 この程度の婉曲的な表現に留めておくことが適切なのでしょう・・・とかいいつつ、私が観てみたいという衝動に駆られるとなれば、どのメーカーなのか容易に特定出来てしまいますかね。
敷地内には、1987年に東京・晴海で開催された国際居住博覧会に出展された試作住宅「フューチャーホーム2001」のエッセンスを用いたと思われるゲストハウスが併設されている。 この雑記帳を御覧頂いた方から、その位置情報をmailにて頂戴していたのだけれども、いずれ訪ねてみようと思いつつ、やや時間が経ってしまった。
駅から歩くこと数十分。 ガラス張りの方形屋根を冠したゲストハウスが道路の向こう側に見えて来た際の気分は、なか安八王子店を遠目に見つけた時のそれと同じ。 暫しその外観を眺め、視覚の享楽に授かる。
そこに在るのは、工業化住宅の将来に高い理想を掲げ、その実現に向けた技術開発とデザインの洗練が積極果敢に邁進されたかつての住宅産業の隆盛の残り香。 同様のパワーを今現在のこの業界の動向に見出すことは、少なくともデザイン面からはなかなか難しい。 そんな想いを抱いてしまうのは、単なる個人的な嗜好の問題であろうか。



2013.04.20:銀座〜渋谷

私用で久々に渋谷へ。 その途上、銀座に寄り道。 ちょうど昼時なので、へぎそばでも食べようと、長岡小嶋屋の銀座ニューメルサ店に入る。
店内では、“蕎麦×アート”と銘打ち、新潟県内在住の作家による水墨画の個展を開催中。 注文した蕎麦が出てくるまでの間、店内を巡ってそれらを鑑賞した。 といっても、混雑しているためにじっくりと愛でられる状況でもない。
今回案内された席は店舗入口真正面で、店内全体が見渡せる位置。 なので、席に戻って椅子に腰かけながら改めて展示されている作品を遠目に眺める。 全体が見渡せたがために気が付いたのだけれども、店舗のつくりは今一つ。 厨房を含めた裏方の雑然としたエリアが席から丸見えで、かきいれ時の慌ただしさが客席に伝わってくる。 それに最近改装された店内のインテリアも、限られた予算と時間の中で無理矢理帳尻を合わせましたという雰囲気。 格子パネルの取り付けディテール等に甘さが残るネ、などと偉そうなことを思いつつ蕎麦をすする。
ま、店内の設えはともかく、接客はとても丁寧。 展示されていた「水温む」という作品が気に入ったので、小冊子の画集を購入して店を出た。

そのまま東京メトロ銀座線で渋谷へ。
複数路線の相互乗り入れに伴う駅構内の大幅改変により、供用開始時には一部混乱が生じたなどという報道もあったが、銀座線の渋谷駅は取り敢えず以前のまま。 到着直前に地下から高架に接続し、そのまま渋谷駅前広場を俯瞰しつつ商業ビルの途中階へと吸い込まれる一瞬がなかなか楽しい。 壁や天井が昔ながらの木板張りで仕上げられた降車専用階段も、どこかホッとする。
しかし、この部分も含め渋谷駅はまだまだ大きく変わる。 相互乗り入れは、その序章に過ぎぬ。
降車専用階段を降り切って右手を観ると、地下階への移設に伴い廃止された東横線旧駅構内で何やらイベントを開催中。 イベント自体に興味は持てなかったけれど、坂倉事務所の設計による上屋を改めて眺めておこうと、歩を向けた。
再開発に伴い、このかまぼこ屋根の連なりももう少しで見納め。 それほど思い入れや愛着がある訳でも無いが、用を終えた建物が取り壊しまでの間、別用途に転用されて辛うじて延命している様はどこか物悲しい。
近傍にそそりたつ「ヒカリエ」に移動し、高層階からもその上屋を俯瞰してみる。 永らく渋谷の象徴的な風景として親しまれた意匠ではあるのだろうけれども、何が何でも保全すべき構造物かというと、少々微妙。
それよりも、雑然としたこの界隈がこれからどのように変わり、そしてその変化によって路線の乗換えや駅を中心とした周辺へのアクセス動線が如何に改善されるのか。 そんなことに興味をもって時折観察してみたいとも思う。



2013.04.14:ショッピングセンター

前々回(4月6日)の雑記を書くにあたり、クッキングパパにおけるミサワホームO型の描写の件は記憶が曖昧なので再確認する必要があった。
で、113巻を読んだ蕎麦屋に食事がてら入ってみたが、既にその単行本は置いていない。 僅か数箇所の描写を確認するために新品の当該単行本を購入する気にもなれないので、居住地近傍の古書店を巡ってみる。 しかし、いずれも在庫なし。
どうしたものかと調べてみると、やや離れたところにある巨大ショッピングセンターの中にブックオフの大型店がテナントとして入っていることを知る。
どんな店構えなのだろうと少しばかり興味が沸いたので見に行くことにした。

総売り場面積5000平米弱。 あまりにも広くて驚いた。
その全てが本・CD・DVD等の販売スペースにあてがわれている訳ではない。 それ以外の中古品、例えば衣料品・食器類・スポーツ用品・楽器・貴金属等々も扱われている。 むしろそちらのスペースの方が広く、その量と種類も半端ではない。
生産され、消費され、そして不要と化した品々が、元の所有者の判断と流通側の価値判断という二つのフィルターを通して再び市場に商品として登場した。 言わば、国内における旺盛な生産・消費のなれの果てにおける復活戦に期す品々の堆積。 その累々たる商品群の背後には、フィルターに引っ掛からずに廃棄物として処分された何倍もの物品が在る訳だ。
そんなことを考えると何やら眩暈を覚えそうになるが、ともあれ書籍のブースへ。 幸い113巻が置いてあり、内容を確認。 目的を果たすことが出来た。

改めて書籍ブースを徘徊する。 大型書店顔負けの品揃えが素晴らしい。
更には、新刊ばかりが並ぶ普通の書店と違い、ありとあらゆる年代の様々な古書が置いてあるから、かえって面白い出会いが期待できる。
結局、都市計画史関連の書籍を数冊購入することと相成った。

ブックオフを後にし、ショッピングセンター内に設えられた巨大なアトリウム越しに建物全体を見渡す。 ブックオフ自体も巨大なのだが、しかしそれでも施設全体の一部に過ぎぬ。 広大な建物内には、他にもさまざまな量販店や専門店が入居し、いずれも賑わっている。
陳列されている大量のモノたちと、それらに群がる夥しい数の消費者。 そこで展開される商品の売買行為と、ブックオフに置かれている多種多様な中古の品々との間に何やら狂気じみた因縁を感じつつ、しかし私もそんな狂気の枠組みの中で購買行為にいそしんでいた訳だ。

施設の外に出る。
周辺の道路は、ショッピングセンターに入退場する車で大渋滞。 その圧倒的な集客力は、広域に及ぶ既存商店街の衰退と、そして買い物難民が増加する現実と表裏一体ということなのであろう。



2013.04.09:五大粗大ゴミ

知人のブログの最近の書き込みにて「東京都現代美術館の閉館」という文字を見掛けた時、大して驚きはしなかった。
いや、実際にこの巨大公共施設が近々閉館するという事実は無い。 ブログの内容は、「月刊ギャラリー」という雑誌にそんな嘘を書き連ねたコラムが載せられて騒動となった顛末についてのコメントであった。

そのコラムを執筆した名古屋覚は、同誌の4月号に文章を載せるにあたってエイプリルフールを意識して書いたのだそうだ。 日刊誌ならばともかく、月刊誌に載せるジョークとしてはあまり小洒落ているとは言えませんね。 当然、美術館サイドから抗議があり、編集部共々謝罪文を同誌のウェブサイトに載せる事態に陥った。
しかし、その文章がまた宜しくない。 編集部のコメントの方は、

「誤解を招いてしまったことを反省し深くお詫び申し上げます」

とある。
誠意を示しているように見せかけて、実は自らの非を全く認めていない文章だ。 誤解とはつまり読む側の受け取り方に間違えがあるという意味。 コラムの内容は一切不適切では無いと言っているに等しい。
この「誤解を招く」という言い回しは、自身の失言を誤りと認めたくない政治家なんかも良く使いますよね。
しかし、この編集部のコメント以上に名古屋覚の文章は謝罪の体を成していない。 それどころか、次号以降において延長戦まで示唆する始末。 まぁ、ここで即座に非を認めて頭を下げてしまっては、物書きとしての現在の自分の地位を損ないかねぬとでも思っていらっしゃるのでしょうかね。 そんな痛々しさを行間から汲み取って苦笑しつつ、しかしその文章の中には共感できる一節もある。 引用すると、

「ジョークの内容が、ひょっとしたらあり得るかもしれないと感じさせるものだったのかもしれません。」

という箇所。
冒頭に書いた通り、私があまり驚かなかった理由はここにある。

その昔、かの磯崎新がGA JAPAN誌の第22号の中で「五大粗大ゴミ」発言を行ったことがあった。
改めてこの場で説明する必要も無いかも知れぬが、五大粗大ゴミとして氏が挙げたのは、東京都庁舎,東京国際フォーラム,江戸東京博物館,東京芸術劇場、そして東京都現代美術館。 いずれも超一流どころが設計を手掛けた都内に立地する巨大公共施設である。
こんなことを言っても舌禍とならないところが、磯崎御大の大御所たる所以なのでしょうか。 まぁ、御本人にしてみても、作品自体が悪いのではなく建物そのものに与えられた設計条件が宜しくないのだといった旨のことを申し添えることで、業界内の批判をかわすことに抜かりはありませんでしたね。
とはいえ、御大が貼った粗大ゴミというレッテルの力は絶大。 従って、どうしてもそのレッテルのイメージをもってこれらの公共建築物を捉えてしまう面もある。
いや、印象だけの問題ではない。 抜本的な修繕費用に1000億円近くかかるなどと言われている都庁舎。 あるいは、開館から僅か二十年で約114億円を費やして大改修を行うこととなった東京芸術劇場といった様に、その維持管理にかかる凄まじい費用について伝える記事を時折見掛ける。
それでもなお、建設投資額を含めた公共施設としての事業収支や運用が健全であれば良いのだけれども、実態はどうなのだろう。
件の冗談が冗談としてまかり通らなかった背景には、そんなことへの漠然とした不安や疑問といったマインドが通底しているのかもしれぬ。



2013.04.06:メーカー住宅私考_27
−漫画の中のメーカー住宅

漫画はそんなに熱心に読む方ではない。 せいぜい定食屋に入って、食事が出てくるまでの間に傍らに積んである漫画本を読み漁るといった程度。 その上で気に入ったものはブックオフ辺りでまとめ買いしてしまうこともあるけれど、そんなことは稀。
ともあれ、そうやって接する漫画本の中には、背景にハウスメーカーの住宅が描写されているものも散見される。 取り敢えず私が確認した三例を挙げてみる。

・美味しんぼ:栗田ゆう子の実家
→積水ハウス 和瓦の家BW型

1976年11月に発表された瓦葺きの和風モデル。 積水ハウスは基本的に自由設計なので、右の画像はBW型の一事例ということになる。
この事例を参照したのであろうと思われる外観全景が、単行本第1巻収録の「舌の記憶」のエピソードの冒頭に大きく描かれていることは以前もこの場に書きましたね。
単行本全てを読んでいる訳ではないけれど、その後も幾度か栗田邸の描写が登場する。 登場するたびに原型とは異なるモノに変容しつつあるという印象が無きにしも非ず。 まぁ、長寿漫画ですからね。 その長い歴史において、増改築が施されるケースだってあり得るだろうということにしておきましょう。
内観が描かれたエピソードもあるけれど、写真の事例の内観や間取りに関する手元資料を持ち合わせていないので、リアルに再現されているのか否かは判らない。

・クッキングパパ:頓田光の自邸
→ミサワホームO型

時折立ち寄る蕎麦屋にて113巻収録の第1099話を読んでいて描写に気づいた。
南面二階窓廻りのフラワーボックスの形状等から、1984年3月7日に発表されたO型チャイルド以降のバージョンと判断出来る。 屋根形状は1987年4月24日発売のチャイルダーO2に近似するが、それよりも屋根勾配はやや緩く、そして巨大なドーマウィンドウも描かれていない。 また、玄関側立面の二階主寝室部分がオーバーハングになっていない。
果たして、そのものズバリのモデルが販売されていた時期があったのだろうか。 それとも純正とは異なる仕様で建設された事例を作者が参照したのか。 はたまた作者の創作が入っているのか。 1985年以降の同社の動向については関心が薄いので、その辺は良く判らない。
内観も描かれているが、こちらの方はO型のそれとは明らかに異なる。 二階に昇るシーンに描かれる階段が極々普通のデザインなのは、ちょっと残念。

・ぼくの地球を守って:玉蘭の実家
→ミサワホーム NEAT INNOVATOR

この作品の存在を知ったのは、原作の連載が終了して間もない頃。 レンタルビデオ屋で何気なくOVAを借りたのがきっかけであった。
Production I.Gによるクォリティの高い作画とスリリングなストーリー展開、そして菅野よう子による素晴らしいOSTにすっかり引き込まれてしまった。 エンディングテーマ「時の記憶」は、今聴いても名曲だと思う。
OVAの第1巻視聴後、近所の古本屋で原作の単行本全21巻をまとめ買いしたのは、かれこれ20年近く前の話。 その第8巻の終盤に、NEAT INNOVATORのルーフバルコニーを参照したと思われる描写がある。
戦災孤児である紫苑が同級生の玉蘭の家で催されるパーティーに招かれた。 しかし、幸せな家族団欒の場に居合わせても、孤独な境遇の自分には苦痛でしかなかったという紫苑の回想の場面。
そんなシーンにこのバルコニーが描写された意図は何かといったことを考えるのは、あまり意味が無いことなのでしょうね。 ま、NEAT INNOVATORの発売が1989年。 単行本第8巻の発刊も同年だから、時間的には繋がりますかね。

さて、これ以外にはどんな事例が有るのだろう。 それを確認することは膨大な作業になるから実行する気にはなれない。 というよりも、たまに漫画を読んでいて偶然そんなシーンに遭遇することが楽しいのだと思う。
そして、その描写を巡って好き勝手に考証を試みるのも、一興。



2013.03.30:メーカー住宅私考_26
−コンクリートによる和風表現

伝統的な日本建築様式の構成理論を近代の鉄筋コンクリート造に移殖すること。 縄文弥生論争を頂点に、1950年代に興隆した建築デザインを巡るこのムーヴメントは、公共建築を中心に全国津々浦々に多くの傑作を創出するに至った。 3月18日にこの場に書き記した埼玉県立浦和図書館も、その枠組みの中に属しよう。
とはいえ、それらの作品に和風を感得するという視線が広く一般に共有されているかというと、少々怪しそうだ。 さもありなん。 そこに在るのは直裁な和の表現ではなく、建築業界という狭隘な閉域のみに流通可能な建築言語に置換された婉曲的手法に基づく意匠。 多くの人々にとってそれは、どこか普通とは異なるコンクリート造の建物といった程度の印象に留まるのかも知れぬ。

コンクリート造における和の表現。 このテーマがハウスメーカーにおいても追求された事例がある。
いや、この言い方は現在においては、有効性を持たぬ。 なぜなら、今や構法とデザインは完全に切り離されているから。 コンクリート系や木質系、はたまた鉄骨系等々、いずれの構法においても、和風のみならずあらゆる建築様式を器用に擬態することが可能となっている。
擬態、つまりストレートな様式デザインのモノマネ。 いまさら奇異に捉えることでも目くじらを立てることでも無い。 構造と外装と内装は完全に分裂し、いかなる組み合わせも対応可能だし、そしてそのことが求められている。

しかし、少なくとも1980年代前半までは、そうはいかなかった。 鉄骨系ならば鉄骨系の、そして木質系ならば木質系のデザインがあった。 外観から構造形式を想定することが容易に可能であった。
それは技術的な制約があったため。 コンクリート系も例外ではない。 いや、むしろコンクリート系は特にその傾向が顕著であった。
その多くにおいて採用されたプレキャストコンクリート(PCa)工法は、生産性やコストコントロールの観点からそのパーツの種類が絞り込まれ、結果として外観デザインやプランニングは制約を受ける。 特に、外観は無骨にならざるを得ない。
1950年代に公団によって大量に建設された団地の一部を切り取って戸建住宅にしたかの如き四角四面の外観という事例が殆どであった。 コンクリート系の構造を選択するユーザー側も、傾向的にデザインにはあまり期待をしていない。 むしろ、コンクリート系ならではの強靭さこそが支持され、そして求められていた。

しかし、1980年代の半ばあたりから、そんなコンクリート系プレハブ住宅の傾向が変り出したように思う。
その先陣をきったのが、大成建設から発表されたパルコン・ステイトシリーズ。 七種類の商品群によって構成され、1984年10月1日に発表された。
例えばそのうちの一つ、「パルコン・ステイト300」は、ドーマウィンドウが付いた寄棟屋根を冠し、壁面はツートンカラーを化粧ボーダーで見切った装いで洋風の外観を表現。 木質系や鉄骨系の工法を用いて同質のデザインを志向した同時期の他社モデルと比較すると、ややぎこちなさは否めない。 しかし、従前のパルコンとは明らかに一線を画すモデルではあった。

そして、今回の主題である「パルコン・ステイト700」。
大判Pcaパネルによる四角四面の基本構成は、従来と同じ。 しかし、そこには和感の付与が志向されていたことを辛うじて読み取ることが可能だ。
例えば、入母屋風の勾配屋根。 そして外壁出隅部に施された付柱風のダークブラウンの化粧材による軸組み構造の真壁風な装い。 軒の鼻先もダークブラウンに塗装されている。 更には、サッシや雨戸も深めのブロンズ色を採用。 従来のアルマイト色から茶系に色調を変換することにより、金属の質感を弱めようとしたのかもしれぬ。 加えて、屋内に設えられた続き間の和室と広縁というプラン上の和風要素を外観にも滲ませることで、和の雰囲気を補完している。
勿論、これらの形態操作をもって和風と見なせるかというとちょっと厳しいところが無きにしも非ず。 しかし果敢な挑戦ではあった。

建築業界を席巻した縄文弥生論争から遅れること約四半世紀。 ハウスメーカーがコンクリート造に和感を付与したモデルを出し始めた訳であるが、勿論その背景や思想に繋がりがある訳ではなかろう。



2013.03.25:HOUSE VISION
※1

会期:
2013年3月2日〜24日

会場:
青海駅前特設会場

主催:
HOUSE VISION実行委員会

お台場で2013 TOKYO EXHIBITIO HOUSE VISION※1なるイベントが開催されていることはポスター等の告知で知っていたけれども、特段興味無し。 しかし、ひょんなことから招待券が手に入ったので、出向く。
タダ券を入手した途端に見に行くというのも何だかエゲツ無いが、まぁ、しょせん私はそんな人間。 ということで、会期末が迫った平日の夕刻、そのイベントに赴く。
著名建築家が様々なメーカーとコラボして作り上げた幾つかのパビリオンによって、新たな住まいのあり方を提示しようというこのイベント。 以下に、各パビリオンの感想を軽く記してみる。

・住の先へ:LIXIL×伊東豊雄

軽やかに流れつつ全体が緩く繋がる空間の中に入れ子状に設えられた閉鎖的な蔵の如き部屋。 これを、シルバーハットと中野本町の家の考え方を並置したものと解釈するのは安直ということになるのであろうか。
開放的なシルバーハットも自閉的な中野本町の家も、永く住み続けるには少々先鋭的。 両者のバランスを程よくとった空間こそが心地良い。
かつて発表された全く方向性の異なる二つの自邸に対し、今現在の回答としてそんなことを指し示しているのだとするならば面白い。

・移動とエネルギーの家:Honda×藤本壮介

建物内外を曖昧に仕切る三重の入れ子構造は、氏の作品「house N」からの引用であろうか。 そこに自らのアイデンティティを表出しつつ、あとは、コラボする本田技研が開発を進める各種動作補助ギミックのプレゼンに抗わぬユニバーサルな内部空間の展開に割り切っているあたりは、イベントへの器用な参画の仕方といったところ。 その器用な単純さによって、提案された空間の意図が読み取りやすいという感はあった。
写真はパビリオン内の展示。本田技研が開発中の歩行アシスト機器に跨って盆栽の手入れをする住人の様子が示されている。 そこに見い出されるものは、これらのギミックに支えられながら日々暮らす独居老人という今後爆発的に増加するであろう生活像。 私自身にとっても遠い未来の他人事ではないので、少し複雑な気分になる。

・地域社会圏:
未来生活研究会×山本理顕,末光弘和,仲俊治

その複雑な気分に対する一つの応答が、隣接するこのパビリオンにて提示されているように思えた。 もしもそういった意図を持って会場を構成したとするならば面白い。
集合住宅の形態を更に進展させることで企図した地域社会圏の構築。 それは、独居が増加する中での新たなユートピアなのかも知れぬ。 しかし、その実現性と永続性は、今の世の中にあって如何程のものか。
巨大な集合住宅の模型を前に少し考えることとなった。

・数寄の家:住友林業×杉本博司

個人的には、このパビリオンが一番好みに合致したかな。
でも、竹ボウキを逆さにして並べて設えた垣根は、直截過ぎて今一つ。 スケルトン状態の茶室も、展示の必然性が読めぬ。
しかし、その茶室に対面する母屋の方は、とても美しい。 特に目新しい訳では無いけれども、会場の中で唯一、長くその場に佇んでみたい思える空間であった。
床に敷き詰められた楠のフローリングは、暫しその香りを堪能してしまいました。

・家具の家:無印良品×坂茂

構造体として用いた家具の扉の一枚を開けたら、中にさりげなく御本人の作品集が収納されていたのは、御愛嬌。
ま、無印良品はあまり好みではないので、これもサラリと見て回るに留まる。
外部を間仕切る複層ガラス入りの木製引き戸は重過ぎ。 初動荷重を軽減させるアシスト機構を備えるべきでしたね。

・ 極上の間:TOTO,YKK AP×成瀬友梨,猪熊純

大小さまざまな矩形の開口をランダムに穿ったキューブってのは、数年前に嫌というほど流行ったデザイン。 何だかイマサラ感が思いっきり漂う。
所々に施された壁面緑化と真っ白なキューブのコントラストは鮮やかだけれども、この空間、実際に屋内に作ろうものなら、余程空調換気に留意しないと湿度が高くなって大変だろうな。

・編集の家:蔦屋書店×東京R不動産

既築の集合住宅をスケルトンまで還元し、そこに新たにインフィル部材を自由に付加する提案。 そのインフィルパーツのショールームまでをも作り込んだ展示は、プレゼンとしてはなかなか徹底している。
でも、ここまで突っ込んだものでは無いにしろ、内装部材を自由に選択する販売手法の採用事例は既に数多存在し、特に目新しいことでもない。 しかも、入居者個々人の嗜好に基づき様々な内装の“編集”を可能としているように演出しつつ、その展示内容は随分と恣意性に満ち溢れている。

ということで、見分不相応にも言いたい放題ですね。 でも、それくらい心に響くものがあまり無いまま、会場をあとにすることとなった。
そんな中で、隈研吾による会場構成だけは、少々印象に残った。 高さを変えつつ場内に張り巡らせた木格子によるウォールは、御本人の設計によるスタバ太宰府天満宮店や、プロソリサーチセンター辺りで実施した意匠を応用したインスタレーションといったところなのでしょうか。 ライトアップされた夜景はきっと綺麗なんだろうなと思いつつ、その夜景を堪能出来るであろう時間帯まで滞在する気にもなれず、入場から小一時間程度で退場と相成った。



2013.03.23:【書籍】壁の本
※1

署名:
壁の本

著者:
杉浦貴美子

出版社:
洋泉社

出版年:
2009年9月2日


※2

コンフォルト2013年4月号の特集は「時間を取り込むデザイン」。 興味深いテーマではあるけれども、以前にも似たような特集を組んでいますよネ、ということでパラパラと斜め読みするに留まる。
しかし、冊子の後半でページを捲る手が止まった。 そこに掲載されている写真に釘付けとなる。
「風雨の履歴」というタイトルで載せられた杉浦貴美子の写真作品。 9ページに亘って紹介される外壁写真は、どれも本当に美しい。
経年の作用のみが物質に対して醸成し得るテクスチュアの妙。 そんなことに興味を抱いていながら、今までどうしてこういった視点を私自身持つことが無かったのか。
審美眼、観察眼の圧倒的な差ですね。

プロフィールを見ると、表題の作品集※1も出されているとのこと。
早速入手。 眼福に授かっている。
作者のサイトにも作品がアップされているので、未見の方には閲覧をお勧めします。

左の写真※2は、“錆壁”と呼ばれる土壁の仕上げ。 鉄分を含む土を用いることで、その錆びが斑点となって浮き出る現象を仕上げとする伝統工法。
「壁の本」に収録された事例とは毛色が異なるが、経年変化という点では相通ずるものがあろうか。



2013.03.18:図書館三昧_8

文中の写真は、別の季節に撮ったもの。
木々に葉が生い茂っているのはそのため。

埼玉県庁に用事があり、早朝JR浦和駅へ。
駅の西口に出て、駅前通りを県庁まで歩いて行こうとするが、それとは別の方向に人の流れが出来ている。 これはひょっとして県庁に向かう人々の群列で、駅前通りを歩くよりも近道のルートなのではないかと思い、その流れに乗ってみる。
駅前広場に面した商業施設の一階自由通路を抜け、更に別の建物の敷地内通路や狭隘な路地を進む。 そうして駅前から辛うじて繋がる裏道は、その向こう側に屹立する県庁舎の方へと続く。 やはりこの群衆の流れは、私と同様に県庁での打合せに向かう人達か、あるいは県職員なのであろう。
早朝に浦和に赴いたがために見えた、通勤時間帯のみに固有の都市の動線。 そこに在るのは、都市計画の網掛けからこぼれ落ちた自然発生的な偶然が紡ぐ合理性とでも言うべき様態であろうか。
で、耐震補強ブレースに痛々しく拘束された県庁舎の外観が徐々に近づいてきたその矢先、その裏道の向って左手にこの図書館が見えた。
「ナルホド、この裏道は調度この図書館の背後を通っているのネ」と、都市の構造が少しだけ呑み込めた気になる。

埼玉県立浦和図書館。
埼玉県土木部建築課の設計により1960年に完成。 前川國男の設計による埼玉会館に近接して建つ。
打ち込みタイルがほぼ全面に施された埼玉会館に対し、図書館の方はRCフレームを強調したデザイン。 全く異なる意匠が採用されながら、両者の間にチクハグな印象は無い。 恐らくは、先行して建てられた図書館の存在が、埼玉会館の計画策定において大いに意識されたのであろう。 配棟計画や外構計画の巧みさによって、一体感のある風景が醸成されている。

寄り道をして、久々に図書館の外観を東側から見上げる。
柱梁の力強い軸組による構造表現。 深い軒の出がもたらす陰影。 そして分厚い軒先とバルコニーの手摺によって強調された水平ライン。
それらからは、RC造への伝統的建築形態の付与という、この建物が竣工した当時のデザイン潮流が色濃く表出している。 紅殻を思わせる各種部材への彩色も、和風建築の想起を容易にさせる。

ちなみに、図書館の裏手に隣接する浦和消防団詰所も、小振りながらなかなか良い味わい。
その外観を特徴付けるたっぷりとした庇の量感が、図書館と巧く調和している様に見える。 設計者は誰なのだろう。
そんなことを考えつつ、裏道伝いに県庁へと辿りついた。



2013.03.14:幻の再開発計画
※1
新建築2012年3月号の月評欄にて山崎亮が用いた言葉。

※2

かつては結構マメに新聞記事のスクラップを行っていた。
しかしズボラな性格が災いして、その殆どが未整理状態。 書類袋に無造作に突っ込んで、押入れの中にこれまた無造作に押し込んでいることは、以前もこの場に書いた。

スクラップの習慣が希薄になったのは、いつ頃からであろうか。
取り敢えず、ネット普及の影響は明らか。 あるいは、購読している新聞において建築関連の記事が減っているという面もあるのかもしれぬ。
それは、“つくること自体が正義ではなくなった時代※1”という背景と密接に関わっているのであろうか。 かつては、威勢の良い建築計画が結構頻繁に記事になっていた。 そういったものを見つけては鋏を入れることが、結構楽しみであった。
例えば左のスクラップ※2。 新潟日報紙に掲載された記事の一部だ。
内容は、長岡市の中心部における再開発計画に関するもの。 今現在も駅前通りでいくつかの再開発事業が完了、あるいは進行中であることは前回この場に書いた。 しかし、1980年代にも規模は小さいものの再開発計画が存在した。 その計画概要を紹介した記事である。
計画地は大手通り西端の紅屋重正が建っている辺り・・・と書いても、一般的には地元の人にしか通じませんでしょうかね。 老舗の和菓子屋さんです。 その界隈で、当時の市内においては結構高層の建物を建設する計画が持ち上がった。 記事には、総事業費193億円、事業期間は1986年から1990年となっているが、結局実施されず。
完成予想外観パースの右下隅角には、円筒形のエレベーターシャフトが見える。 もしもこのまま実現していたならば、当時そこにそそり立っていた“吉乃川”の巨大看板に替わる駅前通りの新たなアイキャッチとして定着したことであろう。

そんなかつての再開発計画。
例えばこういったことを自身の記憶の片隅にストックしておけることなどを鑑みれば、新聞記事のスクラップが大切な作業であることは今も昔も変わらない筈なのだが・・・。



2013.03.10:連なる再開発事業

長岡の市街地で、また大規模な再開発が具体的に動き出そうとしているらしい。
事業名称は、「大手通表町西地区市街地再開発事業」。 かの旧大和デパートや旧長岡現代美術館などが位置する駅前通りの西端のブロック。
当面は、その広大なエリアの西側に大規模な複合施設を建設する計画だそうだが、その概要を見ると少々複雑な気持ちにもなる。 それは、相次ぐ再開発事業を繋ぐグランドデザインの欠如。
市松模様のシティホールに、グリッドデザインの大手通中央西地区第一種市街地再開発事業。 ガラスのカーテンウォールを全面に押し出した大手通中央東地区第一種市街地再開発事業に、普通のマンションの外観っぽい今回の事業。 脈絡のないバラバラな意匠が、駅前通りを新たに侵食する。
旧来が整った街並みであったという訳ではない。 しかし、折角ほぼ同じ時期にまとまった規模の再開発が続けて実施されるのだから、何らかのデザインコードを設定して個々の事業を景観面で緩やかに整合させるくらいの配慮があっても良いのではないかと思う。
再生産され、且つ肥大化する風景の混沌の先に、長岡駅前のアイデンティティの深化や再開発事業が目指す市街地エリアのポテンシャル浮揚は如何ほどに望めようか。

こんなことを考えてしまうのは、思い出を多く有する土地の風景が大きく変わってしまうことへの若干の寂しさという個人的な感情が関わっているのでしょうかね。
勿論、不変であり得る都市は無い。 しかし、変わるのであれば、より良い方向に変容してほしいと思う。
とりわけ、コンパクトシティ化に向けた都市の在り方を再開発に反映させることは、人口が減少する今後の趨勢の中では必須であろう。 具体的な動きとして、富山市の事例が最近の日経アーキテクチュア誌に紹介されている。
果たして、長岡市内中心街で進行する再開発事業の連鎖の中に、同様の施策は組み込まれているのだろうか。



2013.03.06:【書籍】遠い海
著者:
瀬尾明男
出版社:
マガジンハウス
出版年:
1992年10月

長岡市在住の知人が、自らのサイトに冬の日本海の写真を幾度かアップしている。 最近、「出雲崎なぅ」とコメントを添えてアップされた画像は、冬の日本海の美しさと険しさをこれでもかと捉えた一枚。

今でこそ、近隣市町村との合併によって長岡市は海に面している。 しかし私が住んでいた頃は、東西を山で挟まれた信濃川中流域の盆地であって、海は丘陵の向こう側、遥か彼方の遠い存在であった。
そんな私にとって海が身近なものとなったのは、北海道に在住していた学生時代のこと。 鰊番屋に興味を持ち、道内の日本海沿岸を頻繁に訪ねて歩くようになってからになる。
だから未だに海というと北の日本海であって、ニコラ・アレキサンドル・ド・セギュール風に言うならば、「わが心は北の日本海にあり」といったところになろうか。
蛇足になるが、当サイトのアドレスに含まれる“r231”は、北海道の日本海沿岸を石狩から留萌まで繋ぐ国道231号に因んでいることは、以前もこの場に書いたことがありましたかね。

仕事で東京に出てきてからは、海は地理的に一層身近なものとなった。
しかし、東京湾や太平洋というのは、どうも今ひとつ心に響かない。 「日本海欠乏症」なんて言葉があるか否かは知らぬが、上京して間もない頃、すっかりその様な心境に陥ってしまった。
そんなさなか、書店で偶然目に留まったのがこの写真集。 全ページ、日本海を中心とした北海道の冬の海の風景を捉えた写真で埋め尽くされている。
即、購入したことは言うまでも無い。

それから随分時間が経ち、今では日本海を希求するような感覚、あるいは感傷はすっかり薄らいでしまった。 しかし、「出雲崎なぅ」の画像を見て、ふいにこの写真集のことを思い出し、久々に書棚の奥から引っ張り出すこととなった。

下の画像は、学生時代に撮ったもの。 記憶が定かではないが、日本海沿岸の幌という集落の海岸だと思う。




2013.03.02:図書館三昧_7

通し番号を付けてシリーズ化する程の内容でもなければ、ネタを多く有している訳でもない。それに、思いっきり不定期でもある。
しかし、この図書館関連の話もこれで7回目になる。

今回は、久々に訪ねた国会図書館について。
訪ねるのは本当に久々で、一年ぶりくらい。 昨年は原発反対デモが国会周辺で頻発していると聞くに及び、その近傍に建つ国会図書館は落ち着いて調べ物が出来る環境では無いのだろうなと思い、ちょっと遠のいておりました。
しかしまぁ、場所が場所ですからね。 反原発デモが無ければ無いで、様々な政治団体の街宣車が徘徊する訳でして、騒然としていることに変わりはない。 今回も、前政権の与党であった政党を紛糾する旨の怒号を撒き散らす黒塗りの街宣車が、国会周辺を警備する警察官と追いかけっこを演じておりました。
デモにしろ街宣車にしろ、取り敢えずは平和な世の中ならではといったところ。

で、いつもの通り館内の一時利用手続きを取ろうと新館のエントランスに向かう。 ところが何だか以前と勝手が違う。
一時利用の制度が無くなり、正式な登録手続きが必須になったらしい。 書面に必要事項を記入して身分証明書と共にカウンターに申請を行い、三年間有効のカードの発行を受けて漸く入館と相成る。
で、蔵書検索を行おうと端末が並ぶブースに向かうが、そこの様子も以前とは異なる。 全てのディスプレイがビスタサイズの仕様に取り替えられ、検索画面も検索方法も変わっていた。
若干戸惑いつつ、目的の資料を借り受けて一通り目を通す。

検索をしていて気付いたのだけれども、デジタルアーカイブがかなり強化された様だ。 雑誌のバックナンバーなどは、蔵書検索用端末のディプレイ上で閲覧可能なものが大幅に増えた。
今までのように閲覧申請から資料の受け取りまでの数十分の待ち時間を要さずに、様々な書籍に目を通すことが出来るのは、とっても有り難い。 併せて、複写申請も効率化された。
便利になったし、調べ物に要する時間も大幅に短縮可能となった。 しかし、やはり私は古風な人間。 物理存在としての紙媒体にて目的の情報に接することに充足感を抱きます。
それでありながら一方で、便利であるがために一日中ディスプレイと対峙してデジタルアーカイブを閲覧し続けることにもなりかねない。
眼をいたわるべく、目的を絞った利用を心がけねば。

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