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建築外構造物
筒石駅
所在地:
新潟県糸魚川市
大字仙納字大谷
供用開始年:
1969年10月1日

用途:
鉄道駅舎施設

関連サイト:
街並み紀行のページに、筒石集落について記載。

建築外構造物筒石

JR西日本北陸本線内の駅であるが、一言で述べるなら「不条理な駅」ということになる。 そして、その不条理さこそが魅力である。

海沿いに面した小さな集落の外れで山側に向かって分岐する道路に歩を進める。 人家はすぐに途切れ、左手に渓谷を望む上り坂のみの山道を1kmほどひたすら昇ると、やがて小さな建物が見えてくる(写真1)。
「筒石駅」という表示が無ければ、それが駅舎だと認識することは無かろう。 なぜなら、通常ならば駅舎の背後にある筈の線路やプラットホーム等の駅構内施設が見当たらない。 あたかも山の中に設けられた仮設小屋のごとく、自然に囲まれて駅舎のみがポツンと存在する。

駅舎の中に入ると待合室があり、奥に改札を兼ねた出入り口が見える。 その改札を通り、駅舎の裏手に出ると、正面に半透明な波板のポリカーボネートの壁が互い違いに立ちはだかる。 その間を抜けて前方に進むと、地中に向かってぽっかりと口を開けたトンネルが眼前に顕れる(写真2)。


写真1:

写真2:

一直線に下降する224段の階段が、地下に向かって延びている様は、圧巻だ。 トンネル内はコンクリートが剥き出しのまま。
集落から一生懸命昇り坂を歩いてきたのに、今度は逆に地中の闇に向かって、このトンネルを降下することになる。

地下に向けて階段を下りる途上では、壁面のところどころに地下水が染み出し、無機的な蛍光灯が冷たくそれらを照らし出す。 奥の闇からは、明らかに地上とは異なる空気が流れてくる。
階段を降り切って振り返れば、地上は遥か彼方の上方に僅かな光りの点となって見えるのみ(写真3)。
何やらとんでもない所に来てしまったという気になるが、しかしそれで終わりではない。 階段を背にして向かって左側を見れば、更にその先にほの暗いトンネルが緩い下り勾配を伴って奥へ奥へと続いている(写真4)。


写真3:

写真4:

自らの歩行音が不気味に反響するトンネル内を進むが、それでもまだホームには辿り着かない。
今度はそこから分岐して、上下線それぞれのホームへと降りる階段が接続しているのだ(写真5)。 上り方向のホームに至る階段は56段。下りホームへは66段。 一体どこまで潜るのだろうと思いつつその階段を下りると、ようやく小さな待合スペースに至る(写真6)。


写真5:

写真6:

待合スペースの先にアルミ製両面フラッシュの引き戸があり、その引き戸を開けると、そこも巨大なトンネル内(写真7)。
右を見ても、左を見ても、そのトンネルの向こうに外光は確認できない。 さもありなん。 そこは全長11km余に及ぶ頸城トンネルの只中。 蛍光灯の仄かな照度以外は、闇に支配された地下空間である。 奥行きの少ないホームが、トンネルの側面にへばりつく様に設置されている。 対面式のホームであるが、互い違いに設けられていて、一方のホームの終端の斜め向かいに、他方のホームの先端が見える。


写真7:
地下のホーム。上下のホームが互い違いに対面する。

突如、踏切警報音の様な信号音が、構内に鳴り響く。 通過列車だ。 この幅の狭いホームで列車の通過をやり過ごすのはちょっとキツイなと思い、待合スペースに退避。
アルミ製の引戸を閉めるが、電車通過時には、凄まじい轟音と共に激しい風圧が扉にかかる。 扉と枠の間から隙間風がビュービューと音をたてて漏れる。 もしもこの扉が無ければ、電車が通過するたびごとに、猛烈な風が今まで歩いて来た通路や階段内を吹き抜けるのであろう。 ごつい両面フラッシュ扉が採用されているのは、この風圧に耐えるためなのかもしれない。 そして、改札を出た所に取り付けられていたポリカーボネートの壁も、トンネル内からの上昇気流を緩和する目的の防風板だったのだろう。

ということで、快適性とか合理性といった概念からは全くかけ離れた駅である。 そのあたりが不条理ということになるが、しかしよくよく考えてみると、構造的にはそれほど特殊という訳でもない。 例えば、この駅の構成を数字で表すと、改札からホームまでの高低差が40m。 その距離が、上りホームまで212m、下りホームまで176mとなる。
この程度なら都心の地下鉄の駅であればザラである。 もっと過剰な駅もあろう。 乗換え駅といいながら、その乗り換えのために階段を何度も上り下りし、延々と歩かせられる事例もある。 その不条理さに比べれば、筒石駅はマトモな方だ。
にも関わらず、この駅が特異なものに感じるのは、その裸形の在り姿のためであろう。 都心の地下鉄駅などは、地中深くに潜るという状況を、建築的な表装と設備によって巧妙に隠遁している。 あたかも建築空間内を往来・昇降するかのごとく、どこまでも明るく快適な空間が広がっている。
筒石駅には、それが無い。 苛烈な土圧に拮抗する剥き出しの土木構造物が、圧倒的な物量で迫ってくる。 その非日常性と周囲のロケーションが、この駅に特異性を与え、他では得がたい荘厳性をもたらす。

そんな駅構内を体感すると、地上の小振りな駅舎はホッと一息つける空間だと認識させられる。 駅員の方々の対応も穏やかで丁寧。 交代で24時間年中無休の常駐体制を敷き、駅の窓口業務のほか、列車到着時の安全確認や乗降客の案内、構内のメンテナンスに当たっているという。



2009.10.31/記