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2007.06.30:古民家とシタール
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坐る文化研究所主催のシタールコンサートに行って来た。
開催場所は、埼玉県小川町にある国指定重要文化財吉田家住宅。
コンサートは午前と午後の二回開催されたが、私は午後の部に予約を入れ、午前中は小川駅周辺の街並みを散策。
「武蔵野の小京都」と呼ばれているそうだが、比較的交通量の多い幹線道路沿いに、それらしき風景の痕跡を部分的に確認するに留まった。
ゆるやかに蛇行する道路の形成は遠見遮断かと思ったが、単に並行して流れる河川の影響なのかもしれない。
見通せないために、移動と共に次々と風景が展開する。
その風景の中に散在する古民家が、かつての集落風景を想像させる。
二時間ほど幹線道路沿いの街並みを散策したのち、吉田家に赴くために小川駅から更に一つ先の竹沢駅に移動。
竹沢駅を降りて小雨が降る中、現地まで10分程歩く。
途中、ミサワホームの「チャイルダーOII」を発見。
住宅メーカーの住宅の項でも紹介しているミサワホームO型の後継タイプであるこのモデルの外観デザインは、田園風景の中でも違和感の無い佇まい。
吉田家に着くと、既に座敷にシタールが鎮座。
実物を見るのは初めてなので、間近で観察。
なかなか面白い形をしている。
程なく、シタール奏者である辰野基康氏による演奏が始まる。
心地よい微風が裏庭から表へ向かって座敷を吹き抜ける。
そして障子が開け放たれた縁側の外は、相変わらずの小雨。
そんな和やかな環境とシタールの響きが渾然一体となって、心地良い空間を醸成する。
至福のひとときを堪能した。
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2007.06.23:新丸の内ビルディング
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東京駅の丸の内側に新たに完成した新丸の内ビルディングを見に行ってきた。
見に行ったというよりも、通りすがりに立ち寄ったと表現する方が正しい。
オープンして間もないためか商業ゾーンは凄まじい混雑ぶり。
じっくり見物出来る状況では無かった。
通勤ルート途上に立地しているため、建設中の様子は、ある程度リアルタイムに見ていた。
構造体の鉄骨が建ち上がり、一部に外装材が取り付けられ始めた段階では、その重苦しい色彩に良い印象を持てずにいた。
しかし、その外装がどんどん仕上がっていくと、重苦しさは重厚な雰囲気へとイメージが変わった。
駅を挟んで八重洲側に次々と建設されている、ガラスを多用した透明性の高い超高層ビル群とは一線を画す、落ち着いた様相が徐々に形成されてゆく。
隣接して既に竣工している丸ビルとは違う個性を与えつつ、調和にも配慮しようとする設計意図が何となく読みとれるようになった。
しかし、高層部分に遅れて姿を見せ始めた31m以下の低層部分の外装が仕上がってくると、また印象が変わる。
柱と梁による構造フレームを強調した構成や、開口廻りに設けられたルーバーの構成などは、周囲の建物とは明らかに異質だ。
にもかかわらず、厚手のアルミキャストによる外装材は、その色彩と相まってクラシカルな重厚さを漂わせている。
古風とも新奇とも捉えかねる、何とも不思議な仕上がりだ。
一方、低層部分に配置された商業ゾーンの内装は、アールデコを基調にしたと思われる造りが個性的だ。
勿論、例えば同じくアールデコ調で仕上げた日本橋三越本店のような風格は、今のところまだ望むべくもない。
これは、完成してからの時間の違いであろうか。
3層吹抜けのゆったりとしたアトリウムや、丸の内一帯の眺望が愉しめる7階部分外周の屋外テラスなど、休憩スペースが余裕を持って配置されているところが嬉しい。
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2007.06.16:商業建築
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都内を散策する。
浜松町から三田,白金界隈をうろつき恵比寿を廻って渋谷までそぞろ歩き。
実は仕事以外で山手線の西方面を歩くのは久々で、恵比寿もその一つ。
恵比寿といえば、あの建築はどうなっているのだろうと思い寄ってみた。
右の画像はその外観の一部だが、凹凸や装飾的要素の多い建築である。
この手のデザインは降雨量が多い日本ではとかく汚れやすい。
それが交通量の多い五叉路に面した角地ともなればなおさらである。
にもかかわらず、意外に汚れが目立たない。
ディテールがしっかりしているのか、メンテナンスが行き届いているのか、あるいは両方か。
名称は、OCTAGON。
その名の通り、8角形平面の搭状建築。
設計は、かの高松伸建築設計事務所。
同時期に竣工した同事務所の作品には商業建築が多いが、既に除却されてしまったものもいくつかある。
例えば東京では、調布市のICHIGOYA。
京都でも、北山に建っていたSYNTAXが最近取り壊されてしまった。
そんな中で、このOCTAGONは全フロアともテナントが埋まっている模様。
商業建築としての事業目的を維持しているのがうれしい。
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2007.06.09:耐衝撃性試験
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※1:
衝撃試験後のガラスの様子。
二枚のガラスの間に特殊なシートを挟みこんだパネルを採用したため、全面にひびが生じたものの、粉々に砕け散る状況は確認されなかった。
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前回(6月2日)紹介した名古屋駅前で建設中の超高層ビルが、数日前に様々なメディアに登場した。
報道された理由は、あまり喜ばしいことではない。
現場の32階から重量100キロの鋼材を落下させる事故を起こしてしまったのである。
建設会社の安全管理体制に対する信用の失墜は計り知れない。
また、トラブル発生の原因究明と今後の安全対策の策定のために発生するであろう建設工程の遅延は、事業主体である学校法人の学校運営にも多大な影響を及ぼすであろう。
更には、個性的で目立つ外観の建物がこのような「事件」をきっかけにマスコミに露出する影響も大きいのではないか。
大惨事には至らなかったとはいえ、事は不幸中の幸いでは済まされない。
かつて、マンション上階からの落下物に対して地上にいる人の安全を確保する目的で設置する「落下物防護庇」の耐衝撃強度試験を実施した。
その時は、高さ20mの位置から重さ5kgのアルミのインゴットを試験体の防護庇に向かって自由落下させたのだが、それだけでも凄まじい衝撃であった。
また最近、同じくマンションのバルコニー等に設けるガラスパネル製の手摺について、耐衝撃強度試験を行った。
この時は、国土交通省の告示に定める試験方法に従い、重さ45kgのショットバッグを落差1.2mの高さからガラス面に自由落下させ破壊性状を確認したのであるが、これも想像以上の衝撃であった※1。
今回の惨事で生じたであろう衝撃は、この比ではなかろう。
二度と起こしてはならぬ。
建設現場における安全管理の在り方について改めて考えさせられた。
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2007.06.02:異形の超高層
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半年ぶりに大阪に出張。
移動途中の名古屋駅の手前で、見覚えのある施工中建物が車窓の外に見えた。
それを撮ったものが右の写真。
何せ、気づいてから急いでカメラをカバンから取り出しての撮影だったので、この程度。
「見覚えのある」というのは、以前、完成予想パースを紹介してくださった方がいらっしゃって、このプロジェクトの存在を知っていたのだ。
完成すると全体が螺旋を描く異形の超高層ビルになるのだが、その片鱗が既に現れ始めている。
写りが悪くて視認性に著しく劣るが、少々趣きを異にする構造形式が組み上がりつつある状況を、辛うじて御確認頂けよう。
螺旋型超高層といえば、サンティアゴ・カラトラヴァが設計した、スウェーデンのマルメ市に建つ超高層建築、「ターニング・トルソ」を連想する。
こちらの方は集合住宅であるが、名古屋のプロジェクトは、とある学校法人が経営する専門学校が主用途となる。
この学校法人、新宿副都心の超高層ビル群の一角にも繭の形をイメージした個性的な超高層校舎を建設中である。
その新宿のみならず、名古屋でも超高層プロジェクトが進行中とは驚きだ。
学校法人とは随分儲かる商売なのだなと思ってしまう。
但し、たとえ設備投資に対する資金的な余裕があるとしても、それだけでは個性的な超高層建築は実現しないであろう。
恐らくは法人経営者の中に、建築デザインに対して並々ならぬ興味を持つ人がいるのではないか。
計画地近傍に建つJRセントラルタワーズは、円筒形のツインタワー。
そこに、螺旋を描く同的な円筒が新たに追加される。
静的な円筒と動的な螺旋の対比によって、駅前の景観にどの様な雰囲気が形成されるのか、興味深い。
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2007.05.26:GENIUS Link-Age・with Kids
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※1:
ミサワホームチャイルド外観
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ジニアス リンケージ ウィズ キッズ(以下、Link-Age)。
最近ミサワホームが発表した住宅の名称だ。
その名が示す通り、子育てを中心に据えた住空間の提案がなされている。
子育てを考えたモデルとして、同社が23年前に発表したミサワホームチャイルド※1という企画住宅を思い出す。
同じく、子育ての在り方に関し住環境の側から積極的に提案を試みたモデルで、発売日を5月5日のこどもの日に設定する念の入れようであった。
それまで外観について十年近くに亘って脈々と採用し続けていた独自のデザインボキャブラリーを全面的に破棄し、まったく新しいデザインが採用されたモデルでもあった。
当時は、この路線変更に少々違和感を持った記憶がある。
しかしながら内部構成は、ミサワホームらしい斬新な提案が盛りだくさんであった。
その中でも特徴的かつ独創的であったのが、子供の行動原理は円運動であるとし、「サーキュレーションプラン」と称する平面形式の展開である。
家の中をグルグルと走り回れるように行き止まりの無いプランが提案された。
このLink-Ageでも、サーキュレーションプランを採用。
公式サイト中の説明文にも、この言葉が使われている。
採用意図には若干の違いがあるものの、四半世紀前の発想が現代にも通用しているところに驚く。
このサーキュレーションプラン以外にも、子育てに因んだ提案が幾つも盛り込まれている。
例えば、玄関を入ってすぐの正面に設けられた洗面コーナー。
外から帰ってきたらすぐにうがいや手洗いを行う習慣が身に付くようにと考えたレイアウトなのだそうだ。
大胆な発想であるが、割り切り方としては面白い。
全体のプランは、同社で数年前に発表した「GENIUS 庭の家 KURA」に類似している。
しかし、子育ての観点に基づいた全く異なる空間に仕上がっている点が興味深い。
外観は、久々に観るミサワホームらしいデザインという印象。
ただし、それは建物正面のみ。
それ以外の面は、簡素な処理に留まる※2。
そのためか広告の外観写真は、玄関側の立面を真正面から捉えたアングルのみで紹介されている。
1970年代半ばから80年代半ばにかけて同社から発表されていた企画住宅群の様な、全ての面がメインファサードとなり得るデザイン処理は商品価値として最近は意味を持ち得ないのだろうか。
乱暴に言い切ってしまうなら、外観デザインの良し悪しは、窓廻りのデザインによってその大半が確定していまう。
窓を、エレメントを構成する重要な要素としてレイアウトやディテールを処理するのと、単に平面プランの要求に応じて穿つだけでは、その出来栄えに天と地の差が生じる。
そこに、退屈な建売住宅とそうで無いものとの圧倒的な佇まいの差異が生じるように思う。
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※2:
札幌市内で分譲中のLink-Age外観。
両脇の開口部と中央の白壁との対比が個性的な正面のメインファサード。
それに対し、側面は無表情。
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2007.05.19:【書籍】木―なまえ・かたち・たくみ
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木について興味を持つようになったのは、民家再生リサイクル協会主催の「民家の学校」と銘打つ講座への出席がきっかけであったように思う。
第一回の講義内容が「木」であった。
講義の中で、カットサンプルの木目を見て樹種を当てるワークショップが催されたのだが、全滅に近い状況。
曲がりなりとも建築を学び仕事に就いている者としてこれは一大事。
考えてみれば、例えば普段目にする街路樹についても、その樹種が何であるかなど全く無関心であった。
少しは勉強しなくてはと実感した次第。
そんな折りに出会ったのがこの書籍。
お堅い専門書とは異なる、生活や文化といった視点からの様々な樹木にまつわるエピソード。
それらが歯切れの良い文章でつづられている。
木とは直接関係無いが、本文中にとても気に入っている記述がある。
引用すると以下の通り。
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「真に美しい風景というものは、一生に一度の出会いではないかと私は思っている。それはその日の天気と、時間と、こちらの心身の状態と、その他もろもろの偶然がぴたりと一致した時、忽然と現れる。」
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これは、以前この場で紹介した書籍「風景学・実践篇―風景を目ききする」の冒頭に記されている、
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「風景は人にかかわりなく在るものではない。人の在り方に応じてさまざまに立ち現れるものである。」
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とも同義であろう。
だから、私も繰り返し訪ねる場所がある。
そして確かに、その場所では毎回新しい風景に出会う。
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2007.05.12:高崎とタウトとレーモンド
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※1:
巡った施設は以下の通り。
群馬音楽センター/高崎哲学堂(旧井上邸)/少林寺達磨寺のブルーノ・タウト展示室/同、洗心亭/創造学園ブルーノ・タウト記念館
※2:
私は、完璧なペーパードライバーなので、個人で旅行をする時にも、現地で効率よく巡るためは公共交通機関の利用が必須になる。
そのため、こういった事前調査は大体いつもやっている。
※3:
群馬音楽センター
ホール内観。
折板構造の特徴を活かした照明計画や音響計画の処理が秀逸。
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鎌倉の建築設計事務所「O設計室」主宰の大沢匠氏が「匠の学校」という私塾を開設していることは以前も書いた。
その匠の学校で、高崎市にてブルーノ・タウトとアントニン・レーモンドのゆかりの場所を巡る企画※1があり、参加した。
今回は、その企画の立案にも協力させて頂く機会を得た。
散策箇所に設定された施設への見学許可の連絡や、当日のスケジュールの設定、及び配布資料の作成を担当。
スケジュールに関しては、ネットで現地のバスの路線図や時刻表を入手し、運行ダイヤの条件を基にルートと時間を決定※2。
配布資料の作成も、結構楽しみながら行えた。
実はタウトもレーモンドもそんなに興味があった訳ではないので予備知識も乏しい。
だから、これもネットで情報を得ながらの、半ば勉強の感覚での資料作成となった。
出来る事前準備は一通り済ませ、当日は集合時刻の1時間前に現地入り。
廻れる範囲で下見を実施。
ついでに、「建築の側面」のページのネタも探す。
他の地方の中核都市と同様、高崎市内中心部も、都市の更新が活発であるようだ。
老朽化した建物が除却されて更地か駐車場となっている場所が散見され、町並みは歯抜け状態。
それに伴って、側面が露出した建物も多く確認できたけれども、これはと思えるような側面には出会えなかった。
閑話休題。
個人的にはレーモンドの代表作「群馬音楽センター※3」に感動した。
この施設を見るのは初めて。
その存在や高い評価は以前から聞いていたが、大して興味を持てずにいた。
しかし、実際に見る機会を得てそのすばらしさに感銘を受けた。
市民からの寄付金によって建設が可能となった文化的な背景にも感心する。
建物を管理されている方にもお話も伺えたが、施設に対する深い愛着と誇りが伝わってきて嬉しかった。
また、今回の参加者の中には市内在住の方もいらっしゃったが、やはりこの建物で音楽を聴くのが好きだとのコメント。
公共建築の理想形を見ることが出来たように思えた。
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2007.05.06:新千歳空港で3時間
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※1:
当日に限り、新千歳空港ターミナルビル内の一部を除く店舗で使用可能なチケット。
※2:
工人舎製SA1F00A。
発売前後にネット上で交わされた評価の通り、キーボードのレスポンスはあまり宜しくないが、それ以外のスペックには満足している。
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別に意図していた訳ではないのだが、過去の三回の書き込みがいずれも北海道関連の話題になってしまった。
で、今回も北海道ネタである。
4月29日から5月6日まで北海道の実家に帰省した。
いつもと同じように、特に予定を立てていた訳でもない。
晴れれば近場を散策、雨が降れば家でサッポロビールの北海道限定販売ビール「サッポロクラシック」を飲みながら「どさんこワイド180」等々のローカルTV番組を見てゆっくり過ごす。
ところが5月2日の新聞にて、帰路に利用予定であった飛行機が整備が間に合わない為に欠航する旨の記事を目にした。
その航空会社は、北海道国際航空。
通称、エア・ドゥ。
問い合わせの電話を入れてみると、全日空の振り替え便を確保済みであるとの回答。
とりあえず一安心。
ところが、6日に新千歳空港に行くと話が違う。
席が確保できていなくて、一番早い便で三時間待ちとの案内。
整備不良の機体を無理矢理飛ばされるよりは良いけれども、御粗末な対応。
とはいえ、仕方が無い。
久しくターミナルビル内を見て廻っていないので、ここはゆっくり散策を楽しむことにした。
建物は全体がなだらかな弧を描くような形をしているために、見通しがきかないことが特徴であり欠点でもある。
とりあえず、展望デッキに昇る。
空港施設の外側は見渡す限りの原野。
遠方に残雪を冠した山々も見える。
北海道らしい風景だ。
手前の滑走路には、頻繁に飛行機が行き来する。
ところが、次々と離発着する飛行機を眺めているうちに、いつのまにか視線は屋上の防水層のディテールに移っている。
とりあえずは教科書通りの納り。
押えコンクリート層に約3mピッチで施された伸縮目地のシールが相当劣化している。
また、パラペット立ち上がりのアゴ部分にクラックの発生が散見される。
そろそろ大規模修繕の時期なのではなどと思ってしまうあたりは職業病。
これはマズイと反省し、気分を変えるべく屋内に戻るけれども、混雑する土産物売り場のゾーンには近寄る気にはなれない。
到着ロビーに降りると比較的すいていたので、軽食をとれる店に入る。
エア・ドゥからお詫びとして渡された千円分の商品券※1を利用して、サラダと白ワインを注文。
時間をつぶしつつ、この文章を作成した次第。
昨年末に衝動買いしたA5ノート※2がこんなところで活躍するとは・・・。
しかし、どうせ空港で足止めを食らうなら、羽田空港第二ターミナルビルの方が良かった。
シーザー・ペリの事務所の設計によるこの空港ビル、ガラスを多用した空間構成がとても心地よい。
ゆっくり観て廻りたいと思いつつ、今回も到着後は慌しく通過するだけであった。
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2007.04.28:古い街並みと修景
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日経アーキテクチュア誌の2007年3月26日号に、「キシラデコール」の広告が載っている。
木のテクスチュアを活かしつつ、その表層を保護する塗料として広く使われる製品だ。
広告では、江差町での使用例を関係者のインタビューを交えて紹介している。
北海道南部の日本海に面したこの地は、「江差の春は江戸にもない」と謳われた歴史のある町。
ニシン漁で賑わい本州との交易拠点として栄えた面影を、そこかしこに遺している。
私が訪ねたのは二十年ほど前。
年月を経た下見板の風合いが美しい古民家が散在する鄙びた街並みが印象的であった。
その後、一度も訪ねていない。
しかし、誌上に載せられている写真や記事を観ると、少し状況が変わってきているようだ。
主要道路の拡幅が行われ、それに伴い沿道の建物の曳屋を実施。
歩道には小綺麗なブロックが敷かれて電線類も地中化。
古い建物は、その木部にキシラデコールを塗り、漆喰壁を補修して真新しい姿に変身。
そして新たに建てられる住宅も、伝統的な意匠を意識したデザインを施して違和を払拭している。
街並みの保全に向けた取り組みの結果が徐々に現れてきているようだ。
但し、歴史的街並みの修景は難しい。
度が過ぎれば、テーマパーク的な嘘臭ささが生じる危険性を孕んでいる。
その様な状況に陥った街並みを観たこともある。
果たして江差の取り組みはどうなのか。
実際に訪ねてみなければ判らないし、あるいはもう少し年数を経ないと真価は問えないのかもしれない。
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2007.04.21:木の城たいせつ
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※1:
外観
※2:
道内各地に設けられている規模の大きい住宅展示場。
現在の札幌会場(豊平会場)は、1979年8月11日に開設。
私が初めて訪ねた時は、ミサワホームも3件のモデルハウスを出展していた。
そのうちの一軒が、同社のその当時の最高級企画モデルであるG型であった。
今現在に至るまで、G型の実物を観たのはこの展示場のみである。
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北海道内に拠点を置く住宅メーカーに、「木の城たいせつ」がある。
CIが流行っていた時期に社名を変更したが、それ以前の名前は耐雪ハウス。
その名の通り、寒冷降雪地域における住まいの在り方について独自の技術を会社創業の初期段階から追求し、独特な住環境モデルを提案し続けてきたメーカーである。
最近、北海道にある実家の近所で、形式的にはかなり初期の「耐雪ハウス」と思われる住居を見つけた※1。
国土情報ウェブマッピングシステム(試作版)に登録されている航空写真で確認すると、1976年の時点で既に建てられてた様だ。
残念ながら現況は空き家。
しかし、凹凸の少ないボリュームや2階南側のほぼ全面に付くバルコニー。
あるいは無落雪屋根の採用等のデザイン要素は、現在の同社の商品群にも見受けられるものである。
三十年以上前のデザインポリシーが脈々と引き継がれているのは驚異的だ。
更に最近のものは、一階をRC造にして車庫や倉庫等の用途にあて、その上に二層の住居を作るパターンが主流である。
しかも、総二階建て(総三階建て)が原則で、平面的にも極力凹凸を設けない。
また、開口部も二重,三重の建具が標準仕様となっているようだ。
好みが極端に分かれるデザインではあると言えそうだが、一目でそれと判るこの住宅を、北海道内の至るところで確認出来る。
内装も独特のセンスに貫かれている。
私は中学2年の夏休みに、北海道マイホームセンター札幌会場※2で初めてこのメーカーのモデルハウスを見た。
かなり濃厚なインテリアだなとの印象を中学生なりに持った記憶がある。
本州に本社を置くメーカーの当時の北海道モデルは、本州で発表しているモデルを基本にして断熱性能を高めただけの傾向にあった。
それに比べると北海道内メーカーのモデルは、この「木の城たいせつ」に限らず、地域性を熱心に研究した独自の技術を反映させたものが多かった。
そしてその技術力を持って本州に進出したメーカーもある。
その後の北海道における住宅市場の状況、あるいは本州に進出した企業の動向は把握していないが、追求してみると面白いかも知れない。
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2007.04.14:毛綱建築と釧路
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※1:
釧路市立博物館外観
※2:
他に、高松伸と宮本隆司がゲストであった。
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日経アーキテクチュア誌の2007年3月26日号に、毛綱毅曠の記事が載せられている。
独特の宗教観(?)の様な観念に基づいた異形の建築作品を多数輩出した建築家であった。
設計活動の初期段階にあたる1980年代の作品は、氏の出身地である北海道の釧路市に集中している。
それらの建築を観に当地に赴いたのは、遅まきながら2004年の春先。
氏が設計した「釧路キャッスルホテル」に泊まり、そのホテルの斜め向かいに建つ商業施設「釧路フィッシャーマンズワーフ」をそぞろ歩き。
少し足をのばして「釧路市立東中学校」の脇を通り、「釧路市立博物館※1」を訪ねる。
そして市街地に戻る途中、最初期の作品である「反住器」を観る。
更に、釧路湿原に向かい、「釧路市湿原展望資料館」に佇む。
いずれも異彩を放つ存在でありながら、一方で北の大地の心象風景をしっかりと描き出している印象だ。
造形能力のなせる技であろう。
最近流行のモダン・リヴァイヴァルでは決して獲得し得ぬ感動がそこにはある。
これらの建物の所在地がプロットされた地図が、駅前の観光案内所等に置かれていて、観光資源としての地位を確立している様子を窺わせる。
安直な表現かもしれないが、さながらバルセロナのガウディの如くであろうか。
かつて、深夜番組「11PM」で建築の特集が組まれ、毛綱氏が出演したことがあった。
1987年頃であったと思う※2。
曼陀羅を彷彿とさせるようなイメージボードを提示しながら訥々と自らの建築について語る姿が印象に残っている。
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2007.04.07:Factor X
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※1:
CASBEE
キャスビーと読む。
建築物総合環境性能評価システム。
建築物の環境効率を多岐にわたる評価項目によりランク付けする仕組み。
財団法人建築環境・省エネルギー機構(IBEC)で開発している。
建物の新築や増改築時に、このシステムを用いた自己評価と届出を条例で義務付ける自治体が増えてきている。
※2:
Life Cycle Costの略。
建物の設計,建設,維持管理,解体までの一連の経過の中で発生する総額費用
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ファクターX。
環境問題がクローズアップされる中で、環境効率に着目して作り出された概念だ。
環境維持のために快適性を犠牲にする方策は支持されないし持続させようにも困難が伴い現実的ではない。
性能や快適性を維持し、あるいは高めつつも環境負荷の低減も達成する。
これを環境効率と称する。
そして、その効率の度合いを数値化したものが「Factor X」なのだそうだ。
例えば最近自治体の条例にも導入されつつあるCASBEE※1も、この概念の中に位置づけられよう。
このFactor Xに関する講演会が建築情報システム研究所にて開催され、聴きに行った。
講師は、日建設計総合研究所の松縄堅。
エネルギー消費の危機的状況を端的に示す「環境収容力(Ecological Footprints)」や、建築行為が及ぼす環境への影響の大きさ等、暗澹たる気分にさせられる衝撃的な内容が次々と紹介された。
状況を少しでも好転させるべく、建築の分野では、快適性や性能を二倍に高めつつ環境負荷を半減させる、つまりFactor=4を目指して研究開発を進めたいと述べて講義が締めくくられた。
魅惑的な言葉であるし、切迫したテーマでもある。
しかし現実的にはなかなか難しい。
困難の一要因は、コストである。
質疑応答の時間に下世話とは思いつつ一つ質問をしてみた。
「Factorを高めるためには一般的にはコスト高となりそうだが、それをどのように施主に理解して貰うのか。
何かノウハウや上手くいった事例があったら御教授願いたい」と。
答えは、「良い事例があったら逆にこちらもお聞かせ願いたい」といった内容に留まった。
研究所主催者の馬場璋造が「LCC※2を含めたトータルコストの提示も大切では」と、すかさずフォローをいれて下さったが、このLCCも現業の中ではまだ希薄な概念である。
現実的にはやはりなかなか難しいことである。
一言で片付けるのは無責任であるが、出来る事項からやるしかないし、あるいは法規制などの「外圧」も必要であろう。
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