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建築探訪
王子製紙苫小牧工場社宅
所在地:
北海道苫小牧市
王子町1

写真1:中部4区に建つA型集合住宅南側外観

JR苫小牧駅前広場に降り立ち真正面を見据えた際の街並みの第一印象は、他の地方中核都市のそれと然程変わらぬ。
駅前通りに面して、取り敢えず商業店舗やオフィスの類いが並ぶ。 しかしその起点に鎮座する大規模な商業施設は、空き店舗となって久しい様子。 そしてその足元には、少々離れた場所に立地する巨大ショッピングモールと駅前を連絡するシャトルバスの停留所が配されている。
大規模商業施設の向こう側に連なるやや寂寞とした感のある既存商店街。 そして無人となった駅前大規模商業施設。 更には郊外型巨大ショッピングモールという取り合わせ。 そこからは、商圏の変容に関して国内の至る所で見受けられる様態と同質の状況を単純に読み取ることとなってしまう。

しかし、そんな街への視線を駅舎を背に右手に移動させると印象は一変する。 駅から大して離れぬ位置に三本の巨大な煙突が屹立する工場景観愛好家御用達のテクノスケープが目に留まる。 同市とは切り離すことの出来ぬ存在である王子製紙苫小牧工場だ。
その方向へ歩を進めると、豊かに育った樹木に包まれた団地群が工場の手前に見えてくる。 それが今回取り上げる同社の社宅だ。


写真2:
中部6区に建つB型集合住宅南側外観

写真3:
北側から観た中部4区の住棟群。
手前がA型。その奥に複数のB型。
※1

西部4区に整備された平屋建ての社宅。

低層板状箱型の住棟どうしは十分な離隔を持って南面配棟されている。
その形態は二種類。 雁行とピロティを有するA型集合住宅と、雁行を有さぬ単純な形態とし半地下を設け高床としたB型集合住宅。 その建設は、1956年から始められた。
双方とも、共通して外壁から張り出したサンルームを各住戸の南面に配備。 ガラスのキューブをイメージさせるボリュームがプレーンな白壁からオーバーハングして取り付く様は、同時期に全国津々浦々に数多建てられた公営住宅のそれに比してとても美しい。 更には、蒸気暖房や給湯設備を完備し、そのためのパイプラインが敷地内の頭上に張り巡らされている。 そして共用の洗濯乾燥室も設けられた。
快適で健康的で先進的な暮らしを享受するための福利厚生に対する当時の同社の姿勢の一端を、そこに見い出すことが出来そうだ。

今回取り上げた社宅群は、同社が「中部」と称したエリアに整備したもの。 かつてはこの中部地区以外にも、工場を取り囲むように「東部」「西部」「山手」と呼ばれる三つのエリアに同社の社宅街が作られた。
このうち、例えば工場の更に西側に位置する白金町1丁目界隈に残る西部地区の平屋建て二軒長屋形式の旧社宅群※1などは、同社の社宅整備の推移を辿るうえでとても貴重な遺構だ。

典型的な企業城下町における社宅街の様相は、時代と共に大きく変化した。 それでも現状において、駅の西側至近に今回取り上げた社宅が建ち並び、更にその西側に工場が立地。 そして社宅群の南側に商店街と歓楽街が広がる。
職住遊が近接するその成り立ちは、コンパクトシティとしてありうべき具体形の一事例とも捉えられようか。 商圏の変動や会社関係者の住まいに対する価値観の多様化等、時代の推移に伴う様々な変容はあるものの、それでもなお継承する価値のある都市構造なのかもしれぬ。

参考文献:
王子製紙(株)苫小牧工場社宅街について
<角哲,角幸博,池上重康 日本建築学会論文集第619号>
王子製紙争議記録写真集
<王子製紙株式会社>
五十年の歩み:1910-1960
<王子製紙株式会社苫小牧工場>

2018.06.30/記