日本の佇まい

INDEXに戻る ニシン漁家建築:笹森家番屋


所在地:
北海道寿都郡
寿都町歌棄町美谷

建築年:
1907年頃

写真1:外観



写真2:立面詳細
右手がガラスを嵌め込んだ荒間格子の竪蔀。 その左側に、竪繁格子を配した出窓が並ぶ。

小振りにも関わらず堂々とした佇まいの番屋だ。
それは、母屋と庇、そして写真1では庇下の陰に隠れてしまっているが、向かって左手の出窓上部に設けられた小庇によって三重に迫り出す立面構成に因るところが大きい。 それぞれの軒裏に施された繊細な垂木が折り重なる様態は、前面道路を挟んで向かいに茫洋と広がり幾重にも連なる日本海の波浪に昂然と対峙しているかの如くだ(写真2)

正面やや右手に付く出入り口の開口高さが身を屈むほどに抑えられているのは、海から直接吹き付ける風を除けるための対応であろう。 更に内側に半間幅の奥行きの風除室を介してもう一枚出入り口建具が付く。 この玄関の向かって右手が傭漁夫の、そして左手が網元のスペースに割り当てられている。
網元側は整形な四つ間取り。 このうち玄関を入ってすぐ左の12畳のチャノマに付く外部開口について、「建造物緊急保存調査報告書」には、「上二枚ガラス戸、下二枚板戸の「シトミ」を落とし込んでいる」との解説がある。 私が訪ねた時点では、冒頭の写真にある通り下半分は雪除けの横板が打ち付けられており下段部分の建具の確認は出来なかったが、なるほど確かに上半分は柱間に引き違い形式ではないガラス建具が嵌め込まれていた。 落とし込む形式だから、いわゆる竪蔀ということになろう。
同報告書の記述によると、この部分は「必要に応じて取りはずされ、室内を吹きはなしにするという。」とあるが、なぜこの建具形式が選択されたのか。 そしてこのエリアに建てられた他の鰊番屋にも同様の建具が採用された事例があったのか。 その辺りのことは判らない。
また、玄関を挟んで右手は、私が訪ねた時点では下部がベニヤ板で塞がれ上部はアルミサッシに替えられていた。 報告書掲載の外観写真にもこの部分は載せられていないのだが、上下のベニヤとサッシの割付を鑑みると左手と同様の竪蔀であった可能性も有ろう。

この番屋の特徴は勿論この竪蔀のみに留まらぬ。
チャノマの更に左手の部屋の出窓部には、二本通し一本切りの竪繁格子が付く。 そして建物正面側立面全面を貫く庇についても、一間幅間隔で並ぶ持ち送り部材に唐草の彫刻が施される等、ところどころに設えられた繊細なディテールが建物に風格を与えている。



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参考文献:
建造物緊急保存調査報告書第13集<北海道教育委員会>

2016.06.11/記