日本の佇まい
国内の様々な建築について徒然に記したサイトです
町並み紀行
建築探訪
建築の側面
建築外構造物
ニシン漁家建築
北の古民家

間取り逍遥
 
INDEXに戻る
住宅メーカーの住宅
低廉モデルの座標:セキスイハウスE型
1.商品体系

※1

セキスイキャビン外観*

積水ハウスの社史の巻末に、同社創業期からの商品系統図が掲載されている。 極々初期に開発しB型と名付けられた構法が、その後現在に至るまで様々な系列に分岐しながら基幹システムとして継続しているところが興味深い。 それ以外の幾つかの構法も併存しながら、分岐、統合、淘汰のプロセスを経つつ年代ごとに多様な商品が展開している。

そんな系統図の中にあって、いずれの属性とも交わらず孤立した"点"として表記された構法が二つ存する。 一つが1962年7月発表のC型 ※1。 もう一つが1965年7月発表のE型。
C型は、当時新素材であったプラスチックを主要部材として用いカプセル構法にて住まいを作ろうと試みられた。 「セキスイキャビン」と命名。 昭和40年代後半の別荘ブームに伴い、異業種も含め各社から相次いで発表されたプレファブリケーションに拠るセカンドハウスの先駆となった。
E型は、先行したB型と同様の軽量鉄骨造ながら、構法としての互換性は認められない。 軸組みもモジュールも全く異なる商品として世に出された。



2.特徴
※2

E型の架構概念図*

住宅メーカー草創期の事例を拝みたいと、昭和40年代前半に造成された住宅地を時折散策している。 事前に往時の資料にて各社のディテールを目に焼き付け、現地で合致する住まいを求めて廻る。 あるいは逆に、現地で見掛けた初見のディテールを記録し帰宅後に資料にて確認する。 そんなことを繰り返していると、どのメーカーの何というモデルか、徐々に判別出来るようになる。 更に、ディテールを確認しなくても外観を一瞥した際の雰囲気で何れのメーカーか大体判る様にもなってくる。 そんな視覚の変化を愉しむ中で、当然ながら特定出来ぬ事例も散見される。


外観*
外観パース*

E型も、当初はそんな事例の一つであった。 明らかに積水ハウスの雰囲気を醸しながら、同社の往時の外観構成ディテールとは全く異なる。 あまり見かける機会は無いが、しかし遭遇した際は近傍に複数散在する傾向が見受けられる。 そんな少々気になるモデルであった。

以降、様々な資料に接し、あるいは外観目視の機会を重ねる中でE型について把握した特徴は以下の通り。

1.
平屋建て。整形な矩形平面のボリューム。
2.
緩勾配の切妻屋根。両妻屋根端部は破風板ではなく矢切板で納めている。
3.
外壁の乾式パネルどうしのジョイント部材はB型とは異なるディテール
4.
B型とは異なる角型鋼管を用いた柱梁フレームで外周を固め、建物中央にも一本ないしは二本の独立柱を立てて構造を成す※2
5.
同社他商品体系で用いられているメーターモジュールではなく910mmモジュールを採用。
これらの特殊な条件設定は、ローコストを指向した結果。 モデル名称の「E」も「エコノミー」を意味している。


3.プラン

※3

15坪タイプのプランの一つ
E-1501型*

※4
15種のプランの中の幾つかには、和室の一つにニッチ状の設えが付く。 本文に引用した和室内観では、該当箇所を床の間として扱っている。
しかしそこには床柱も落とし掛けも無い。 床框を省略した踏込み床とし、壁面は壁止柱を用いずクロスが張り込まれている。
要素の排除は、洞床の様な意匠を指向したものではない。 床の間のニーズに対応しつつ、例えばタンス置場等の収納用途をも想定した処置であり、徹底したローコスト化の結果でもあろう。

積水ハウスは、その草創期より自由設計を基本としていたが、E型は規格プランのみ。 延床面積を15坪、16坪、18坪の三種とし、それぞれに5種の間取りを設定 ※3。 計15のプランが用意された。
個々に共通する要素は以下の通り。
1.
梁間方向は全て三間幅。
2.
3DKを基本に、独立したリビングを設けたものや附室を設けたバリエーションも用意。
3.
玄関とは別に、勝手口も設置。
4.
トイレは小便器と大便器をブースを分けて設置。小便器のブースに手洗いも設置。
5.
個室はいずれも和室。
梁間方向の寸法統一は、切妻屋根の架構部材の共通化が目的だろう。 桁方向のみ延べ床面積に応じ3種設定された矩形平面のボリューム内に、上記2〜5項の与件のもと、プランが用意された。 前章の4項にて言及した独立柱が間仕切壁内に収まるよう、間取りが考えられている(一部を除く)。

ダイニングキッチン*

和室*※4
各プランにE型としての固有性は見い出されぬ。 特徴的な間取りを生成するための骨格が策定され、その組み立ての中で諸室の面積増減等の操作を施しプラン・バリエーションを系統立てた様子は覗えぬ。 与件に応じ何の脈絡もなく取り敢えず用意された規格プラン群。
商品性、若しくは個性の不在が、後に幅広く展開する商品化住宅との距離を刻む。 しかし、プランの固定化と平屋建てに最適化した構造架構による高いプレハブ化率の達成によって、ローコスト化を実現した。


4.モデルの位置づけ
※5
「北海道の大和ハウス工業−1950年代後半から70年代初頭までの動向」のページ参照。

同時期、他社も平屋建てローコストモデルを発表している。
例えば大和ハウス工業は、1963年9月に(財)勤労社住宅協会向けにダイワハウスD型を開発。 平屋建てに限定して構造フレームを整理。 モジュールも、同時期の同社他モデルより10mm縮小し930mmを採用。 以降、1967年4月にダイワハウスS型、翌年4月にダイワハウス若草へと継承され、プランを8種に固定化したローコストモデルとして商品体系に組み込まれた。 同社では地方展開の例として、1970年9月に北海道内の農協と提携したホクレンハウス瑞穂及び鈴蘭を発売している ※5。 これは、その前年9月に北海道限定モデルとして発表した木質系のローコスト平屋建てモデルの技術が用いられている。
松下住宅産業(当時)も、1967年4月にナショナル住宅E型を発売。 社史には「官公庁向け」と記されており、モジュールも他モデルで用いられていた960mmではなく900mm。

特定団体向けの事業展開を意識したローコスト住宅。 そのための自社既存商品体系とは互換性の無い構法システム及びモジュールに拠るモデルの形成。 この様な流れの中にE形も位置付けられるのかもしれない。

先述の積水ハウスの社史にも

住宅供給公社の分譲住宅など東京市場で多く販売した  

との記述がある。
2章で述べた「遭遇した際は近傍に複数散在する傾向」も、偶然ではない。 その状況が確認されたのは、いずれも住宅供給公社が造成した住宅地内。 即ち、公社と業務提携してE型が軒を連ねる様に建てられ分譲された名残の可能性があろう。

※6
1970年台のライフスタイルを先導する住まいを低廉且つ大量に供給する生産システムの提案を募ったもの。
68社から95案の応募があり、戸建住宅7件、共同住宅10件を採択。 1972年に国内4箇所で実際に施工・分譲され、生産性や居住性の実証が行われた。

※7

セキスイハウスE-PH型外観*

※8
同座談会に出席していたミサワホーム社長・三澤千代治(当時)は、この発言に対し「工業化することで、プレハブは一産業たりうると思う」と述べている。 プレハブに対する真逆の捉え方が、両社の商品群の違いに如実に顕れていた。

※9
松村秀一・佐藤考一・森田芳朗・江口亨・権藤智之 編著

冒頭で述べた社史の商品系統図において点として表示されたE型は、しかし決して単年度に限定されたモデルではない。 他の資料には、暫く継続して販売されていた旨が記述されている。
例えば、日本建築センター刊行の「プレハブ住宅ガイドブック1974年版」に拠れば、1972年度までの実績で累計6743戸が供給されている。 また、建築文化誌1981年4月号の特集「住宅生産の'70年代−I」に載せられた各社の商品系統図「プレハブ住宅商品化の流れ」において、E型は途中1975年に二階建てモデルを加えながら1978年まで存続。 以降、セキスイハウスS型へと継承された旨、記されている。
あるいは、旧通産・建設両省及び日本建築センター共催で1970年に実施された先導的モデル事業「パイロットハウス技術考案協議」※6では、B型等の同社他構法に比してプレハブ化率の高いE型のディテールを転用した提案モデル「セキスイハウスE-PH型」※7が採択されるに至っている。

この様に、同社の業績にささやかながらも貢献したモデルが社史で点として扱われる事由。 それは、ローコスト化や高いプレハブ化率の達成が必ずしも社是に合致しないためであったのかもしれぬ。
例えば、日本プレハブ住宅研究所が1968年に出版した「プレハブ住宅の建て方選び方」には、

(前略)同社のさい近の傾向は、高価格に焦点をしぼっている感があるが、これだとセキスイハウス一戸でサノヤ産業や阿部興業のプレハブが三戸から四戸建つ(後略)

とある。
あるいは、日本経済新聞社が1977年9月に発刊した「プレハブ住宅産業−停滞脱出ねらう企業戦略」に収録された「プレハブ住宅の将来」と題する座談会※8の中で、同社二代目社長の田鍋健は以下の様に述べている。

住宅の中でプレハブだけを特殊な商品扱いするところに問題があるというのが私の考え方だ。 プレハブ住宅というのは特殊な商品ではなく、住宅産業の中の一供給形態、一工法をあらわす言葉である。(中略) だから「プレハブ」と区切って、プレハブだけの評価をするという考え方を私はとらない。

更に、「箱の産業: プレハブ住宅技術者たちの証言」※9には、基幹構法のB型システムやメーターモジュールへの田鍋の強い拘りに纏わる同社関係者の証言が記されている。



社是とはやや距離を置くモデル。 しかし事業の展開にあたって商品群の多様性確保のために欠かせぬモデル。 よしんばその様な扱いにあったのかもしれぬE型は、その小振りな姿のまま静かに住宅地の中に佇む様子を今でも時折見掛ける。



 
INDEXに戻る
*引用した図版の出典:積水ハウス

2024.10.19/記