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建築探訪
沼津市芹沢光治良記念館(旧芹沢文学館)
所在地:
静岡県沼津市
我入道字蔓陀ヶ原517-1

建築年:
1970年

設計者:
菊竹清訓

北東側外観


駿河湾に面する砂浜に沿って帯状に連なる起伏を鬱蒼と覆う松林の中に立地する。
開口部を絞り壁体を強調した四本の塔状の量塊(以下、「コア」と記載)を正方形平面の四隅に配置。 それぞれのコアの間をガラスを嵌めた建具を主とした外装部材で繋いで内部空間を創り出す構成をとることは、瞬時に視認可能。 しかし、松の木々に見え隠れする外観は決して単純ではない。 視線の移動と共に表情を様々に変化させる。

南東側外観

それは、方位とほぼ合致するように配された四隅のコアがいずれも異なる様態を持つため。
七角形平面を持つものが南北の隅角に二本。 他の二本は八角形平面。 前者はその頂部が屋上パラペットを超えて屹立する。 後者のうち東側のものは、その一面に更に矩形に張り出すボリュームを付与。 七角形平面のそれと同様天空へと突き抜ける。 残りの一つは、屋上スラブの下端に納まっている。 結果、いずれの方位も同質の構成要素で成立しつつ、それぞれに異なった非対称形の表情をなす。
例えば、エントランスを有する建物の北東側立面は、中央に二層を貫くガラス張りの建具。 そして右手(北側)に七角形平面のコア、左手(東側)に矩形の突出部を持つ八角形平面のコアを配置。 小規模ながらも落ち着きと安定感を持つ堂々としたアプローチ廻りの構えを形成している。
一方、建物の南東側に移動してみると、二層貫通建具を挟んで両側にコアを配す同じ構成ながらも、左側の八角形平面のコアは頂部がパラペット下に納まっているため、より非対称性が強調されている。 と同時に、パラペットの水平ラインも立面構成要素として強化された動的な組み立て。

一階展示室見上げ
二階展示室
※1

洗面室内観見上げ
七角形平面のコアの一つに収容されている。 下部の白色の100角タイル張りの壁は、手前の洗面室と背後のトイレの仕切り。 階高を活かして上部を吹き放しとし、その仕切り壁からややオーバーハングするように男女のスペースを仕切るコンクリート打ち放しの壁が直交して天井スラブまで屹立する。

※2

四隅のコアのうちの一つに階段室が収められている様子

※3

階段室見上げ
中央を貫く吹き抜けに面して階段が螺旋状に取り付く。 最上部踊り場から突出する片持ち梁から漁具を想わせる照明が吊り下げられている。

屋内に入ると、外部にて確認し得た建物の構成がそのまま空間として顕れる。 中央に、豊かな天井高を持つ展示室。 その展示室の四隅を固めるように配置されたコアに展示室をサポートする機能、即ち事務室や洗面室※1、階段室や展示別室の用途があてがわれる。
コアが構造を担うため、展示室内は無柱。 見上げると、コアどうしを対角線で結ぶように扁平梁が架けられ、その底面に矢筈の化粧目地。 これらの殆どがコンクリート打ち放しで設えられている。
二階の展示室も同じ構成。 四隅のコアに挟まれた開口からは、外部の松林への眺望が開ける。

両フロア及び屋上へ連絡する階段は、八角平面に矩形のボリュームが突出したコアの内部に収まる※2。 中央を貫く吹抜けを巡る様に昇降する螺旋状の階段は、現場打ちでここまでやるかと思わせる、執拗な形態操作が繰り広げられたディテール。 その途上、外部に矩形に突出したニッチ部分に縦長のガラススリットを通して外光が導入される。 そのスリットは最上層で光十字の形をなし、採光が絞られた階段室内に教会の内部にいるような雰囲気をもたらす。


階段室

階段室内ニッチ部分

想い返せば、外観もどこかロマネスク様式の修道院か教会を彷彿とさせる佇まい。 内外通して多用されるコンクリート打ち放しの質感も、その印象を補完する。 一方、階段の中央吹抜けに部分には漁業で用いるガラス製の浮き球を想わせる照明器具。 階段最上部の踊り場から伸びる片持ち梁に吊るされている※3から、設計段階から考えられた照明計画であろう。
確認してみると、漁師町に生まれフランス留学の経験のある芹沢光治良の経歴が、モチーフとしてそれらの形態に埋め込まれたのだそうだ。 であるならば、展示室の天井面に交差する扁平梁に施された化粧目地も、建物周囲のコンテクスト、すなわち松の葉の形象を組み込んだものか。

屋上

屋上に出てみると、四隅のコアのうち三本が床レベルから突出して立ち上がる様子が覗える。 八角形と七角形平面それぞれの頂部に異なる形態処理が施され、外観に変化を与えている状況も確認出来る。
西方向には、松林越しに駿河湾を一望出来る。 西側のコアが他の三本と異なり屋上スラブレベルよりも突出していないのは、この眺望の確保を意図したものか。 あるいはその形態操作により、階段室を納めた東側のコアから屋上に出た際、その先に海原が広がることとなる。
海に対峙する立地を意識した堅牢性、そして一人の小説家の功績をたたえる施設としての記念碑性。 それらが、建物を特徴づけるコアとしての塔に込められたのかもしれぬ。 立地特性を読み込み、そして記念館の主人公の経歴を形態に暗示し、更にはその形態と機能を見事に一致させた建物の全体像が見えて来る。



 
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2021.07.31/記