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住宅メーカーの住宅
プロトタイプモデル:ミサワホーム・第8号実験棟
1.偶然、そして久々の・・・

かつて居住していたその地に引っ越して間もない頃、近辺をあてもなく散策していた折、ミサワホームが手掛けたこの住宅の存在に気付いた。 その際の第一印象は、「ふ〜ん、ここに建っていたのか・・・」といった程度。
当時、住宅メーカーが手掛けた住宅への興味は完全に途絶えていた。 しかしその頃から更に遡ること十数年前、異様な熱意を持って住宅メーカの住宅を追及していた少年期に、この戸建て住宅の紹介記事を月刊住宅専門誌で目にしていた。 何処に建っているのかなど知る由もなく、そして雑誌で目にしてから十数年を経て現存するのか否かも分かる訳もなく、それ以前にほぼ忘却の彼方のあったその実物を偶然拝む機会を得るということ。 それは、極めて稀有にして僥倖なことの筈。 しかも、竣工時の様態を外構も含め極めて良好に保持しているその物理存在に出会うとなれば尚更だ。 しかし興味を失っていたその当時は特に感慨が沸くことも無く、少年期の僅かな記憶が辛うじて蘇るのみであった。


ミサワホーム55・第8号実験棟南西側外観*

※1
興味を失ってゆく過程及びそれが復活する経緯については、かつてこのサイトの雑記帳に書き散らした「住宅メーカー私史」という不定期連載の中で少し言及した。 復活は、本当にとりとめの無いフとしたきっかけであった。

それから数年が経ち、住宅メーカーの住宅への興味が唐突に復活。 といっても、その対象はかつて興味を持っていた時代のものに限定される※1
往時の様々なモデルについて改めて追及を進める中で、当該戸建住宅への興味も俄然沸くこととなる。 否、自身の中で、他のモデルとは少々位置づけが異なっていた。 それは、おぼつかぬ記憶の中において、このモデルが正式な販売モデルとしてラインアップされたものという認識が無いため。 にも関わらず、住宅専門誌に大々的に取り上げられていたのはなぜか。 いったい、どういった立ち位置のモデルであったのか。
その辺りを確認するために、先ずはかつて読んだ住宅雑誌の記事を再読しようということで、都立多摩図書館のマガジンバンクを訪ねる。 発行年度の目星をつけてバックナンバー数十冊を閲覧申請。 片っ端からページをめくること数刻。 約二十年ぶりにその記事に再会した。

2.様々な研究開発成果の集積体

そこに載せられている内外観写真を改めて確認してみると、いずれもとても興味深い。
例えば、吹抜けを伴う玄関ホールに縦に貫く螺旋階段。 そしてその玄関ホールを囲う壁面は、外壁と同じ石積み調のパターンが施されている。 更には、ワッフルスラブが仕上げとしてそのまま露出する居室の天井、等々。
この壁面や天井には、同社が当時開発を進めていたPALCと呼ばれるコンクリート系の新素材が直仕上げで用いられた。 外装も内装も兼ねるこの画期的な新素材については、別途ミサワホーム55のページで言しているのでここでは省略する。


玄関廻り*

一階洋間*

※2
ハートコアの概念図*
上下二層にキッチンや浴室、トイレ等の水廻りの設備を集中配備してカプセル化。 パソコンの筐体に各種デバイスを任意に装脱着するかの如く、このカプセル化された設備ユニットを住宅に組み込む、あるいは交換することで、住宅建設の生産性や機能の更新性を獲得しようと構想された。
1980年開催の第6回東京国際グッドリビングショーに出展されている。

概念図と平面図を比較すると、同じ形態のキッチンセットが確認できる。 また、概念図の上層に描かれた洗面室やトイレや浴室のレイアウトも、平面図の二階サニタリー部分と同じであることが読み取れる。

しかしそれらの画像以上に興味をひいたのは平面図であった。
建物の中央部に東西方向に貫通する形で線形に配置された非居室用途。 そこを基軸に南北に居室用途を接続させる構成は、同社がかつて発表した「ホームコア」の流れを組む。 非居室用途の中央軸東側には、一,二階とも水廻りを機能的に集約。 その構成は、当時同社が開発を進めていた「ハートコア※2」と同じレイアウトが窺える。 一階の南北に振り分けられた居室用途は、南側がLDK、北側がセカンドリビング。 当時同社が提唱していた「2リビング」という構成で、北側のそれは同じく同社が提唱していた「余暇室」に該当すると思われる。


ミサワホーム55・第8号実験棟平面図*

こうして少々列記してみただけでも、当時、もしくはそれ以前から同社が連綿と開発を進めていた様々な技術要素が多々反映されていることが容易に読み解ける。 そしてそんな各種要素が、南北の居室用途のボリュームを雁行させることで獲得した動的な印象を伴ってバランスよく配置されている。

建物の中央に非居室用途を線形に配置するプランニングは、動線計画の効率化の面で極めて有効だ。
但し弱点もある。 それは、言わば裏手の動線が物理的にも視覚的にも玄関に近接する可能性が高くなること。 当該モデルの組み立てもそれに該当する。 つまり玄関正面に洗面室と更にその奥に配置されたトイレに至る出入り口扉が直接対面している。
しかしここでは、その扉の横にクロゼットの扉を三枚並べ、更に両袖に南北それぞれの居室に至る扉を配置。 恐らくこれらはいずれも同じ意匠で統一され、そのことで玄関ホールの設えを整えると共に洗面室がホール正面に接続する欠点も補っているのであろう。
異種用途の扉に共通の意匠を与えて並置することで玄関廻りの顔づくりを行う手法は、同じ時期に同社が発売していたミサワホームMII型のそれに相通ずるものがある。

3.居住性検証を目的としたプロトタイプ
※3

解体間際の第8号居住実験棟北東側外観。 平面図からも読み取れるように、南西側とほぼ相似形の外観を持つ。

その後、当該住宅に関する資料に幾つか出会う機会を得た。 それらによって、この住宅がその二年後に発売された「ミサワホーム55」のプロトタイプモデルとして1979年に建てられたものであったことを知る。 ミサワホーム55は、旧通産・建設両省が1976年に共同で立ち上げた「新住宅供給システムプロジェクト(通称「ハウス55プロジェクト」)」という住宅生産に関わる先導事業の一環として開発が進められた住宅。 その開発過程において、居住性検証を目的に建てられたのが当該住宅になる。 その名称は、「第8号実験棟」。 八番目に建てたプロトタイプモデルということであろう。

ミサワホーム55の初期開発が完了し商品化が実現した後も、当該住宅は開発関係者が居住を継続。 2010年代前半に建て替えられるまで住み続けられた※3

このモデルが建てられた時代。 それは、住宅そのものの生産性に関わる各種技術開発が大いに進展した時代であった。 だが、今は違う。 勿論、かつてとは異なる新規研究開発テーマには事欠かぬ。 しかしそれらはいずれも、主要構造体の施工方法に関わる生産技術というよりも、内外装材や設備等の個々のパーツに対する異業種との技術提携に依拠したものが多い。 もはや、住宅そのものの工法や意匠性のみで先進性を帯びようとすることは、枝葉の追求でしか無くなってしまっているのかもしれぬ。 そんな状況において、未だその様な先進性に向けてしのぎを削ることが可能であった幸せな時代のプロトタイプモデルが、その物理存在を終えたこと。 それをとても象徴的な出来事として捉えるのは、考え過ぎであろうか。



*引用した図版の出典:ミサワホーム

2020.08.01/記