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2021.04−2021.06
2021.06.29:メーカー住宅私考_146
独立柱とクローズドシステム
※1

手前左手の構造柱の脇にダミーの柱を設けてデザインウォールに仕立て、ローボードと関連付けた上でダイニングに至る動線とリビングを軽く仕切る機能を付与。 空間の中に構造柱を唐突感無く馴染ませている。

このシリーズの第136回(2021年2月9日)にて、積水ハウスの2BK型訪問記を書いた。 その後、リフォームに向けた検討は着々と進められており、最近になって検討中の平面図を見せてもらう機会があった。
旧態の架構を踏襲しつつ、諸室配置を大胆に組み替えた興味深いプランが纏まりつつある様だ。 目下の課題は、諸室のレイアウト変更に伴いリビングダイニングルーム(以下、LDR)内に露出することとなった一本の構造柱。 室内の何とも微妙な位置に屹立する。
対処としては、ダミーの柱を複数本添え、尚且つ家具配置と関連付けることで唐突感を緩和する方法が挙げられる。 例えば、「住宅メーカーの住宅」のページに登録しているクボタハウスの「サンモアルーフのある家」のLDRに、類似の操作が見受けられる※1
構造柱を如何にして新たな空間演出に資する要素に昇華させるか。 難しくも面白いテーマではあろう。

この構造柱については、リフォームの相談に対応している積水ハウスの担当者が図面を一瞥して、構造上必要な柱であると明言した。 自社の住宅ゆえに、図面表記やその位置から瞬時に判別が可能なのは当然。 しかしもしも他の業者に相談を持ち掛けていたらどうなったか。
オープン構法化されている木造軸組みやツーバイフォーとは異なり、積水ハウス独自の架構形式ゆえ、その判断は困難かもしれぬ。 そこが、クローズドシステムを連綿と用い続けるメーカー住宅のリフォーム工事における問題点となる。

住宅市場において、新築住宅着工戸数が減少に転じて久しい。 一方、ニーズを上回るストックが堆積。 空き家の増加が都市問題として年々深刻化している。 そんな状況を踏まえたリフォーム需要に訴求する事業戦略は、これからの必須事項。
そこでは、例えば上述の間仕切り変更に伴い露出する構造柱の除去若しくは移設を目的とした汎用的な補助架構システムの開発等、ストック事業に向けた対応技術の整備も重要になってくるのではないか。 たとえそれがクローズドシステムの再生産であったとしても、例えば今回のリフォームの検討においてその様な提案が出てくれば、打合せがよりスムーズに進むのではないか。 即ち、ストック事業強化の可能性。

このLDRの独立柱も含めて今回の積水ハウスのリフォーム工事がどの様に進捗するか。 今後の流れが少し楽しみだ。

2021.06.22:三井化学大牟田工場

建築探訪に載せている三井化学大牟田工場・J工場のページを改訂した。
このところ建築探訪に登録済みのページの改訂が続いているが、今回も動機は似たようなもの。 登録から15年も経つと所々手を加えたくなってくる。 と同時に、当該建物が老朽化や耐震性の不足を理由に除却される予定である旨の報道を目にしたこともきっかけである。

改訂にあたり、Googleのストリートビューで近況を確認してみると、周囲を含めて私が訪ねた時点から随分変わっている様子が覗えた。
J工場自体は以前の状況を綺麗に留めているが、建物の全層を連絡していた外部鉄骨階段が二基とも撤去されていた。 そのことによって外観を特徴づける構成要素がより純粋に視認され、それはそれでなかなか魅力的。 解体前に再訪して鑑賞してみたいとも思うが、居住地から遠く離れた立地のため難しそうだ。
あるいは、かつては普通に通行可能であった前面道路にゲートが設けられ、自由な往来が出来なくなっている。 訪ねた際は構内道路だとは全く気づかぬ程に、周辺の公道と普通に接続していた。 その道路沿いにかつて並んでいた建物も随分と整理され、画面上の印象としては、テクノスケープが醸す重厚長大な様相はかなり薄らいで見える。

このJ工場とは別に構内に建っていたL工場も、既に除却されていることがストリートビューにて確認できる。 なので、記録の意味も含めて当時撮影したL工場の画像も載せることにした。
掲載にあたり大幅にトリミングしたので、元の画像をこちらに載せる。 右手に流れる大牟田川の支流は今は暗渠化。 そこに架かるコンクリート製の古風な欄干が味わい深い橋も廃止され、左手の道路が拡幅されている。
あるいは、J工場とL工場の間に建っていたクラシカルな表層を纏った旧開発試験棟も除却済み。 この建物についても、J工場のページに追加したものとは異なるアングルの画像をこちらに載せておく。

L工場遠景
旧開発試験棟

L工場も、J工場と同様に各層水平連窓を設けた立面を持つ。 連窓以外の壁面は無塗装であるが、もしかするとかつてはJ工場も同様に今現在の白色ではなくコンクリート素地だったのかもしれぬ。 あるいは、他にも同様の立面構成要素を纏った工場棟が建ち並んでいた様子が、同社の公式サイトに掲載された画像にて確認される。 それらが織り成す景観はさぞかし壮観なものだったのではないかなどと勝手に想像が膨らむ。
そしてそんな過去の風景の記憶の一端として、あるいは産業遺産の観点からJ工場が末永く物理保全され続けるのではないかと勝手な期待を寄せていたが、工場施設は生産性が第一。 現実はなかなか厳しいようだ。

2021.06.15:足場やろう

ネット広告が目に留まり、無料配信分を読むこととなったWEB漫画。 各パート3話から4話で構成され、今現在パート4まで描かれている。
そのタイトルが示す通り、建設現場の仮設足場の組み立て作業に従事する若手職人が主人公。 絵柄が劇画タッチだったら生々しくて読む気も起きなかっただろう。 シンプルでありながら押さえるところをきちんと押さえた画風は、実際の現場のあるある感が満載。 加えて、主人公の技能者としての成長記に留まらぬ組織論や仕事論、そして職人の矜持までもがさり気なく表現されている。 著者は一体どれだけ緻密な取材を重ねているのだろう・・・と思ったら、御兄弟が現役の足場職人だそうで。
但し、パート2に登場するゼネコンの監督。 コイツだけは、今どきドコの現場を探してもいないだろうな。 いたとしても、いつまでも通用する筈が無い。 立場を著しく勘違いしたこの困ったキャラクターも、ストーリーの進行と共に改心・成長してくれれば良いのだが、ハテサテ・・・。
各パートとも結末まで読めていないのは、一部無料閲覧サービス有りのWEB漫画の常で、これからクライマックスへと向かうのであろうという場面で、以降が課金対象に切り替わってしまうため。 会員登録して納金し、先に読み進めるか否か。 今はそこで逡巡している。

足場は、高所作業が発生する建設現場における安全確保のために決して欠かすことの出来ぬ設備。 基本私は施工中現場の高所は全く気にならぬ方ではあるが、それとて足場がしっかりと組まれているからこそ。 そして建物が完成に近づき、足場が解体される時。 それは、アート作品や記念碑等の除幕式と同じ。 それまでの苦労が一気に報われる瞬間であることは、現場関係者ならばだれもが一様に共有する感覚だ。 そしてその感覚は、何度経験しても決して褪せることは無い。
あるいはそれは、日ごろ現場の前を行き交う一般の方々にとっても同じなのではないか。 「こんな建物が出来上がったのか・・・」と感嘆する瞬間。 逆に、既存の建物が足場で覆われ始めた時、即ち修繕か解体工事が始まる際には、どんな建物に生まれ変わるのだろうかという期待、ないしは見慣れた風景が失われることへの寂しさのいずれかを感得することとなろう。
建築の孵化過程若しくは滅失過程をベールに包む均質なマトリクス。 足場は極めて崇高な建設資材である。

2021.06.09:柳川ロータリービル

建築探訪に登録している「柳川交差点前の円形建物」のページを改訂した。 といっても、主だった手直しは画像の入れ替えと追加。 そして、登録してから間もなくして再開発のために除却されたこと踏まえた現況に関する追記程度。 但し、大きいところでタイトルの調整も行った。 当初のページ作成時には建物名称が判らなかったため、立地と建物の特徴を表示するに留まっていた。 しかし近年になって、掲題の通称が用いられていたことを知り、併記することにした。

この建物の存在を知ったのは偶然だった。 建築行脚を目的に岡山県内の各地を巡り、予定していた行程を終えた夕刻。 帰路の新幹線の出発時刻までの僅かな時間、岡山駅前周辺をあてもなく散策していた際に目に留まることとなった。
建物を一瞥して俄然興味が湧き、当時はネットでの手続きが可能なエクスプレス予約サービスを利用していなかったので、急ぎ岡山駅に引き返してみどりの窓口で予約を変更。 時間を確保して、当該建物を暫し堪能した。
訪問したのは2014年3月下旬。 その後、再開発に伴い除却工事が始まったのが、地元報道機関のウェブ上の記事によると翌年の6月下旬。 ということは、遠隔地に住み、公私ともに同市に特に縁のない私にとっては、何とも良いタイミングでの出会いだったのかもしれぬ。 もしも、帰路の新幹線乗車までの待ち時間が無かったら、あるいは待ち時間を喫茶店等でまったりと過ごしていたら、この建物に巡り合うことも知ることも無かったであろう。 見知らぬ街での建築との出会いは一期一会。 それこそが建築行脚の面白いところである。

もともとラウンドアバウト型の交差点が構想されていたがために用意された半径60mの円形道路敷という特異な都市様態。 その視覚的表象媒体として、当該建物はそこに扇状の形態を持って寄り添うことで圧倒的な存在感を呈していた。 あるいはその存在感は、表層に刻み続けられた歴史の堆積による深みによってもたらされたものであったのかもしれぬ。
もしもラウンドアバウト型の交差点が実現し、そこに全周にわたって同じ表層の建物が円環を形成していたら、さぞかし壮観だったことだろう。 勿論それは、個人的な空想の話。 人や車がせわしく行き交う交差点の片隅で、その様な都市景観の可能性を暫し夢想したのち、同地を後にした。 約一年後に除却されてしまうという事実をその時は知ることもなく。

2021.06.01:メーカー住宅私考_145
大和ハウス工業・新和風
※1

大和ハウス工業・新和風の外観。
同社奈良工場内に建てられたモデルで、公式資料にもその内外観画像が用いられた。

※2

リビングルーム内観。
奈良工場モデルにおいて、和室は二階に予備室として計画された一室のみ。 他は全て洋室で構成された単純には洋風のプランでありながら、しかしそこに和の暮らしを持ち込もうとする志向。 そのことが内観写真の演出に顕れている。

何をもって和風住宅とするかという設問に対するアプローチはいくつか考えられる。
例えば単純には、歴史と伝統に鍛えられた各種規範に忠実に従うこと。 規矩術に則るモジュールやプロポーションに依拠し、和瓦を葺いて和室を連ねる。 それによって日本人であれば誰もが和風と感得する佇まいが成立し得る。
一方、その様な規範を理解しつつ、そこに新たな解釈を試みて和風の在り方を再構築するというアプローチもある。 それには様々な手法があり得るだろうし、テーマとしても面白い。 それこそ、和風とは何かという哲学的命題への深い考察を伴うことにもなる。

大和ハウス工業が1984年10月1日に発表した「新和風」というモデルの商品開発に当たって、後者の考え方が念頭に置かれていたのか否かは知る由もない。 しかし、直截的な和風の意匠に拠らず、それを実現しようという意図は汲み取れなくもない。
住宅の内外観意匠を単純に「洋風」と「和風」の二項に分類する場合、同社奈良工場内に建てられた最初期モデルの外観※1は、どちらかといえば和風に属することとなろう。 とはいえ、総二階のボリュームの表層に確認される和風的表現は、越屋根を載せた和瓦葺きの屋根と、玄関ポーチ廻りの軸組材の構成、更にその軸組と関連付けられた胴差等、極僅か。 あるいは内観においても、往時良くあり得た平面プランニングに基づく諸室配置。 そして木部を茶褐色にて統一したインテリアは、撮影用に配された備品によってやや和の雰囲気は演出されているが、配置する家具次第では極々普通の洋室だ※2
それでもなお和風の印象を待たせようとする挑戦をそこに見て取るのは、「新和風」という商品名を予め知った上での先入観か。

当該モデルについては、事例を何件か確認している。 そのうちの一つは、外装が修繕によって凡庸な横張のサイディングに改められ、雨戸の戸袋も外されていた。 そうなると、和の雰囲気は全くかき消されてしまう。 オリジナルのモデルが、和の要素をこれ以上そぎ落とせないところまで排除したうえで和感の付与を保つぎりぎりのラインを追求したものであったことが、その修繕事例によって明らかになる。 あるいは、直截的な手法に拠らぬ和風表現の難しさや微妙さを、そこから見い出せる。

同社では既に、1978年に「スイートム20和瓦の味わい」という"純和風"のモデルを発表している。 本格的な和風表現を工業化住宅の表層に纏うことを可能とする技術を持ちながら、さらに一歩踏み込んで「新和風」という新たなジャンルの開拓が試みられた。 あるいは、いわゆる洋風という範疇で捉えられる商品化住宅が市場の大半を占める状況下にあって、果たして日本の住まいはそれで良いのかという問題定義。 その結果としての実際の内外観意匠には好みの問題が付き纏う。 しかし、和風の捉え方について、このモデルは興味深い一面を持つ。
因みに、当該モデルのキャッチコピーは「“洋風”を和風に住みこなす」であった。

2021.05.25:大栄ビルヂング

「建築探訪」に掲載している「大栄ビルヂング」のページを改訂した。
名古屋市内に建つ当該作品を取り上げたのは7年前。 最近、ふと読み返してみると、何だかネガティブなニュアンスが文章の節々に感じられ違和を覚えた。 そんな意図など全く無かった筈なのに、これは一体どうしたことか。 気になり出して矢も盾もたまらぬ。 ということで書き直すことにした。
たかだか7年前の自身の文章なのに、こうも見え方が変わってしまうものなのか。 そしてまた数年後、気分が変わって今回改めた内容を再び一から書き直すようなことが起きるのだろうか。 そこが書くことの難しさであり楽しさでもあり、そして恥ずかしいところでもある。

改訂にあたり、googleストリートビューで当該建物を眺めてみる。 本当は現地に行ければよいのだけれども、現在の居住地から離れているためになかなかそれが叶う御時世でもない。 画面に映る建物低層部のピロティ空間は、何やらかつて訪問した時と様子が違う。 拡大してみると、地上レベルにスラブが打たれてサンクンガーデンが塞がれていた。 建物の特徴を示すとても興味深い設えだったのに、ちょっと残念。

とはいえ、そのピロティも、かつて私が訪ねた際には既に竣工時の様態とは変わっていた。 それは化粧出目地が施されたRC壁面のテクスチュア。 かつては打ち放しだったらしいが、訪問時は塗装が施されていた。
建物名称も「アーク栄東海ビル」に改められ、用途も本社ビルからテナントビルに変更。 不動産サイトを確認すると、2005年に大掛かりな修繕工事が行われ、内観も大きく変えられている。
既に竣工から半世紀が経とうとする建物。 建物維持のために、状況に応じて都度改変や改善を施すことは必須事項。 とはいえ、ポール・ルドルフの作品。 改変箇所を敢えてオリジナルに戻すことでストックとしての資産価値向上を図ることも一つの選択肢ではないか。 賃貸オフィスの用途に供する基準階フロアはともかくとして、もしかするとルドルフ自身の日本的なるものの思索の具現化であったのかもしれぬピロティ廻りや低層フロアには、その価値が十分見い出せそうだ。

建物訪問時、サンクンガーデンには地階に入る飲食店の幟や看板が多々ひしめき、落ち着いて空間を堪能できる雰囲気ではなかった。 当時撮影した画像データも、それらをアングルから避けた見上げのものが殆ど。 なので、ピロティ部分が改修される前に再訪したかったなと思うが、それも今となっては叶わぬ。

2021.05.17:半径5メートル

掲題のNHKのドラマは、知り合いのブログにて放映前に情報を得た。
そのタイトルを目にした際、巡音ルカが唄う「ダブルラリアット」を即座に連想したのは、余談の類。 とはいえ、自身の"手の届く距離"の可能性を巡り、身体寸法から導き出される半径から地球の半径に至るまで徐々にスケールを拡張しながら最後は再び身体寸法に戻るその歌詞の寓意は何か。 そんなことを洞察したくなるボーカロイド黎明期の作品。
スケールの考え方について、ドラマの主題も同じ意図。 自身の周囲で起こる極々ありふれた出来事を深く掘り下げようというもの。 そのスケールが、半径5メートル。

舞台は女性週刊誌の編集部。 主演の芳根京子は、以前同じく報道の現場を扱った「チャンネルはそのまま」の主人公・雪丸花子を演じた。 なのでどうしてもそのキャラクターと被ってしまう印象が無きにしも非ず。 でもそれはそれで愉しめる。
下卑たスキャンダルネタの追求に奔走する稼ぎ頭のセクションを追われ、生活情報を扱う部署に異動となった主人公が、ベテランフリーライターと共にありふれた日常の出来事を取材し記事にする。

取り敢えず初回から数話を視聴したが、今後も見続けるか否かは、物語の結論として各話の終盤に提示される記事の内容に拠ろう。 記者なりに掘り下げ纏め上げた内容が、それぞれの事象に対する最も真っ当な正解であるとは限らぬ。 掘り下げれば下げるほど、様々な価値観が生じてくる場合もあろう。 だから、視聴者の立ち位置で取材のプロセスを共有しながら、それぞれの記事に自身がどこまで共感出来るか。 その辺りが視聴を継続し得るか否かの線引きにもなりそうだ。

それにしても、職務上の失態を理由に異動させられた主人公の現所属部署のインテリアは、おしゃれなカフェのよう。 実際、社内カフェスペースに隣接する設定ではあるが、ありふれたオフィスの体裁をとる以前の部署よりも居心地良さそうな雰囲気。 これだったら、私も異動したいなどと思ってしまう。
正規の執務空間を追い出され、社内の残余のスペースを「好きに使っていいよ」と与えられたので本当に自分たちの好きな様に設えたといった経緯だろうか。 その豊かな天井高に対し、執務空間に求められる照度を確保するための照明計画には配慮がみられるが、空調の制御は難しそうだ。 加えて煉瓦や石やコンクリート等、硬質な素材に囲まれているから実際には残響が少々耳障りな筈。 そんな現実の空間性能を不問としビジュアル面のみを切り取った場合、物事を洞察したり閃きを得るにはなかなか良い環境に見える。
そんな設定は、現旧二つの部署の性格の違いを明確に対比させるための演出でもあろう。 約半層分高いフロアにガラスで仕切られて隣り合う旧所属部署のせわしい様子に意を介すことなく仕事に取り組む主人公及び現部署の面々。 そこには、「ダブルラリアット」の歌詞にある

周りの仲間達は自分より高く回れるから下から眺めるのは首が痛いと拗ねたフリをしていた

といった感覚は微塵も無い。

2021.05.11:ベニア商会(ジューテック)本社ビル

「建築探訪」に登録している「ベニア商会(ジューテック)本社ビル」のページを全面的に改定した。 このページは、当サイト開設時から掲載している。 従って、15年前に作製したものになる。 それだけ時間が経つと、自身が作ったものながら色々と手を加えたくなってくる。 更に、過去に撮影した写真を整理していた折、登録したページに用いた画像とは別の日に撮ったものの方が文章とうまく噛み合うかもしれないなどと思い付いてしまい、所どころ調整を試みるうちに原形を全く留めぬこととなった。

この事務所ビルの存在を知ったのは偶然だった。
業務を終え、帰宅しようと半日籠っていた職場から外に出ると、心地良い夜風。 いつも通りに最寄り駅に向かうのではなく、少し歩いて二つ三つ先の駅から電車に乗ることにしようかと、夜道を歩きだす。 そうして暫く気侭に歩を進めるうちに、当該建物が目に留まったという次第。
闇夜に黒々と屹立するコンクリート打ち放しの彫り深い風貌は、明らかに周囲とは佇まいを異にする。 「何ナンダ、この建物は?」と見上げるその表層は、前川國男っぽい。 気になって同氏の作品集を確認してみると、巻末の作品リストの中に当該建物の名称が小さく掲載されていた。 「私の建築を見る目もまんざらじゃないナ」などと少々悦に入りつつ、その後幾度か当該建物に歩を向けることと相成った。 そして当時構想していたこのサイトの開設にあたって、この前川作品についても纏めることを思い付いた・・・というのが、かつてのページ作成経緯。

東側全景
同、別アングル

掲載から五年後、当該建物は除却された。 以降、敷地は更地のままであったが、同じ法人により新社屋が2023年の完成を目指し建設される旨、昨年公表された。 RC造ながらも一部に木造を取り入れる計画とのこと。 その構造形式の採用は、創業当初から合板を扱ってきた会社ゆえであろうし、あるいは時代を反映した選択でもあろう。
風景は変わる。 そしてかつてそこに在った建物の記憶は、その物理存在消失後の時間の経過と共に既に忘却の彼方。 であるならば、地味なこと極まりないこのサイトにささやかながらも記録を残しておくことにも意味はあろう。 そんな想いで文章を改め画像も全て差し替えたが、記録の意味で以前掲載していた外観画像をこちらに移設する。 併せて、同じ日に撮影した別アングルの写真も添える。

2021.05.05:孤独のグルメ

個人で輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎が仕事の合間に飲食店に立ち寄り食事をとる様子を描いた漫画。 その作品の存在は以前から知っていたし、TVドラマ化されていることも把握していた。 街中を歩いている際、同行者が「ココってあのドラマに出てきた店だヨ」と語りだす場面にも数回遭遇している。 しかし特に興味も沸かず、今まで原作とドラマ双方ともに見ることはなかった。

理由は単純に一つ。 中年の男が独りでひたすら外食するシーンを拝んでも面白くも何ともないだろうという先入観。
ところが最近、BSテレ東で放映中の同ドラマの再放送を何気なく視聴。 ズルズルと引き込まれることになった。 そこでは、バラエティ番組の食レポにありがちなわざとらしさも騒々しさもない。 おしきせの豪勢なグルメ料理の喧伝もない。 ありきたり若しくは少し珍しいかなといった程度の、でも何だかとても美味しそうな料理を食す独りの男性の姿がモノローグと共に淡々と描写される。 その流れには何だか和まされるし、少々幸せな気分にもなれる。 先入観として抱いていたイメージは大いに否定しなければならぬ。 あるいはそれは、主人公を演じる役者の力量でもあるのだろう。 喜怒哀楽を伴う大掛かりなストーリー展開がある訳でもない。 ざっかけなく食事をとるだけのコトを極々自然体に、しかしそれでいて視ている側を飽きさせぬ演技。 それってとても難しいことなのではないかと思う。

ということで、最近このドラマの影響で独りで食事をする際に井之頭風のモノローグを頭の中に好き勝手に並べて楽しむ自分がいる。 あるいは、いつまでもこの主人公の様にどんな料理でもおいしくガツガツ食べられる様でありたいなどと願い憧れる自分もいる。 そして更には、劇中に挿入されるテーマ曲"Stay Alone"の譜面を取り寄せ、自宅で独り電子ピアノに向き合う自分もいたりする。

さて、では原作の漫画の方も読んでみようかというと、今のところその気は起きぬ。 最初に接したドラマの印象が強く、漫画の方はどこか違和を覚えてしまう。 黒々と染め上げた髪が少々不自然さを漂わせる程度に歳を重ねたドラマ版の主人公の立ち居振る舞いに比してやや尖った風に見えてしまうのは、これまた誤った先入観か。

2021.04.30:メーカー住宅私考_144
CENTURY 蔵のある家 FREE LIVING 印象記
※1
容積非算入とするために天井高を1.4m以下に抑えた納戸に対する同社独自の呼称。 上下階の層間やロフト、あるいはスキップフロアと組み合わせて屋内に配置される。 1994年以降、この「蔵」を採用したモデルが様々発表され続けている。

4月29日にミサワホームが発表した新モデル。 その外観は、同社が二年前に新海誠の映画作品「天気の子」とのタイアップCMとして放映したアニメ映像に登場する家とほぼ同じ構成原理。 だからあまり新味が感じられぬ。
しかも南側立面のみを真正面に捉えたアングル。 恐らくそれは、他の方位の立面は意匠としてのアピールポイントからは除外するという割り切りなのだろう。 即ち、サイディング張りの外壁に屋内用途に応じ面付けサッシを惰性で配しただけの凡百の建売住宅と大して変わらぬ立面。 南面以外のそれらがアングルに顕れた途端、外観意匠は一気に凡庸に堕す。 近年の同社のモデルに共通して抱く印象だ。
実際、当該モデルのニュースリリースに載る平面図を見ると、そんな外観が容易に浮かぶ。 四面全てが正面となり得るファサードへの拘りを見せていた昭和50年代とは隔世の感。 今日の住宅市場は、メインファサードさえ整えれば商品性を訴求できるということか。

その平面プランの一例は、ニュースリリースの末尾に参考資料としてオマケの様に掲載されている。 図面の第一印象から主だった三点を挙げると以下の通り。

1.
これは、リビングインというよりもダイニングキッチンインのプランということになるのかな?
2.
壁式構造で二階の壁配置の影響を受けずに一階に纏まった広さの空間を計画出来るのは、構造形式に纏わる技術の進歩なのだろうな。 あるいはそれが、外観構成原理の画一化の要因か。
3.
モデル名にある「蔵」※1はどこ?

このうち1.については、最近の流行りなのだろうか。 玄関ホールに面する諸室に至るための唯一の内開き扉を開けると、開閉軌跡にぶつかりそうな位置に食卓が迫る。 その食卓の奥に対面キッチンがコンシェルジュカウンターの如く配される状況が最初に視野に飛び込む日常動線は、私の好みとは相容れぬ。 とはいえ、近現代の日本の住まいにおけるキッチンの位置づけというか地位の上昇が極めて大きな変化であることは否定しない。
そして3.は、プランを見るためにすっ飛ばした商品概要説明のページに戻って、漸く疑問が解けた。 前述のDKから続くリビングルームに面する広さ3帖の小上がりの直下に、その大規模収納空間が計画されている。 この小上がりのことを当該モデルでは「フリーリビングユニット」と称しモデル名に据えている。 しかしそのユニットに組み込まれた「蔵」の内部の高さは700mm程度か。 1400mm程度の高さを有する従来の同社の「蔵」でさえ使い勝手が悪そうなのに、このモデルの「蔵」は更に輪をかけて使いにくそうだ。 物の出し入れに匍匐前進及び後退を要するのは、それはそれで運動になって健康増進に役立つのかもしれぬが、個人的には利用する気になれぬ。 内装の施工や修繕も大変そうだ。

ところで、モデル名に謳われる「CENTURY」とは、同社の上位モデルに与えられるブランドだったのではないか。 近年のラインアップには全く疎いのだが、延床面積35坪でこの名を冠するとは、「CENTURY」も随分と矮小化したものだナと一瞬戸惑う。 否、勿論面積の大小をもって矮小と判断するのは単純に過ぎる。 狭くても高い居住性の質や機能を備えていれば、それは上位モデルと言えよう。 いわゆるニューノーマルを意識した各種空間提案を含め、「CENTURY」に位置づけた当該モデルにどの様な商品戦略が意図されているのか。 そのことに対する市場の評価と推移には少々関心を持つ。

2021.04.27:メーカー住宅私考_143
ミサワホーム・吹抜けが3つある家

ミサワホームが1984年9月21日に発表したモデル。 といってもそれは、このシリーズの第142回で言及した「蔵と二階住まいの家」と同様、同社がそれまでの約10年間にわたって怒涛の如く展開してきた企画住宅とは扱いが異なる。 自由設計の枠組みに属する一提案事例だ。
しかしながら、「蔵と二階住まいの家」は私自身が今のところ建築事例を実際に拝む機会に一度も恵まれていないのに対し、こちらは二件、外観のみではあるが事例を拝んでいる。 そのうちの一件は、近年仕事で利用する機会が増えた都心と多摩南部エリアを結ぶ私鉄沿線に立地しており、乗車の度に目にする機会を得ている。 それ以外にも、中古住宅販売サイトで何件か目にしている。 いずれも若干の面積調整や小幅な間取り変更は施されているものの、ほぼ公式発表事例と同様の造り。 あくまでも一提案例なのだから、その通りに建てる必然性はない。 にも関わらず、ほぼそのままの事例が散見されるということは、それなりに売れ筋の提案モデルであったということになりそうだ。
そのことを裏付けるように、当該モデルは暫く後の同社の商品体系の改変に伴い「CENTURY M1」と改称し、同社の総合カタログ等に彩りを添える比較的息の長い提案事例となった。


外観

一階平面図

二階平面図

その外観は、同社が培ってきた外装標準部材を採用しつつ、それまでの企画住宅とは一線を画す動的な構成を持つ。 入母屋を矩折に載せて、そのうちの一翼を一階まで葺き降ろす屋根構成。 そこに風見鶏付きの煙突やドーマウインドウを添わせることで、同社ならではの意匠でありながら従来とは異なる印象の付与にも成功している。 屋内は、葺き降ろした屋根形状そのままの勾配天井によっておおらかな吹抜け空間を確保したリビングルームに、二室続き間の和室が接続。 そのリビングの吹抜けは、二階の主寝室に面して内窓が設けられ、視覚の広がりを演出する。
それらの設えは、強引に結びつけるならば、同社の企画住宅シリーズを構成するS型NEWとMIII型の空間的特徴を兼ね備えた魅力的なもの。 この吹抜けとは別に、玄関廻り及び二階子供室のロフト廻りに吹抜けが設けられており、そのことがモデル名称にストレートに表された。

同時期、ミサワホームではプランの特徴を名称に組み込んだ「○○の家」というモデルを多数発表している。 例えば前回及び今回取り上げた事例以外にも、「大広間と空中廊下のある家」や「スカイテラスとギャラリーのある家」といった具合。 いずれも、1984年に同社が打ち出した「我が間ま住宅」と称する自由設計住宅のシリーズとして発表されたもの。 それまで企画住宅路線で怒涛の事業展開を図っていた同社が、自由設計に軸足を移すことを高らかに宣言したブランディングであった。 そこで発表された提案モデル群は、写真で確認する限りにおいて質は高そうだ。
しかし個人的に興味をひくか否かは別問題。 勿論、その路線変更は住宅市場の変化に対応したものであり、否定されるものではない。 とはいえ、「我が間ま住宅」という名のもと華々しく紹介される自由設計事例は、「こんなことも出来ます」「どんな御要望にもお応えいたします」ということでしかない。 それはつまり「ありふれた質の高い事例」であって、それまでの企画住宅の様なメーカーの個性や主張は見い出しにくいものであった。

2021.04.20:メーカー住宅私考_142
ミサワホーム・蔵と二階住まいの家
蔵といえば、1994年1月にミサワホームが発表した「蔵のある家」が思い浮かぶ。 一階と二階の間に容積算定から除外される天井高1.4m以下の巨大収納を挿入するというもの。 天井高を抑えて容積算入対象外とする収納空間の計画は、ロフト等でそれまでも広く一般的に行われてきた。 そこに「蔵」という名称を与えたところが巧かったのであろう(以下、この蔵については括弧付きで表記し、本稿の蔵と区別する)。 以降、その設定箇所は屋内の様々な部位へと展開し、空間構成に変化や独自性を付与。 同社から発表される様々なモデルに幅広く採用される売れ筋アイテムとなった。
その「蔵」の発表から遡ること十年前の1984年10月21日、同じ蔵という名を冠して同社が発表したのが掲題のモデル。 といっても、十年後の「蔵」の様な容積緩和を目論んだものではなく純粋に巨大な納戸だ。 それは一階北側に線形に配置される。 この纏まった収納空間を北側全面に配置したところが当該モデルの内外観に特徴を与える。 収納空間であるから通常の居室と同等の天井高さは必要ない。 しかし「蔵」の様に容積緩和のために思いっ切り天井高を下げるのではなく、人が普通に立位姿勢を保てる程度に抑えられている。 その直上には水廻りを配置することで北側の屋根レベルを下げ、斜線制限にも有利に働くよう配慮。 一方、南側は一階に個室、二階にLDKを配置。 二階が主室となることに伴う日常生活における階段昇降の頻度を鑑み、北側スキップフロアを活かした中踊り場付きの折り返し階段を設定している。 この納戸としての蔵と上下階を逆転させた空間構成という二つの特徴がストレートにモデル名称に反映された。

外観

平面図

外観は、画像として引用した北側のアングルしか見たことが無いが、名称に冠した蔵をイメージさせる堂々としたものだ。 それは、北側に蔵や水廻りを配置することで開口部を抑え、壁を強調した立面構成となっていること。 あるいはその僅かな開口部廻りに施された力強い三方枠の意匠によってもたらされる。 更に、前述の北側斜線に則り間口一杯に葺き降ろされた瓦葺きの屋根や、その頂部に堂々と載冠する越屋根。 そして同社お得意の立面中央に突出部を配することに拠る左右対称性の強化と立面の引き締め。 それらがメインファサードとして想定した北側外観を端正に整える。

これら内外観の形態操作からは、北側接道の狭隘敷地における効率的な配棟とリビング等の公室への採光とプライバシーの確保を実現する商品提案の妙を読み取れる。 結果、二階部分は階段室を中心にLDKと和室がコの字型に連携する流れるような開放的な空間が確保された。
比して一階はやや凡庸。 玄関ホールの設えも素っ気ない。 蔵を内在するという特長をもっと活かすべく、例えば玄関踏み込みを蔵の一部に拡張し土間と見立てた上で蔵との連携を図る提案もあり得ただろう。 そうすることで、例えばウォークスルークロゼットや駐輪等の用途に供する等、当該蔵の活用方法に更なる多様性を与えられた筈だ。 玄関踏み込み転じて土間部分と蔵の間仕切り扉廻りに伝統的な土蔵の意匠をあしらってみても面白いだろうし、商品としての独自性もより強化出来たのではないか。

2021.04.12:【書籍】和室学

集合住宅において、専有面積が70から80平米程度のファミリータイプと呼ばれる3LDKや4LDKの住戸には、和室が少なくとも一室は必ず確保されていた。 洋風志向の生活がどんなに一般化しようとも、日本の住まいにおいて外すことの出来ぬ部屋という認識が、供給者側にも購入者側にも共通する価値観として備わっていた。 限られた面積の中に和室を設けるべく諸室のレイアウトや面積配分に意が払われた。 その広さは6帖。 4.5帖だと、和室に期待される多用途への転用性という点では狭いし中途半端。 8帖だと他の居室面積に影響が生じてしまう。 住戸規模を鑑みるならば6帖が適切であり、実際に6帖の和室を組み込んだプランが最も諸室のバランスが良いし結果として売れ易くもある。

そんな状況が、少なくともゼロ年代迄は推移していた。 しかし近年、その前提が崩れた。 和室を有さぬ住戸が主流となりつつある。 それが全国的な傾向なのかどうかは掴めていないが、少なくとも関東圏や関西圏に供給される新築集合住宅については、その傾向が顕著。
旧来リビングと一続きの部屋としてレイアウトされていた和室が洋室化。 リビングとの間仕切りは襖ではなく木製の引き戸となる。 しかも床から天井までの目一杯のハンガードアとし、引き込み部に収納してしまえばリビングと一体の空間となる。 そんなプランが一般的になった。

これには当然購入者側のニーズがある。 引き戸の開閉によりリビングとの一体利用と独立した個室利用の併用を容易に実現する空間構成。 あるいは、床坐ではなく椅子座の生活様式の普遍化への対処等々。
一方、供給者側にも和室を避けたい事情がある。 限られた面積の中で部屋を効率的にレイアウトするためには、畳のモジュールは大いなる足枷だ。 和室ではなく洋室にすれば、部屋の形状は自由に設定できる。 例えば同じ6帖の部屋を計画する際にも短辺方向を一間半確保する必要がなくなるから、特に間口の狭隘な住戸では和室を排除するメリットは大きい。 更に、そもそも和室といってもその設えは年々形骸化の傾向にあった。 床の間もなく、付け長押すら省略され、壁と天井にはリビングと同じ柄のビニールクロスが張られる等、もはや畳敷きの洋室状態。

こうなると、和室って何?ということになる。 何をもって和室とするのか。 和室が和室たり得る条件とは何か。 あるいは、いま和室に求められるものは何か。 和室はこれからも必要とされるものなのか。
そんなことに思いを巡らしてみる際に、掲題の書籍はとても示唆に富んでいる。 書名に「学」と付いてはいるが、お堅い雰囲気ではない。 多数の識者が各章を分担し、それぞれの専門の立場から和室について平易な文体で解説する構成。 その切り口は多岐にわたり、読んでいてワクワクする。
とはいえ、では自身が和室を住みこなせているのかというと、否。 実生活の中で、和室に纏わる精神性は縁遠いものとなっている。 一方で、伝統的な和室に佇むととても気分が落ち着くという価値観は辛うじてこびりついている。 それは、幼少の頃より居室といえば和室が当たり前であった住空間で過ごした実体験があるためであろうか。 しかし今後、和室の無い住まいで育った世代が住宅市場における購買層の主流となった際、和室は、そして日本の佇まいはどうなっているのだろう。

2021.04.03:創作と添削

在宅勤務の機会が多くなり出退勤の移動に費やす時間が無くなると、一日の生活のリズムが随分と変わる。 私的に使える時間が増えるけれど、昨今の状況下にあっては家に篭ることが原則となる。 そうなると、例えばテレビを視聴する機会が自然と増える。 今迄無縁であった平日の夕刻以降に流れるバラエティ番組なども惰性で視るようになった。

いずれも大した興味は沸かぬが、その中で一点、「プレバト!!」という番組だけは関心を持った。 番組の概要はここで述べる必要もないかもしれぬ。 芸能人が絵画や俳句等の創作に挑み、その出来栄えを専門家が査定、ランキングを点けるというもの。 調べてみると8年前から放映されているそうだけれども、最近まで番組の存在自体を知ることもなかった。 そのくらいバラエティ番組の類とは無縁の日常を過ごしているということになろうか。
番組を視聴し始めた頃は、俳句の創作のコーナーが面白いと思うし勉強にもなるという印象を持った。 いままで大して関心もなかった句の世界に、ちょっと興味がわいてきたところが無きにしも非ず。 その理由は、何といっても評者を務める夏井いつき氏の歯切れの良い査定。 お題に応じてゲストの芸能人達が詠んだ句に対し、良いものはその理由を判りやすく解説、今一つなものは添削によって見違える作品に昇華する。 ほんの少し語句の入れ替えや語順の組み立てを変えるだけで、こんなにも短い文字の羅列の中に奥行と味わいが生まれるものかと感嘆しながら、その添削内容を見守ることとなる。 加えて、添削に対するゲストたちの必死の反論や、それをぐうの音も出ぬほどにバッサリと論破する評者とのやりとり。 そこに絡む司会者の突込みのテンポが何とも良い。
ネット上に書き込まれる視聴者レビューのログを確認すると、個々の句の査定や添削に対する感想は様々。 概ね好意的な内容だが、反論も散見される。 さもありなん。 おそらく唯一絶対の正答など無いのだろう。 人それぞれ捉え方も様々。 そういえば、とある建築史家も講演会で仰っておりました。 「研究者の数だけ説がある」と。 ともあれ、そんな中で視聴者の大半を唸らせる評者の解説は、やはり凄いということになろう。

こうして毎週視ているうちに、他の企画にも興味が広がって来た。 例えば色鉛筆画や水彩画等。 少々如何なものかと思えてしまう出演者の作品に対し、評価者がお手本として同じ題材で描く作品のレベルの高さには目を見張る。 あるいは逆に、ゲスト自身の素晴らしい作品に息をのむこともある。 技能って素晴らしいものだとしみじみ思うし、憧れもする。

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