日本の佇まい
国内の様々な建築について徒然に記したサイトです
建築探訪
建築の側面
建築外構造物
ニシン漁家建築
北の古民家
住宅メーカーの住宅
間取り逍遥
 
INDEXに戻る
町並み紀行
奈良井
場所:
長野県塩尻市大字奈良井

備考:
重要伝統的建造物群保存地区(1978年指定)

写真1:


※1
個人的に求めるところとは異なるとはいえ、別のページにも書いた通り、テーマパーク的な活用による景観保存手法を批判するつもりは全くない。
旧来の風景を物理的に維持するための労力や経済的負担、そしてそれを実現するための選択として鑑みれば極めて現実的な判断である。
もちろん、観光の枠組みの中で景観が消費され尽くすリスクと表裏一体ではあるが。

※2

写真4
旅籠ゑちご屋の夜景。

※3

写真5
ファサードのディテール。
二階の正面を出桁造りとし、出梁上の桁から更に小屋根を持ち出している。 小屋根の上面に設けられた支持材の桟木は、猿頭と呼ばれる。 格子のデザインも繊細だ。

中山道34番目の宿場として栄えた集落。 “奈良井千軒”と呼ばれ、中山道のなかでは比較的規模の大きい旧宿場町である。 約1kmに渡って旅籠様式の民家が連なる。
かつての宿場町の景観を残す極めて貴重な場所ではあるが、塩尻に赴いたのはこの「観光地」を訪ねることが目的ではなかった。 JR塩尻駅を拠点に、その周辺に散在する本棟造りの古民家が連なる集落を観て歩こうと考えていたのである。 その際、奈良井宿もそんなに遠くではないことに気づき、どうせなら少しだけ足を伸ばしてみようと思い立った次第。

私がこの旧宿場町を訪ねたのは夜間と早朝のみである。
あえてこの時間帯を選んだのは、スケジュール上の都合もあったが、それ以上に山口昌伴氏の著作「和風の住まい術−日本列島空間探索の旅から」の記述によるところが大きい。 この書籍の中で、奈良井と同じ街道筋の宿場町であった旧馬篭宿について書かれているのであるが、日中は観光客がごった返す「テーマパーク・MAGOMEランド」と喝破している。 そして奈良井についても、「地元の人々と来訪者が競演する股旅劇の舞台」と手厳しい。


写真2


写真3

かつての宿場町も、人々が行き交う活気に満ちた観光拠点であったのかもしれない。 しかし、その当時と現在では集落の位置づけが全く異なる。
求めたいものは、歴史を堆積して来た町並みのみが醸成する佇まいの奥行き感であり、その風情が紡ぐ寂声を掻き消すテーマパークの喧噪ではない※1。 勿論それは、個人の勝手極まりない想いでしか無い訳ではあるが。
ところでこの書籍には、その喧噪を避けるためには夜明けが良いといった趣旨のことも述べられている。
その文章に僅かな期待を寄せ、夜間と早朝に奈良井に赴くことにした。 少なくとも、日中よりは落ち着いた風情を愉しめるのではないかと思ったのだ。

結果は目論見通り。 特に夜が良い。
家々の格子戸から漏れる屋内の明かりが、闇に包まれてひっそりと静まりかえった通り沿いのそこかしこをほんのりと照らし出す。 そしてその微細な明かりの中に、旅籠建築の意匠がほのかに浮かび上がる※2
塩尻駅行きの最終電車が到着するまでの間、その佇まいをゆっくりと堪能した。

翌日早朝、今度は塩尻駅からの始発電車に乗り再度訪ねる。
町はまだ静まりかえり、人や車の往来は殆どない。 夜間には見えなかった集落全体の様子が明瞭に確認できる。
その構成は、緩い勾配を伴ってなだらかなS字に湾曲した通りの両側に、切妻平入りの町屋が並ぶもの。 路上駐車が無ければ近世そのものをイメージさせる。
そして、各民家のディテールは、どれもとても繊細だ※3。 その景観維持は、この地域に関わる人々の高い意識と努力が無ければ成し得ぬことであろう。

しかしながら、そのディテールに混じって視界に飛び込んでくる看板の類は、どれも観光客相手と思しき用途を示唆している。 果たして、程なくしてこの場が観光客御一行様参加型股旅劇場疑似体験空間と化すのだろうか。
それを確認することに関心は無かったので、そそくさと塩尻駅へと舞い戻ることにした。



INDEXに戻る 2008.02.08/記