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建築探訪
東京都交通局志村寮
所在地:
東京都板橋区
高島平9丁目

建築年:
1971年4月

規模:
4棟,160戸


東京都板橋区にある東京都交通局志村車両検修場。 都営地下鉄三田線の運行管理や保守点検の拠点として各種施設が集積するその広大な構内に入場する機会があった。 敷地の北東にある正面口で手続きを済ませて入場すると、五階建て共同住宅四棟が直列配棟されている状況が視界に入ってくる。

その在り姿は極めて特異。 否、バルコニー部分だけを観るならば、建設年代の推察が概ね可能な特定の時期に固有の平準的な集合住宅の意匠で構成されている。 しかし、その平準的な5層のボリュームが、建築的なスケールを著しく逸脱した列柱に拠って天高く持ち上げられている。
普通のものが普通ではない状況に置かれ、更にその普通ではない状況を創り出している列柱がパステル調の穏やかなカラーリングを施されているという、何ともアンバランスな様態。 しかも御丁寧に棟ごとに色を使い分けている。
単純には「ピロティ建築」の一言で片づけられる訳だけれども、しかしそれにしてもスケールやプロポーションといった点においてなかなかに異形の佇まいではある。

これはどういうことかと近寄ってみれば、建物を支える二列の柱の間には線路が通されている。 さもありなん、ここは「車両検修場」と名付けられた施設内。 車両の保守や留置に供する線路が幾重にも並行して敷設されている。 その一部の直上に建物を構築することで敷地の高度利用を図ろうとしたのであろうことはすぐに了解出来た。 更に、構内に掲げられていた案内図にてそれら四棟の建物が交通局の職員住宅「志村寮」であることを知り、そのやや強引な土地活用方法についても了解する。



※1

敷地外の公道から鉄骨階段を昇り建物の最下階に至る。 その高低差は通常の共同住宅の三層分程度。

※2

右手が、四棟並ぶ志村寮の東端の棟の妻面。 その左側に、検修場内の保守施設を挟んで都営西台アパートが並ぶ。 写真には二棟が写っているが、これを含めた四棟が複数並走する線路の上に築かれた人工地盤上に並ぶ。

検修場での用件を済ませ、退場。 敷地外から改めて志村寮を眺めてみる。
検修場の敷地の北側に接する公道に面して、志村寮にアクセスするための専用階段が設置されている※1。 敷地内から直接各棟に出入り出来ぬ動線計画となっているのは、施設の用途上、日常生活動線を構内に通すことが許容されないためであろう。
敷地境界のフェンスを跨いで公道と住棟を結ぶその階段を昇って辿り着いたピロティの上が建物の一階部分の扱い。 目視に拠れば、ピロティの高さはその上に載る住棟の基準階高三層分程度に相当するだろうか。 各階の住民は、そこから更に各棟の両妻に設けられた共用階段を昇って自住戸にアクセスすることとなる。 また、四棟の住棟は、ピロティ上の一階共用廊下どうしを空中で結び、相互に往来が可能な動線計画となっている。

後日、当該職員住宅について図書館で資料を探してみる。 その際に見つけた「東京都交通局60年史」には、ピロティ形式を採用したことについて、

“土地と空間の高度利用をはかったモデルケース”
“画期的な試み”

と記述している。

では、同様の土地活用を行った事例が他に在るのかというと、実は近傍に実在する。 志村寮の南側に建つ「都営西台アパート」がそれだ。 志村寮は検修場の敷地の北端に並ぶが、その南面に並ぶ各種施設を挟んだ敷地内の更に南側に、それは立地する※2。 幾重もの線路の上に広大な人工地盤を築き、そこにツインコリダー形式の住棟を四棟並置したもので、規模は志村寮を遥かに上回る。 竣工年は、志村寮の一年前。 つまりは先例ということになる。

但し、都営西台アパートが広大な人工地盤の中に住棟を配置しているのに対し、志村寮は列柱で住棟を持ち上げた純粋なピロティ建築という点で違いがある。 その差異が、志村寮を特異な様態の建築として視認させる。 広大であるがために、そこに居る分には地面から切り離され中空に持ち上げられた人工地盤という認識を持ちにくい前者に対し、列柱によって地面から切り離されて中空に浮かぶ後者の群景は、さながら天界を希求する神殿か、若しくは天空より降臨した要塞の如くだ。



 
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参考文献:東京都交通局60年史<東京都交通局>

2011.09.03/記
2022.03.05/改訂