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住宅メーカーの住宅
ネーミング考
各住宅メーカーの商品名称について、徒然に書いてみたい。
大観すると、住宅産業の草創期においては、アルファベットや数字の組み合わせで命名されるケースが多かった。 それが暫く経つと、屋根形状の特徴を名称にするものや、独自の感性からネーミングを行うもの等が出てくる。
昭和40年代から50年代にかけての各社の動向について個別に見てみたい。


1.積水ハウス
※1

写真1*1
セキスイハウスA型

※2
ユニット別荘四題のページ参照

※3

写真2*1
BW型・和瓦の家
同社の最初期モデルは、1960年4月発売のA型※1
無塗装のアルミパネルが張られた外観は、草創期ならではの試行錯誤が色濃くにじみ出たもの。 翌年7月までの一年弱の期間に207棟の販売実績を上げ、後続の「B型ハウス」へと引き継がれる。
1962年12月に二階建てモデル「2B型」を発売。 同年7月に、プラスチックを主材料としたユニット住宅「C型キャビン※2」も発売している。 以降は、E型やF型を出しつつも、B型を主幹としてBK型、BW型、BKW型というように製品体系が枝分かれし、多彩なラインアップを形成する。
このようにアルファベットを製品呼称としているが、1976年発表のBW型については、「和瓦の家※3」という通称も与えられた。 更に、1978年発売のBK-V型には「グルニエのある家」、1981年発売のBK-530型には「フェトーのある家」等々、記号名称とは別の商品名称が併記されることとなった。 いずれも屋根形状や、特徴的なパーツを商品名に冠するという試み。
そして、1984年発売の「数奇屋」や1985年発売の「クレフォート」等、商品全体のイメージを示すものへと展開することになる。
「数奇屋」にも、BKW-450という記号名称が別途与えられているが、以後の商品からは、この記号表記は無くなった様だ。


2.大和ハウス工業
※4

写真3*2
ダイワハウス・ニュー春日
建築史的には、同社が1959年に発売したミゼットハウスが、戸建住宅における国内初の商品化プレハブ住宅ということになっている。 しかしこのモデルは母屋に付随する別棟の扱い。 個人的には、独立した戸建住宅としてのプレハブ工法とは分けて考えたい。
ミゼットハウスから三年後の1962年4月に、ダイワハウスA型を発表。 1963年4月に総二建ての2B型。このモデルは、1965年4月に二階の位置を自由に設定できる仕様に移行する。
面白いのは、1968年4月に実施された商品体系の整理。 その際に各モデルにつけられた名称は、白鳳、春日※4、若草、大雪、飛鳥、等々。 いずれも大和(やまと)言葉に拠っている。 社名に因んだのだろうか。
1970年代に入ると、「スイートム」や「ルグラン」といった商品イメージを表す名称が付けられるようになる。 また、1980年代以降になると、「チムニーのある家」や「ポーチウィンドウのある家」、「ホワイエのある家」等、「〜のある家」という名前のモデルが登場する。


3.永大産業
※5

写真4*3
永大産業・新富士
南柏総合住宅展示場モデル
大和ハウス工業と似た路線のネーミングを展開した時期があった。
例えば、木質構造の「若葉」、軽量鉄骨構造の「富士※5」、ユニット工法の「大地」。 更には、軽量鉄骨と木質構造を併用したローコストモデル「しあわせ」等々。
大和ハウス工業の商品名が、内外観デザインによって区分されていたのに対し、永大産業の場合は構造形式によって使い分けを行っていた。
同社の主力業務は建材であるが、同じ時期に化粧合板で「王将」という製品を供給していた。 名前の付け方に個性があったのは、住宅だけでは無かったようだ。


4.ミサワホーム
※6

写真5*4
フリーサイズ・越屋根
サンケイハウジングフェア豊島園出展モデル
前身である三澤木材プレハブ住宅部の頃は、「SP住宅」という言葉が使われていた。 これは、同社が草創期から今日に至るまで主要工法として連綿と受け継いでいる木質系パネル接着工法の「接着」と「パネル」の部分のイニシャルを組み合わせたもの。
しかし、当時の顧問弁護士に、「開発者の代表が自らの名前を商品名に冠する自信がないのであれば、事業化の意味が無い」といった旨の助言を受け、ブランド名を「ミサワホーム」とした。 住宅の商品名称に、「ホーム」が使われた初めての事例。 これは、「ハウス」と「ホーム」のニュアンスの違い。 つまり、単なる「器」か、それとも「人の住む場」としての住宅という意味の違いをしっかり意識した上でのネーミングであったという。
1967年10月の三澤木材からの独立時、この商品名称がそのまま社名となる。
これに前後して、屋根形状の特徴を商品名として表すようになる。 例えば、1966年発表の「片流れ屋根」、1967年発表の「重層屋根」、1968年発表の「越屋根※6」等々。 外観から誰にでも認識してもらいやすい商品名称ということと、自由設計を基本にしていることを前面に押し出す意味で、アルファベット等の記号を避けたのかもしれない。
しかし、1976年以降、企画型のモデルをメインとするようになると、アルファベットが商品名称に用いられるようになる。 この住宅メーカーの住宅のページ内でも紹介しているミサワホームG型ミサワホームO型などがそれである。
これらの流れは、アルファベット表記から商品イメージ表記へと移行した他社とは逆だ。
しかし、そのアルファベット表記は、単なる記号ではなかった。 例えば、G型には“Gentlemanship”の意味がある。 将来、一流の社会人に育てたいという願いが込められていた。 同じく、O型は“Originality”、M型は“Manner”A型は“Ambitious”S型が“Stedy”と、それぞれの商品系統の意図が組み込まれていた。
1980年代半ば以降、再び自由設計が主流になると、商品イメージを表す名称が増えるようになった。


5.積水化学工業
※7

写真6*5
セキスイハイムM1

※8

写真7*5
セキスイハイムグロワール
建築家の山下和正をデザイン監修に起用して商品化されたモデル。 生産性に重きをおいていたユニット工法プレハブが、デザイン性に軸足をシフトする転換点に位置づけられる商品だ。
1971年2月発売の初代モデルから、「セキスイハイム」という名称が脈々と使われ続け、今日に至っている。 先行する積水ハウスへの配慮から、ドイツ語で住宅を意味する「ハイム」を用いたという経緯がある。
1974年5月に新たな商品としてセキスイハイムM2が発表されるのと同時に、初代モデルにもM1※7という呼称が与えられた。 このMは、「モデル」の意味。 以降、M3、MR、M3−SR等、アルファベットと数字を組み合わせた製品名称が使用され続けた。
1981年発売の三階建て住宅「セキスイハイム・スカイワード」で初めて記号以外の表記が登場する。
しかし、ネーミングが根本的に変ったのは1982年の「セキスイハイム・グロワール※8」からであるように思う。 以降、1983年の「セキスイハイム・アバンテ」や「セキスイハイムM3・パルフェ」。 1985年の「セキスイハイム・グロワール・エマーユ」。 そして1987年の「セキスイハイム・シェモア」等々、なぜかフランス語が加わるようになる。 更に、1988年には「セキスイハイム・ドマーニ」。 今度はイタリア語だ。
一つの製品名称に「セキスイ」という日本語とドイツ語の「ハイム」。そしてフランス語やイタリア語が組み合わさるという特異な形式。 なんとも国際色豊かではある。


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引用した図版の出典:
*1:積水ハウス
*2:大和ハウス工業
*3:永大産業
*4:ミサワホーム
*5:積水化学工業

2011.04.02/記