平面形状がＬ字型とＩ字型の建物をコの字型に組み合わせて配棟し一体的に扱った賃貸集合住宅。
双方とも北側の道路境界に妻面を向けているが、その立面はいずれもギリシア文字のシグマの字体を思わせる形状を大胆に取り入れた外形を持つ。 そして、そのシグマの内側に配置される開口部や外装仕上げも概ね共通化を図った上でお互いを対面配置。 前面道路に対してシンメトリカルな構えを成す。
意匠的な特徴は、この接道側妻面に留まらぬ。 コの字配棟で囲われた中庭部分（写真２）に面して両棟の共用階段及び廊下が配置され、各住戸へのアクセス経路に供している。 その中庭に面する立面の一部に、床から屋根まで微細な転びを伴って立ち上がるスリット付きの飾り壁を対峙させ双方の統一感と個性を醸すと共に、共用空間に表情と彩りを添える。 また、中庭後方の立面も、前面道路からの視線を受け止める意匠的な操作に抜かりはない。

これらの処置によって通常であれば一つの建物として視認される二棟の集合住宅は、しかしながらなぜか館銘を異とし、竣工年月も僅かにずれている。 写真１の右手がＬ型平面を持つマンション鈴蘭。 左手がＩ型平面の花月マンション※1。
これは即ち、双方は隣接する別々の敷地に建てられ、オーナーも別ということなのかもしれぬ。 あるいは、同一オーナーが投資リスク分散のために敷地を分筆。 建設時期をずらしてそれぞれの敷地に集合住宅を建て、敢えて双方に異なる名前を付けたのかもしれぬ。
事情は知る由もない。 しかし、場合によっては同等規模を持つ同一用途の建物が互いに何ら関連性を持たずに近接して建ち並ぶ可能性もあった筈。 そこを、統一した意匠で纏め上げて異彩を放つ景観を獲得したところに価値が見い出せる。

同時期に周辺に陸続と建てられたであろう競合物件に対し、他には無い意匠性の付与をもって賃貸不動産としての優位性を確保する。 そんな企図のもと、別々の二つの集合住宅が応答し合うことで都市の只中にささやかな個性的風景が添えられた。