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建築探訪
室蘭市立絵鞆小学校
所在地:
室蘭市祝津町2-7-30

設計者:
坂本鹿名夫

建築年:
1958年12月(1期)
1960年(2期)

規模:
527.27平米(1期)
527.27平米(2期)

写真1:外観


円筒形のボリュームを二つ並べ双方を連結する形式の校舎になる。
この手の学校建築は、今でも国内の各地に幾つか現存する。 「この手の」という表現が使えるのは、殆どの円形校舎が、同一の設計者によって構想されたため。 そしてその時期も、昭和30年代に集中する。

坂本鹿名夫。
その人の発想により建てられた円形校舎は、既に除却されたものや廃校になったものも含め、全国で103件確認されているそうだ。
標準設計に凝り固まっていた四角四面の校舎建築に対する異議申し立てと、そしてより効率的な学校建築のあり方の模索から産み出されたその手法は、多くの事例を通して洗練を極めた。 しかし、一個人の手による洗練は、結局その手法自体が標準化の道を辿り、学校建築にまつわる一つの特殊解となった。


写真2:校舎棟外観

写真3:体育館棟外観

※1

写真6:扇形平面の教室
中央奥の黒板の両脇にある出入口の向こう側が、写真4の螺旋階段を有するホールになる。
扇形の平面に合わせ、机も円弧状に配置された。

※2

写真7:ペントハウス内観
基準階の円形ホール及び螺旋階段部分(写真4)の直上に載る。
螺旋階段をシャフトとした通風機能を担うことで、館内の温熱及び空気室環境の維持にも寄与する。

その特殊解としての標準化の内容については、幾つかの論文で指摘されている。 概要としては、以下の通り。

まずは最も適切な外形として直径20〜30mの正円が設定される。 これより広くても狭くても、校舎の用途としては十分に機能しないと言う。
円の中心に螺旋階段を設けその外周に廊下を円環状に巡らせて共用のホールを成す(写真4)。 更にその外側のドーナツ状の空間を六等分。 扇形に区画された室※1のうち、五つを教室に充てて残りの一つをトイレや他の階段等の用途に充てる。
そんな構成を基本とした平面を概ね三層重ね、更にペントハウス※2を載冠したブロックを一棟とし、あとは個々に要求される教室数に応じて棟数を決定する。

室蘭市に立地する絵鞆小学校も、この基本形式に則った校舎棟(写真1の向かって右側及び写真2)と、そして最上階に体育館(写真3,5)を設けた体育館棟の二棟で構成され、双方が渡り廊下で接続されている。
体育館棟の方は、最上階を体育館とするために中央に垂直動線を設けていないものの、円形ホールの外周に扇形に区画された諸室を配置する一階及び二階部分の平面形態は、基本構成にほぼ則ったもの。 基本構造がほぼ同じであるために、内部用途の差異がそのまま外観に現われた二棟が並置されても違和が生じず、逆に相補の関係を生成しているところが興味深い。


写真4:校舎棟螺旋階段

写真5:体育館棟最上階内観

円筒形の外観という特異性は、地域のシンボルとしての機能も担っていたことだろう。 しかし、その後の児童数増加に伴う普通教室棟の増設においては、この円形校舎の形式ではなく、通常の矩形の平面プランが採用された。 因みに、写真1の左手にその増築棟が少しだけ写っている。
理論に則れば、同様の円形校舎の増設による対応も可能であった筈だ。 それが行われなかったのは、この形式の特殊性ゆえであろう。 形式の特殊化・先鋭化の果てにあるのは、緩やかな終焉。 この建築形式における設計手法もその例外とはなり得ず、特定の時期に興隆した特殊な建築形態として建築史の一項目に収まることとなった。
更に、この小学校自体の存続も、少子化という社会情勢の影響と無縁ではなかった。



 
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参考文献:
「北海道における円形校舎について」
三河智子,角幸博,石本正明
日本建築学会北海道支部研究報告集No.76
(社団法人日本建築学会)

2010.07.24/記
2020.04.04/内観写真追加,文章調整