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集合住宅.番外編:「月がきれい」水野茜の家試案
物件データ

所在地:
埼玉県川越市
構造:
RC造7F

補足1:
作中に登場する内観は、LDKと姉妹の部屋、そして廊下部分。
水廻りや主寝室が描かれたシーンは無い。 また玄関部分も限定的なので、それらの箇所は廊下部分の映像からの推定となる。

補足2:
リビング奥の光庭に面した開口の右側にある袖壁が何なのか、よく判らぬ。 しかし、作中においてこの袖壁は必ず描写されている。

2017年4月から6月にかけて放映されたオリジナルテレビアニメ「月がきれい」のヒロイン、水野茜が暮らす集合住宅の間取りの試案になる。
セットバック、光庭、出部屋。 各話に挿入される内外観の映像に基づきプランを考えるにあたり、この三項目が手掛かりとなった。

開放廊下側に光庭、そしてバルコニー側に水野茜と姉の共用室が出部屋にて取り付くことは、映像から容易に推定可能。 それを元にプランの骨格は概ね組み立てられる。
但し、そこに構造フレームを当て嵌めようとすると、なかなかうまく納まらない。 映像では柱型や梁型が描かれていないため、無理やり組み込もうとすると家具の配置等に破綻を来たす。
作中で描かれていないのだから平面図を考えるに当たっても省略して構わないのだが、七階建てで妻側セットバックが多い上に光庭を取り込んだ複雑な建物形状だからWRC造は現実的ではない。 だから何とか柱梁フレームを組み込もうとする時に、このセットバックが一つの解法となる。
外観パースでは、セットバック部分の妻壁にも柱梁フレームが突出していない。 となると片寄せであると解釈可能だ。 その前提で、セットバックの方向に合わせて戸境壁に取り付く柱を全て左側に偏芯させてプラン上に配置すると、描かれた設えや家具配置との整合がある程度可能となる。

リビングダイニングルームは、居室として成立させるために必要な採光計算に関わる外部開口面積が階数によっては結構ギリギリだ。 光庭に関し、そこに面するリビングの開口を採光面積に算入するのに必要な長辺寸法を確保して辻褄は合わせた。 しかしそもそも描写自体が、特にリビングに対する自然採光をあまり期待しないかの様な設定となっている。 一方、隣接する茜と姉が共用で使う部屋※1は採光も眺望もとても恵まれた条件。 不動産としての商品性を鑑みる時、その辺のバランスが今一つ欠けているところがプランを考えていて気になった。
但し、例えばミサワホームの提言の中に「住まいは、巣まい」というものがある。 元来、家造りは子供のために行うものだということ。 子供部屋の環境確保を最優先しつつリビングインの配置とした今回の試案は、単純にはその提言に即した形式と言えそうだ。

ところで、水野家はモデルとなる集合住宅が物語の舞台となった川越市内に実在する。 低層部から最上階まで多段にセットバックする建物外形や上層階妻側パラペットの倒れ、更に一部バルコニー端部の隅切りといった法的規制をかわす各種形態操作も実物そのままに忠実に映像に再現されたものだ。 但し、バルコニー面の構成は大きく変えられている。 ヒロインが姉と共に過ごす出部屋は、実在物件には設けられていない。 あるいは光庭を組み込んだ住戸も無い。 平準的な田の字型3LDKプランが単純な構造フレームの中に素直に積層する極々普通のマンションだ。
外観に関し細部までリアルに描写しながら、なぜわざわざその様な改変を加えたのか。 理由は三つ考えられる。
一つは、姉妹の共用の部屋として絵的に違和の無い内観を用意する必要があったため。 そのための住戸プランを独自に設定し、それを実在する集合住宅の中に組み入れたために改変事由が発生した。
二点目は、帰宅した際にリビングを介して姉妹の部屋に至る動線が絵的に要求されたこと。 その様な平面プランを採用することで、家族の会話や団欒がスムーズに描写され、あるいは設定が明るい雰囲気の水野家の日常を無理なく描くことが可能となった※2
三点目は、最終話のワンシーン。 引越しのために荷物を撤去しガランドウとなった自室の風景。 その窓辺に置き去りにした大切なマスコット「べにっぽ」の背後に川越市内のパノラマが広がる。 初恋相手との離別を一旦は覚悟したヒロインの心情を暗喩するそのシーンのためには、バルコニーを介さず直接外部に面する居室の設定が必要だったのではないか。

※1
姉妹の部屋の出入り口扉は、室内側から見て左吊元の内開きとした。 殆どの映像がその様な開き勝手で描かれている。 但し、リビング側に開くシーンも時折登場する。
勿論、その様な齟齬が作品の魅力を減じることなど微塵も無いが。
※2
その点、もう一人の主人公、安曇小太郎が暮らす戸建住宅は対象的だ。 リビングやダイニングキッチンを介さずに玄関から階段に至る動線を設定。 帰宅した際に両親との会話無しに、あるいは最小限に留めて二階の自室に到ることが可能な間取りとなっている。 それによって、水野家とは異なる家庭の雰囲気が巧く醸し出された。
特に11話ではストーリの展開においてその設定が大いに活かされた。


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2017.12.09/記