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建築探訪
第一ユーカラハイツ
所在地:
北海道札幌市
豊平区豊平八条9

建築年:
1973年6月

写真1:南東側外観


※1

建物周辺街路構成概念図。
赤色表示部分が当該集合住宅。 中央を通る大通りを挟んで左右で異なる軸性を持つ街路パターンが確認出来る。 左側が札幌市街地周辺の軸性と共通のグリッド。 右側が豊平村時代からのグリッド。

※2
南東側立面見上げ

1.二種の都市軸

敷地の南側に立って外観を眺めると、住棟が途中で鈍角に折れ曲がって奥へ奥へと延びる全体像が一望出来る。 手前側は、南北方向から僅かにずれた軸性に則る。 そして折れ曲がった奥の側は、南西から北東に向かう軸性を持つ。
この二種の軸性は、敷地形状及び敷地の東側に沿う道路によってもたらされたものだ。 敷地も道路も、住棟の屈折部とほぼ合致するように同様の折れ曲がり方をしている。

当該物件の立地を中心に地図上で広域を見渡すと、同様の二種の軸性がその周囲に広く確認される※1。 つまり、緯度経度から微妙に振れる方向に延びる街路が織り成すグリッドと、それと概ね45度のズレを持って連なる街路によって造り出されるグリッドだ。 この二種のグリッドが当該敷地近辺で交わり、道路が不整形に錯綜している。
前者は、札幌駅周辺市街地において開拓期より都市計画に基づいて敷設された碁盤目状の街路が、市内を流れる豊平川を超えて延長する様に形作られたもの。 後者は、もともとこの地域が札幌市と合併する前の豊平村であった時代から既にあった街路グリッドを踏襲している。
つまり、開拓期における行政区分の違いによって生じた都市軸の相違が二種の軸性を生み出し、道路も敷地も住棟も屈曲した形状を持つ要因となったと推察することが可能なのではないか。 近代以降の開拓における都市形成プロセスから生じた齟齬が、建築という物理存在によって顕然化した様態。 住棟の屈曲に、そんな意味性を当て嵌めることが出来るのかもしれぬ。

2.各部位詳細

豊平グリッドに則る45度振れた北側の棟は、バルコニー側が上層に行くほど僅かずつセットバックする。 地上から屋上まで貫く袖壁が、そのセットバックに合わせた末広がりな形態を伴って隣り合う住戸のバルコニーどうしの隔壁として幾重も連なる。 そして力強く反り上がる分厚い最上階庇や、虫籠窓を思わせる縦スリットを連ねたバルコニー手摺の形態処理と相まって、安定感を伴う堂々とした意匠を形成しているという印象だ※2
南側の南北軸に概ね則る棟のバルコニー面も、セットバックは無いものの北側のそれとほぼ同様の形態で纏められている。 そして、一階部分のみ大きく前面に張り出すことで、エントランス周りの構えとしての基壇を形成。 これも外観に安定感を与えることに大きく役立っている。

屈折箇所にはエレベーターシャフトが設けられ、水平方向の二軸の交点に鉛直方向の軸性を付与。 建物全形を引き締めると共に、軸性の相違を調律する意匠的役割を担っている様にも見える。



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