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町並み紀行
長岡市摂田屋
場所:
新潟県長岡市
摂田屋

JR長岡駅の一つ南隣の宮内駅に降り立ち、旧国道17号線との交差点を右側に折れ曲がる。 すると、雁木が連なる町並みがひらける。 かつては三国街道と北陸街道の結節点として栄えた、摂田屋(せったや)と呼ばれる地区だ。
以前同市に住んでいた頃、この界隈への関心はそれ程高いものではなかった。 日本酒醸造メーカー吉乃川の巨大な工場が在るといった程度であったろうか。
但し、道路を挟んで吉乃川の向かいに、“サフラン酒”と書かれた大振りな看板を玄関の真上に掲げた豪壮な邸宅があることは、少々気に掛っていた。 小学校の高学年の頃に初めて見知ったその“サフラン酒”という言葉が持つどこか謎めいた響きは、古風な和風建築と相まって、記憶の片隅にずっとこびりつくこととなった。

で、同市を離れてから暫く経ったある日、鏝絵に関する本を読んでいて、とある蔵に釘付けになる。 そのファサードの殆どに鏝絵をまとった派手な蔵。 それが、機那サフラン酒製造本舗土蔵であった。
在住時には、看板と巨大な母屋のみに目が行って、この蔵の存在には気づいていなかった。 その母屋の向って右手にこの蔵が存る。
これは実物を拝まなくてはと、久々にこの地を訪ねたのは1990年の夏。 絢爛たる鏝絵が壁面を埋め尽くし、そして残余をナマコ壁でビッシリと覆い尽くした圧倒的な光景が、眼前に屹立する。

美しいとか素晴らしいという以前に、凄まじいとか鬼気迫るといった表現の方が適切な、その装飾群が織り成す造形は一体どうしたことだろう。
この地には、「越後のミケランジェロ」と称される彫物師、石川雲蝶による作品が幾つか遺されている。 建築の内外装に施された豪胆で精巧で艶やかな彫刻の数々。
それらの仕事とサフラン酒造の土蔵の鏝絵には、どこか相通ずるものが感じられる。 過剰な装飾性への希求に纏わる特異な土壌が、この地にはあるのだろうか。

同酒蔵を後にし、周囲を見回して再び驚くこととなった。
この土蔵のみならず、何やら味わい深い建物や風景が通り沿いに散在している。 例えば、まとまった連続状態が保持されている雁木。 その軒下には、少し懐かしい雰囲気の店舗が連なる。

左の写真:
機那サフラン酒製造本舗の外観
下の写真:
同建物の玄関直上に掲げられた看板
左の写真:
機那サフラン酒製造本舗土蔵の北側立面
下の写真:
同土蔵の東側立面見上げ

上の写真:
同エリア内の土蔵の一つ。このような蔵が点在する。
※1
ゲーブルを力強く立ち上げた二階道路側立面には、櫛形ペディメントを冠した縦長の上げ下げ窓がシンメトリーに並び、その腰部分に楕円のメダイヨンがあしらわれている。
訪ねた当時は、オンヨネ叶ロ田屋工場として使われていたが、現存しない。
上組村信用組合として建てられたのち、宮内町自治警察、宮内農協金融部、そしてオンヨネの工場と転用されたそうだ。
用途を変えつつ長年に亘って様々に活用され続けたのは、そのファサードの意匠性に拠るところが大きかったのかもしれない。

※2
写真は、「秋山孝ポスター美術館長岡」に改修される以前の南側立面。
現況も、この旧態をしっかりと残している。

そんな通り沿いに挿入された洋風近代建築の旧上組村信用組合※1(左下写真)や旧北越銀行宮内支店※2(同右側)。 更には、サフラン酒製造本舗の土蔵以外にも点在する蔵等々。

視覚とは面白いものだ。 興味が無い頃は、少々古びた場所といった程度の印象しか持ち得なかった町並みが、接し方によって全く異なる風景に見えてくる。
盆地特有のうだる様な酷暑の中、夢中になって近傍一帯を歩き回った。

中越地震が発生した翌年の春先、久々に同地を訪ねた。
巨大地震の爪痕がところどころに散見されたものの、しかしそれ以降この地を訪ねるたびに、少しずつ雰囲気が変わってきているという印象を持つ。
例えば「醸造の街」と銘打ち、エリア散策用の案内地図が主要な街路上に設置された。 旧北越銀行宮内支店は秋山孝ポスター美術館長岡として再生され、醤油醸造業「越のむらさき」の主屋は登録有形文化財となる。
歴史を重ねつつ醸成して来たエリア独自の魅力を活かしたまちおこしが穏やかに進行しつつある様だ。

上の写真:
同エリアの通り沿いの風景。
雁木と、そして妻面を道路側に向けた家並みが点在する。

左下の写真:
雁木通り沿いの様子。
  



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2013.07.20/記

参考文献:新潟県の近代建築<明田川敏夫/米山勇>