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住宅メーカーの住宅
不可解なモデル.02:ミサワホームMII型
0.ジョイントスペース
本題に入る前に、それ以前に同社が発表していた幾つかのモデルについて述べてみたい。

0-1:ホームコア
1969年、同社はホームコアと名付けた平屋のローコストモデルを発表している。
そのプランは、いずれも6畳の広さを持つ居室で構成された二行二列の田の字型間取りの中央に一間幅の線形の離隔を貫入させた骨格を持つ。 この離隔を、同社では「ジョイントスペース」と呼称した。

平面図*

構成概念図*
6畳二間からなる2.7m×7.2mの筐体を、工場生産された木質パネルを現場に搬入して組み立てる「サイト・ボックスユニット」と見立てる。 ボックスユニットは、それ自体で構造体として完結する。 だから、ユニット同士を直接取り合わせると接合面は構造体が重複してしまう。 ために離隔を設けて配し、それによって生じる空隙(=ジョイントスペース)は、床や屋根等の水平構面を掛け渡すだけでもう一つの空間が成立する。
ホームコアでは、このジョイントスペースに玄関や収納、水廻り等の非居室用途を並べた。 非居室を収めたコアとしてのジョイントスペースと、居室を収めたコア外のボックスユニット。 住まいに必要な要素を二項に明確に分化する骨格が、工業化住宅としての生産性確保とローコストモデルとしての合理性確保の目的と相まって当該モデルに結実した。

0-2:ミサワホームO型
※1
この考え方は、1976年発売のミサワホームO型にも踏襲される。
8畳一枡を基本とする二行二列の整形田の字グリッドの行間にジョイントスペースを貫入させる構造※1に、ホームコアとの共通性が見い出されよう。


O型の構成概念図*
0-1:ホームコアに引用したホームコアの概念図と共通するジョイントスペースを概念を取り入れた組み立てが見て取れる。

※2
正式発売前に作成されたパンフレットや同時期に刊行された一部住宅専門誌において、このモデル名称が確認される。



各階平面図(O-43-2Eタイプ)*
サニタリーも「室」と見做すならば、ホールやキッチン等の非居室用途を線形に配したジョイントスペースと、そこに房として接続する諸室との二分法。 このモデルに至る頃には、サイト・ボックスユニットの意識は薄れ、構造体は純粋な壁式構造として扱われている。 しかし、空間構成原理としてジョイントスペースの考え方が踏襲されている様子は覗える。
初期段階において、当該モデルが「ホームコアO型」と呼称※2されたのも、この骨格に由来する可能性が高い。

0-3:ミサワホームMII型

同様の構成が、今回取り上げるミサワホームMII型にも見て取れる。
先行したO型と同じ構造を持ちながら、商品体系の多様性確保のために異なる方向性を打ち出す必要性。 ために、O型よりもやや上の年齢層をターゲットに設定し、その層に訴求する具体策として家父長的な概念を援用。 「ハレ」と「ケ」の明確な分離を内観に持ち込もうとした。 しかしそれを、ホームコアを源流とする骨格の中に無理矢理当て嵌めた結果、諸室の配置がいびつなものとなった。

「不可解なモデル」にカテゴライズする要因となったジョイントスペースに纏わる「ハレ」と「ケ」の問題構成を主眼に、当該モデルについて次章以降読み解いてみる。

1.モデルの概要

※3

玄関ホール内観*
下足入れや居室出入口の建具を同じ意匠で統一。
この建具デザインは和室を除く全ての居室扉に採用され、インテリアに風格を与えている。

※4
平面図を見ると、下足入れの奥行きとリビングやダイニングへの出入口扉の枠見込みが同一であることが判る。 その寸法は、壁厚よりもやや深い程度。
出入口扉には重厚感が与えられる一方、下足入れの方は極めて奥行きが浅い。 そのため、前面に向けて急勾配に傾斜した棚に立てかけるように靴を収納する変則的な仕様が採用された。

1978年発売。
外観は、先行して発表され大ヒットとなったミサワホームO型に比べると、いくばくか落ち着いた雰囲気。 おおらかな大屋根や白壁がどことなく土蔵をイメージさせる。


外観(MII-38-2Wタイプ)*

玄関から屋内に入ると、片側の壁面に幅二間にわたって床から天井まで目一杯の建具が四枚連なる※3。 その扉は鏡板に板目のケヤキの突板を張った重厚な唐戸。 向って右側の二枚は下足入れ※4、左側の一枚がリビングルームへの出入口扉。 画像には写っていないが、更にその左手に同じ形状のダイニングルームへの出入口扉が並ぶ。
木質感たっぷりの設えは、例えばやや時代がかった貴賓室や重役室といった類いの雰囲気を軽めに再現した印象。 住人はそこにステータスを覚えるだろうし、来訪者は気品を感得するのかもしれぬ。

同モデルの広告は、キャッチコピーを“「主流」になる家”とし、以下の文言を添えている。

“男盛り働き盛りの壮年世代向けに企画されたこの家。お住みになる方々も社会の主流です。”
つまりは、社会的あるいは自身が所属する組織の中でそれなりの地位にある男性が、プライベートにおいて家長としての威厳を持って立ち居振舞うための空間の在り方を追求したモデルということになろうか。 そんな家父長制主義的な観点のもとに屋内の各部位を眺めてみると、成る程その商品開発主旨が露骨に顕然する。


各階平面図(M2-36-2Eタイプ)*
※5
この独立キッチンに関し、販売資料には「食事が落着いて楽しめるダイニング独立型。キッチン完全分離でホテル並みの豪華なゆとり空間です。」という記述がある。
例えば外観も玄関ホールも、このモデルに住む家長の“格”を表象しようとしたもの。 あるいは、リビングルームと続き間となったダイニングルームからキッチンが完全に隔離されているのも、リビングダイニングルームをかつての表座敷の様に家長による接客の場に供する等、パブリックな性格を強めようという意図が見えてくる※5。 一階の洗面室が玄関ホールと建具で間仕切られていないのも、そこが家族の普段使いの場所では無くパブリックなエリアに絡むサービス用途という位置付けのためと解釈出来そうだ。 それ故に住居全体の規模に比べて余裕のある面積が確保され、約一間半幅という破格の洗面化粧台が設えられた。 そしてそれとは別に、二階に日常用の水廻りを設けている。
2.「ハレ」と「ケ」、そしてジョイントスペース
2-1:「ハレ」と「ケ」

前章の内観に「ハレ」と「ケ」の概念を当てはめるならば、一階の大半は家長への意識を中心に据えた「ハレ」の場となる。 「ケ」に該当するのは、僅かにキッチンと階段踊り場下部の勝手口のみ。

この分化を、ジョイントスペースが規定する。 南北に振り分けた房としての諸室に対する主幹と位置づけられるジョイントスペースは、前述のホームコアやO型を始め当該概念を導入した多くの同社モデルにおいては、そのスペースの端から端までを建具等を介し直接往来可能としていた。 しかしMII型は途上に壁を立ててその両側を完全に隔てている。 玄関を起点に屋内動線を捉える場合、この壁より手前からアクセス可能な範囲が「ハレ」、階段より奥が「ケ」の領域となる。


リビングダイニングルーム*
「ハレ」の空間としての性格を強化した設え。
 

ダイニングルーム*
奥の「ケ」の空間としてのキッチンとの間に階段が挿入され、「ハレ」の空間としてのダイニングと領域を厳格に分ける。
二階の私室(=「ケ」)とを往来する階段は、「ハレ」と「ケ」の中間領域。 この様に見立てれば、ジョイントスペース途上を分断する壁の配置意図が容易に理解出来よう。 中間領域としての階段ですら、「ハレ」の領域である玄関ホールから排除すべく壁の向こう側に配置された。

2-2:「ケ」の視点からの矛盾
この間取りを「ケ」の視点から眺めるとどうなるか。 「ハレ」と「ケ」を物理的に分化したにも関わらず、日常生活においてその設計意図は徹底され得ぬ状況が見えて来る。
例えば、玄関から「ケ」に至るには「ハレ」の領域であるリビングダイニングルームを介する必要がある。 対処として中間領域たる階段の踊場直下に勝手口を設けてはいるが、そこを家族の日常の出入口に供するのはいささか無理があろう。 そして、キッチンとダイニングルームの間に階段が配されて不自然な距離が生じてしまっている。 個別の自由設計では無く不特定多数をマーケットの対象とした企画住宅において、この様にキッチンを孤立させる措置は独創的に過ぎよう。 キッチンから一階洗面室及びトイレに至る動線も遠回りなものとなり、しかも「ハレ」の領域を跨いでいる。
更に、一階洗面室は十分なスペースを有するにも関わらず「ハレ」の領域のサービス用途として位置付けたために、洗濯機置場を排除。 階段踊り場直下の勝手口部分にそのスペースを充てた。 キッチンとの関係において家事動線を短絡させる配慮と捉えられなくも無いが、中間領域である階段直下に「ケ」が浸食する矛盾も生じている。

ジョイントスペースの構成原理の中で「ハレ」と「ケ」の分化を徹するのであれば、「ハレ」と位置付けたリビングダイニングルームとは別に、動線的に干渉せぬ「ケ」の領域を組み立てる必要があった。 しかし当該構成原理の中でそれを組み立てる手立てが、MII型では未消化となってしまった感が否めぬ。 そのことが、当該モデルに不可解な印象を与える。



3.ミサワホームMII型以降
前章で指摘した空間構成に係る未消化な部分が後続のモデルにおいてどの様に展開したのか。 二つのモデルについて、この場で検証してみたい。

3-1:ミサワホームMIII型
※6
MII型発表の翌年、1979年にフルチェンジモデルとしてミサワホームMIII型が世に出された※6

ミサワホームMIII型外観*
上記2.で示した計画上のいびつな点が開発者サイドおいても問題として意識されたのか、空間構成原理に関してMII型との共通性は皆無。 即ち、ホームコア由来のジョイントスペースの概念は破棄若しくは大きく後退し、単に動線処理を担う中廊下に置き換えられる。 その上で、商品体系としての後継性を維持するべく「ハレ」と「ケ」のメリハリがプランに反映された。
詳細は同モデルについて纏めた当サイト内の別ページに拠るが、生産性に依拠した構成原理を外すことで商品の方向性と内観意匠の整合を確保。 1982年にはM型NEWへとマイナーチェンジが図られ、ロングセラーモデルとなった。

3-2:ミサワホームM型2リビング
※7
ミサワホームM型2リビング外観*
1980年発表の当該モデル※7は、MIII型との関連性は見い出しにくい。 むしろその平面プランからは、MII型との類似性が見て取れる。 即ち、ジョイントスペースの存在。


各階平面図(M2L-44-2Eタイプ)*

ここでは、2-2で言及した「動線的に干渉せぬ「ケ」の領域」として、一階北側にダイニングやキッチンと一体となったファミリールーム的な性格を持つリビングが設定された。 そしてそれとは別に、「ハレ」の領域として南側に「余暇室」と名付けたもう一つのリビングルームを独立して設置。 モデル名称の由来となっている性格の異なる二つのリビングが、ジョイントスペースを介して並置された。

当モデルにおいて、一階部分のジョイントスペースは建物中央を東西に完全に貫通し、且つ室の用途を持たぬ。 二階においても、ホールと収納の用途に充てられて居室と非居室の振り分けが成立している。
房としての諸室と、主幹としてのジョイントスペースという二分法の純化。 併せて「ハレ」と「ケ」の領域分化も、一階の同スペースを双方の中間領域と位置付けることで動線を含め破綻なく達成された。
但し、MII型で指向された家父長主義的な概念は、当該モデルには無い。 むしろ、週休二日制の定着等で近い将来「余暇の時代」が訪れるとし、その将来を見据えた住まいの在り姿として「ハレ」と「ケ」がモデルの中に組み立てられた。


生産性に由来した「ジョイントスペース」の扱いと、「ハレ」と「ケ」による空間の二分法。 双方の措置に纏わる変容の視点で捉えると、MII型以降のモデルに一つながりの読解が可能となる。
この二点の対処において、ミサワホームMII型は拙速であった面が否めぬ。 あるいは、完成形としてのM型2リビングに至る途上モデルと位置づけられるのかもしれない。


 
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*引用した図版の出典:ミサワホーム

2010.09.04/一部加筆・修正のうえ、雑記帳より移設
2017.01.21/改訂
2026.01.17/改訂