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町並み紀行
上条
場所:
山梨県甲州市塩山下小田原

写真1:


※1
旧高野家住宅主屋

規模:
桁行24.8m
梁間10.9m
延床面積577.64m2

建築年:1829年

所在地:
甲州市塩山上於曽1651

文化財指定:
1953年3月31日

備考:
現在は銅板葺であるが、もともとは茅葺き。

※2
木喰白道(もくじきびゃくどう)
甲州市塩山上萩原生まれ。 同時代に、全国を行脚し木彫りの仏像を作り続けた木喰上人から仏像造りを学ぶ。 塩山や大月を中心に白道作の仏像が遺されている。

JR中央本線塩山駅の北口正面に、付属棟を多数従えた豪壮な民家が鎮座する。 甘草屋敷と呼ばれている重要文化財「旧高野家住宅※1」だ。
切妻屋根の中央部分を切断して持ち上げた形式は、この地方特有のもの。 棟ごと持ち上げたものを「突き上げ棟」、棟はそのままに屋根面のみを勾配を変えて持ち上げたものを「突き上げ屋根」と呼ぶ。 また、その持ち上げた屋根の下部にバルコニーを組み込む場合が多いため、「やぐら造り」と呼ぶ場合もある。 屋根形式は急勾配の切妻で平入りが基本。 この形式は、養蚕業が始まった江戸後期ごろから造られるようになったと言われている。 屋根裏を養蚕の用途に供するための通風や採光、あるいは屋内外への搬入出を一階を介さずに直接行うことを目的に、この形態が定着したのだろう。
旧高野家住宅は、その外観的特徴が余すことなく表現された巨大民家だ。

この民家の脇を通り、上条集落に向かうために国道411号線(青梅街道)を山あいに向けて進む。 途中、道路の両脇に散在する「旧高野家住宅」に類似した形態の民家を確認しつつ、駅を起点に6km程度移動してから左折。 更に2kmほど進むと、上条集落へと至る。

集落の手前に、「福蔵院」という寺院があり、その薬師堂には木喰白道※2作の百体仏が安置されている。
この寺院の奥にある金井加里神社の脇の小道を更に奥に進むと、やがて林が途切れて写真1の光景が一気に視界に飛び込んでくる。 突き上げ棟造りの民家が傾斜地に折り重なるように並ぶ様は圧巻としか言いようがない。
全てがトタン葺きであるが、これは茅葺きの上に被せた後補のもの。 メンテナンスにかかるコストや労力を考えればやむを得ない措置であろう。 そんな民家が果樹畑の中に点在する。
この畑も、もともとは養蚕を営むための桑畑であったのだろう。 社会や生活形態の変節の中で、集落の風景も徐々に変様しつつある。 しかし、これだけまとまって甲州民家が残る景観が維持されていることは極めて貴重だ。


写真2:
突き上げ棟の連なり

写真3:
集落の中の民家

集落の中を散策していると、「坂ばかりで大変でしょう」と住民の方に声を掛けられた。 恐らくこれは日常の生活実感でもあるのだろう。
案内して頂いた住居内の土間には、栗の巨木を粗くなぐっただけの大黒柱が、屋根裏の闇に向かってどっしりと屹立する。 何物かが宿っているような重厚な風貌に圧倒させられた。
旧高野家住宅の大黒柱も、もともとの樹形の二股部分を利用して横架材を支持している。 この地域の特徴のようだ。

秋になると、家々の軒先に干し柿造りのための柿が吊されている光景が見受けられる。 白壁や褐色の軸組材との対比が美しい情緒を醸し出す。
集落の中にある集会施設にも、白道作の木造百観音像がまつられている。 桜材を用いた一木造。 素朴ながらも慈愛に満ちた観音像だ。
また、近傍には平安期のものと言われる原之京鍛冶遺構が保存されている。



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