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余暇時代への憧憬:ミサワホームM型2リビング
1.概要:来るべき余暇時代を志向したモデル

昭和50年代にミサワホームが発表していた企画住宅商品群の魅力の一つは、来るべき社会環境を的確に捉えそれを明快に空間化していた点にある。 例えば別項のミサワホームSIII型は、省エネルギー問題に対する1980年代初頭の一つの解答であった。 あるいはミサワホームO型は、核家族化への反省に立脚し三世代居住の理想形を指向したものであった。

M型2リビングも同様に近い将来を見据えた個性的な提案に彩られたモデルであった。 1980年代、国内ではまだ週休二日制が一般的では無かった。 しかし、近い将来その制度が一般化し、それにより生じる余暇を充実させるにはどの様な住環境が求められるか。 この設問に対し、二つめのリビング=「余暇室」を備えることで応え、1980年6月、当該モデルが発表された。

2.外観
※1
伝統的建築形態からの引用という点において、例えば二階妻壁四箇所に突出する袖壁も卯建を想起させる。 しかし当該モデルにおいてはその引用を企図したものではなく、総二階のボリュームにおける意匠の調律方法としてミサワホームO型で採用されたオーバーハングと同質の効果を狙ったものと考えられる。

※2
写真2*

玄関ポーチ廻り詳細。


写真1:外観*

1976年に発表されたミサワホームO型以降、同社の企画住宅群の多くは和風の要素を現代的に解釈し再構成した新進の意匠を外観構成の基本としていた。 例えば、越屋根や錣屋根といった伝統的な屋根形態の引用※1。 あるいは、外部開口廻りに、雨戸シャッターを兼ねた木調の三方枠を白壁と対比させることで軸組造の真壁を彷彿とさせるディテールの共通化等々。
その様な商品構成の中にあって、当該モデルは洋風のイメージで纏められた異色のもの。 南側立面に配された開口廻りの三方枠こそ共通パーツが用いられているが、二階開口廻りのフラワーボックスには鋳鉄製の手摺が組み合わされ、屋根は洋瓦葺き。 妻面の軒先は省略され、玄関ポーチ直上にはアーチがあしらわれた。 更に、その玄関ポーチには床から天井までの、こちらもフラワーボックスと同じ鋳鉄製の門扉が取り付く※2
O型以降の手法とは異なるデザイン性の付与。 その意思が強く顕れ、既発表モデル群とは一線を画す外観が形作られた。

3.内観
3-1:練り尽くされた緻密な平面計画
※3
写真3*

北側に配置されながら南面採光を実現した二階和室。

※4
このコーナーサッシは、床の間を有さぬ二階和室(写真3)において和の設えを組み立てる手段としても仕立てられている。

※5
M型2リビングには、リビングが2室あるプランの他に、インナーガレージを設けたプランも提案されていた。
プランのバリエーションは、2リビングモデルが2種類、インナーガレージモデルが2種類、それぞれ東西反転プランを擁する8タイプが用意された。
インナーガレージモデルについては、別途「不可解なモデル」のページにて言及している。

プランについて検証してみる(図面1)。
1階中央部分を東西に貫通するホールは、その両端が大きなガラス面を伴った玄関と勝手口に充てられている。 これは、ホールに実際以上の広がりを与えるのに有効であろう。 また、この東西軸廻りの設えを見てみると、外部から屋内に向かって、ポーチ→門扉→アルコーブ→玄関扉→玄関→ホールと、要素が多重に構成されている。 これも、エントランス空間に実際以上の奥行き感を与えるのに有効な手立てである。 更に、2階に昇る階段を少しだけホールに垂直に貫入させることでホール内観に変化を与えると共に、その奥に配置された洗面所への視線をカットしている。


図面1:各階平面図*(M2L49-2W-Bタイプ)

このホールを起点に諸室の組み立てや動線を見てみると、複雑な構成にも関わらず丁寧に纏め上げられていることが判る。
例えば、壁配置に関する上下階の構造的な整合性に破綻は見受けられない。 あるいは、全ての水廻りが一カ所に集中して効率的に配置されている。 更に、2階に豊富な収納が確保されていることや、洋風のイメージの中に和室※3を1室確保することも忘れていない等々、実に良く練られたプランだ。

もう一つの特徴として、南北に部屋が振り分けられる形式でありながら北側の居室も南に面しているという点も挙げられる。
手法として、平面形状に凸型を採用。 北側の居室を南側の居室よりもそれぞれ東西方向に拡張し、その拡張部分にコーナー出窓を設けることで南面からの採光を可能とした※4


3-2:二つのリビングルーム

前項に記した平面図の一階部分に目を向けると、中央のホールを介して南北に二つの居室が設けられている※5。 北側のそれは、キッチンやダイニングと一体になったリビングルーム※10。 そして南側は、冒頭に示した「余暇室」と名付けられたもう一つのリビングルームになる。

北側の方は、一般的に「LDK」と表記される部屋に該当する。 家族の日常の団欒や食事、調理等の用途に供する室。 本来、住まいの中の公室としては、この部屋があれば十分に成立する。
しかしそれとは別に設けられた「余暇室」。 これこそが、当該モデルの最大の特徴であり、そのモデル名称に当時の同社の他企画モデルとは異なり間取りの「形式」が表示される契機となった部屋である。


写真4:余暇室*

ホールから当該室に至る出入口扉は防音仕様。 外部に面した二箇所の開口も、外側をアルミ製の引き違い、内側を木製の両引分とした二重構造。 天井高も、北側リビングより高く設定されており、そのために平面図を見ると二階の南面居室は北面居室よりもフロアレベルが階段二段分高くなっていることが読み取れる。 更には、毛足の長いカーペットを全面的に敷き込み、マントルピースも配備。 通常の部屋とは異なる設えが多々採用され、余暇を多様且つ豊かに過ごすための部屋としての位置づけが強く志向された。 そこでは、接客、団欒、アトリエ等、様々な活用の展開が想定され得る。

4.「ハレ」と「ケ」を巡る変容
※6
日本における二元論に基づく伝統的な価値判断基準、もしくは世界観。 ハレ(晴れ,霽れ)は祭礼等の非日常、ケ(褻)は日常の事々を指す。

※7
写真5*

ミサワホームMII型外観
M型2リビングが発表されてから既に長い年月が経ち、週休二日制も広く一般に定着した。 しかし、ハイグレードなしつらえを施した「余暇室」を有する2リビングという形式が、住宅様式の一モデルとして一般化しているとは言い難い。 むしろ、家族の共用室としてのリビングの用途や存在意義は徐々に変容してきている。
しかしながら、M型2リビングは同社の当時の商品体系の中で突然変異の特異なモデルであったいう訳ではない。 「ハレ」と「ケ」※6の観点で検証を試みると、当該モデルが属した当時の同社の商品体系の一つであるM型系列における一つの流れが見えてくる。

4-1:検証.1;MII型・・・「ハレ」と「ケ」の異形モデル

M型2リビングに先行して二年前の1978年、同社からミサワホームMII型が発表されている※7
プラン初見時、その構成はとても奇異なものに映った。 玄関及びホール、そして階段が建物の東西を貫通して一直線に並ぶ。 しかし、ホールと階段は間仕切られており、リビングダイニングルーム(以下、LDR)を介しないと双方を往来出来ない。 更に、その階段によってLDRとキッチンが切り離され、キッチンは建物の隅に孤立している。 他にも、極薄の下足入れやいびつに畳を敷いた和室等、その意味を図りかねる空間処理が散見される。


図面2:ミサワホームMII型平面図*(MII-38-2Wタイプ)

しかし、「ハレ」と「ケ」の観点で読み解くことによって、その設計意図の推察が可能となる。 それは、玄関とLDRを中心とした一階部分における「ハレ」の場としての純化だ。
ために、キッチンを孤立化させ、更に「ケ」の空間(=二階の個室群)へのインターフェイスである階段も、玄関ホールから排除した。 ホールに面する洗面室も、どちらかというと来客の利用を想定した設えであり、それ故に洗濯機置場をそこから排除。 階段の中間踊り場直下に設えた勝手口に押し込めた。 更にその勝手口によって、表玄関の「ハレ」の領域としての位置づけも強化。 そのことを補強すべく、下足入れ扉及びLDRへの出入口扉を欅の木目を際立たせた唐戸で統一。 重厚な雰囲気を玄関及び玄関ホールに付与させた※8

※8
写真6*

ミサワホームMII型玄関ホール

4-2:検証.2;MII型からMIII型へ・・・純化の限界と是正
※9
写真7*

ミサワホームM型NEW外観。先行するMIII型もほぼ同様の外観を持つ。 この二つのモデルの詳細は別ページにて言及している。

※10
写真8*

LDKを一体化させたファミリールームとしてのもう一つのリビング。 北側に位置しながらも写真3の和室と同様の手法で南面採光を得る。 また、左手の北側立面突出部に設けたトップライトからも自然採光を確保。 写真4の余暇室とは雰囲気を異にする設えが判る。

こうしてMII型の一階に施された「ハレ」の空間としての純化は、しかし実際の生活シーンにおいて必ずしも徹底され得ぬ。 少なくともダイニングルーム部分は普段使いの部屋、つまり「ケ」の領域を兼ねる。 また、表玄関と階段迄の動線にLDRが介在する以上、日常動線が「ハレ」の領域に侵食することとなる。 まさか、日常生活は必ず「ケ」の起点である勝手口を使うという訳でもあるまい。
「ハレ」の空間としてのLDRを生成するためにいびつな間取りとなっているにも関わらず、その意図が徹底され得ぬ空間処理。 そのためか、MII型は短命に終わり、MIII型に取って代わる。
1979年発売のMIII型については、別のページで述べている通り。 「中廊下」のプラン形式の導入により「ハレ」と「ケ」の分化を整理し現実的な空間処理に置き換えられた。 つまりは、MII型での反省に基づく大幅な是正。 結果、プラン構成はソツなく纏まり、その後M型NEW※9にマイナーチェンジされロングセラーモデルとなった。


4-3:検証.3;M型2リビングへ・・・MII型の先鋭と洗練

では、MII型の設計思想が当該モデルのみの短命のうちに終息してしまったのかというと、そうではない。 その継承形としての位置づけが、M型2リビングの間取りから見えてくる。
前項3-1及び4-1にてそれぞれ引用した図面1と図面2の平面プランを比較して類似性を見い出す解釈はいささか強引かもしれぬ。 しかし、MII型の階段位置を移動し、それに伴う諸室配置の微調整を図りつつ「ハレ」と「ケ」の分化をより強化していることが、M型2リビングの平面図から見えてくる。
即ち、一階の東西を貫通する玄関とホールによって「ハレ」と「ケ」の動線の錯綜を整理。 MII型のLDRが余暇室と名を変えて完全に独立し、「ハレ」としての空間性がMII型以上に純化された。
一方、北側は階段の移設に絡んで水廻りの配置を改変。 キッチンとMII型の和室であった部分を一体化させてファミリールーム※10として再構成。 キッチンの孤立状態を解消するのと同時に、同モデルの特徴である二種の異なるリビング(余暇室とファミリールーム)を獲得。 そのことによって更に「ハレ」と「ケ」の分化が強化された。
表玄関と勝手口が相対する骨格は、MII型の名残。 更に二階に昇ると、玄関直上の収納部と居室の取り合いにもMII型の名残を見い出せる。
この様に捉えると、MII型の設計意図を更に先鋭化及び洗練化させたM型2リビングの位置づけが見えてくる。 いわば、MII型の継承発展形だ。

5.余暇時代への憧憬:ファミリーゼイション
写真9*

外観。写真1と共に販売資料に用いられた別モデルの画像。
図面1より東西幅方向が半間狭いM2L44-2W-Bタイプになる。

※11
書籍名:『ファミリーゼイション−いま、われら「住まい」を問う。』
1982年11月1日発刊。 ファミリーゼイションという概念を巡る各界有識者14名による座談会の記録とその中の数名によるエッセイで構成。

初見の際、当該モデルがM型の商品系列に組み込まれていたことに違和を覚えた。 それは単純には、その内外観が先行モデルであるMII型やMIII型と何ら関係性を持たぬ様に見えたためであった。 さりとて、当時同社が企画住宅商品群として設定していた他の系列(G型,O型,A型,S型)のいずれにも属し得ぬ。
しかし、前項での検証の如く、「ハレ」と「ケ」の概念で読み解くことによってM型に属した事由についての一つの推察が可能となる。 同概念の現代的解釈を先鋭化させたMII型。 その反省に立って大幅な改変を試みたMIII型。 同じく省みながらも、意図を踏襲し進展させたM型2リビング。
住まいの中の「ハレ」の在り方をどう捉えるか。 そのために、対となる「ケ」をどの様に関係づけるのか。 商品開発にその思索を組み込むことで、単なる住むための器を超えた豊かな暮らしを実現する住空間の創造を志向した点で、三つのモデルは強く連関する。
そして、先行する二モデルにおける思索のプロセスが、余暇の時代という近未来への憧憬を伴って「余暇室」という具象に結実することとなった。

M型2リビング発表の翌年、同社では余暇の時代の到来を念頭に置いた多彩な暮らしの展開ついて「ファミリーゼイション論」を発表。 当時放映されたM型2リビングのTVCMのサウンドロゴにも、この「ファミリーゼイション」という単語が用いられた。 また、同社総合研究所からこの単語をタイトルに冠した書籍も刊行された※11。 その冒頭には以下の文章が記されている。

豊かな社会の到来とともに、日本人の家庭生活が根底から変わろうとしています。 創造的な内型レジャーの定着、知的生活への志向、友人や近隣との多岐にわたる交際。 こうした背景の中での、夫婦、親子、家族間の新しいふれあい。 お互いの個性を尊重しつつ豊かな団らんの場を生み出す。 21世紀に向けてのこのような家庭生活の新しい潮流がファミリーゼイションと呼ばれています。

そんな予見のもと、先進の住まい方提案が、当該モデルやファミリーゼイションという言葉と共に往時の住宅市場に彩りを添えた。

1980年代初頭に描かれた近未来への憧憬は、今現在果たしてどの程度現実のものとなり得たのか。 あるいはそれとは異なるリアルに覆われているのか。 これまでの生活様式や価値観の変容と今後の在るべき住まいの姿に想いを馳せながら、当該モデルについて再読を試みることは十分に有意であろう。



 
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*引用した図版の出典:ミサワホーム

2006.07.08/記
2006.09.02/追記
2021.04.10/改訂