日本の佇まい
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建築外構造物
階段跡
所在地:
東京都新宿区市谷


写真1:

東京の都心部は激しい起伏を伴う地形が意外と多い。 そしてその高低差を処理する土木構造物を観て歩くこともなかなか楽しい。 写真は、そんな散策のさなかに見つけた光景。

明らかに昇降の用途に供する階段の形態を持つと視認され得るコンクリート製の構造体が、その段床を複雑に絡ませながら築造されている。 あるいはそれは、巨大なコンクリート製の躯体を斫って階段状の形態を刳り出したかの様にも見える。 そう、まるで採石場の一部を見ているが如くだ。
しかしこれは深山幽谷分け入った果ての採石場跡ではない。 中層の建物が建ち並ぶ都心部の一画に唐突に現れる風景だ。 そしてそれは、階段の様態を持ちながらも、現況そこに昇降の必要性は存在しない。 昇った先には、建物数層分の高低差を持つ崖地を覆う擁壁が険しく屹立。 その表層に析出し滴り落ちた白華が堆積したかの如く、擁壁と階段状構造物の狭間に存する緩勾配の不定型な法面にモルタル吹付けによる保護工が施されている。

ここに確認される階段状の構造体は、恐らくはかつてこの場所に建っていた建物(ないしは建物群)と何らかの関係を持ちながら、その時々の機能的要請に基づき段階的に作られ形成されたものなのであろう。 それがどの様な用途の建物で、更にはどの様な形で建っていたのか。 更にはその建物とこの階段状構造体の関係や、その形態に纏わる機能的背景が如何なるものであったのか。
昔の住宅地図等を確認すれば、ある程度推察することは可能なのかもしれない。 しかし、実際にこの風景と対峙するとき、その追及はあまり意味を持たぬ。


写真2:
写真3:

何らかの関係を持っていた筈の対象が滅失することで本来の機能を絶たれた構造体が、それでもなおその場に残存し続けること。 それによって、そこに在る形象が本来の目的とは異なる形の力学を発動し始める。 機能的要請に純粋に従って築造されたのであろうこの構造体の群形は、所与の意図とは切り離された美しさを既にそこに胚胎している。
そしてその構造的な美しさを、背後に屹立する擁壁が補完する。 その時々の基準に対応しつつ、そして既存擁壁との兼ね合いに考慮しながら折り重なるように複雑に組み合わさりながら徐々に形成されたのであろう擁壁の造形。 更にはその下端に広がる不定型なモルタル保護工。 これらが相まって、「コンクリートの遺跡」といった卑近な表現が裸形に露呈した不可思議な空間がそこに醸成されている。



 
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2016.03.26/記