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北海道総務部総務課第一車庫公宅(北海道庁本庁車庫)
右画像補足:
当該建物南側外観。
手前に構造表現が大掛かりな平屋の棟。 その背後に、北2条通りに面する接地階をピロティとした矩形の棟が見える。
当初目に留まっていたのは、背後の棟。

札幌に在住していた80年代後半、この建物の北側に面する「北2条通り」は何度も往来している。 ために、最初の印象も道路に沿って配棟された北側外観のみに限定されていた。
四角四面のボリュームに無機的に横連窓が並ぶだけの無表情な外観。 その外表はくすみ、古ぼけた風采を呈している。 一階は殆どがピロティになっていて、上層を支えるために等間隔に並ぶ構造柱は全て内側に同じ角度で傾斜。 柱間はいずれも駐車スペース。 漠然と、タクシー会社の社屋かなと思う程度で、それ以上の関心を寄せることはなかった。

しかし、このピロティ建築近傍の公共施設に出向いた際、裏手(南側)に不思議な構造体が目に留まった。 梁間方向に等脚台形型の断面を持つほぼ無窓の矩形の箱が東西方向を長軸にして横たわり、そのボリュームを包み込むように鉄筋コンクリート造のアーチが等間隔に幾つも上空を跨ぐ。

何だコレはと、携えていたコンパクトカメラにその外観を収めたが、なぜかこの構造体についても当時はそれほど興味は沸かず。 撮りっぱなしのまま年月が流れた。

※1
ゼンリンの住宅地図巻末の別表欄にて確認。

※2
官舎棟が表通りに面しアーチ状の棟が裏手に位置するから、建築デザインとしてその構造体を積極的にアピールするために構想されたとは考えにくい。 つまり、過剰な構造表現はデザインでは無く、機能的な要請に基づくものと解釈した。

※3
タイトル欄の建物名称は、ゼンリン刊行の住宅地図に拠る。 2025年12月20日の当該ページ改訂に伴い、北方建築誌記載の名称も併記した。

00年代半ば、当該サイト「日本の佇まい」を開設しようと思い立った際、ふとこの建物のことを思い出した。 その異形の構造表現について取り上げてみるのは面白そうだと、関心が湧いてくる。 では改めて実見をと思ったが、既に除却されて久しいと知る。

ならばせめて建物の来歴をと、ゼンリン刊行の当該建物現存時の住宅地図と、そして国土地理院がネット上に公開する航空写真にて建物の大まかな概要を確認する。 タクシー会社の社屋と捉えていた北側の棟の名称は、掲題の通り。 その一階は、北海道庁関係の車の待機スペース。 二階以上は各フロアに住戸を四つ並べ※1官舎とした集合住宅。 当時調べた範囲で把握し得たのはここまで。 アーチを擁する構造棟が官舎と一体の建物なのか否かは住宅地図からは特定出来なかった。
例えば北側官舎一階のピロティと一体となった駐車場であるならば、アーチ構造の採用事由は内部空間の無柱化による車室配置の自由度の確保※2と見立てられよう。 しかし、下に掲載した南西側外観画像の右手に映る煙突の存在にその推察が揺らぐ。 駐車場用途はあくまでの官舎一階のピロティ部分のみで、南側のアーチ構造の棟は例えば官舎とは別の地域暖房供給に供するボイラー施設の可能性もあり得るのではないか。

謎を多々抱え込みつつも、取り敢えず推察を交えて文章を整え、サイト立ち上げと同時に当該建物のページを公開するに至った。

それから再び十数年の時が流れたある日、時折拝読するサイト「札幌ノスタルジック建築散歩」にアクセスして思わず仰け反った。 「建築年表公共編」のページに当該建物について「北海道庁本庁車庫」との名称※3で詳述が追加されているではないか。
参考文献として1950年代に刊行されていた建築専門誌「北方建築」も紹介されている。 しっかりと調べ上げる方がいらっしゃるものなのだなと大いに感嘆する。
※4


早速、図書館にて「北方建築」に目を通す。 そこで新たに得た建物概要は左記※4の通り。

所在地:
北海道札幌市
中央区北1条西7丁目

建築年:
1958年5月
設計:
北海道公営課/廣田基彦

施工:
山口建設

規模:
地上4階建て
判明した建築年から、私が初見した際に既に竣工から約30年が経過していたことを知る。 そしてアーチの構造体について、設計者が同誌に執筆した解説の中には、
建築として=車庫内に柱を出来るだけ少なくすること。しかも,経費節約の点から鉄骨などは使はずに・・・・・・・この命題に答えたものは屋上に突出したアーチによる主梁の補強であつた。
と記されている。
また、上掲の画像右手に写る煙突についても、
隣の労農会館のボイラーから蒸気の供給を受けて
とあり、東側に隣接していた建物の設備の様だ。 そしてアーチ構造に対する当初の推察も大きくは外れていなかったので一安堵。
しかし、そうして実現した無柱空間の屋上を官舎に住む子供達の遊び場にしようと計画されていたことまでは推察出来ていなかった。 なるほど、立地は札幌市内中心部。 交通戦争なる造語が取り沙汰される程に自動車による事故の激増が社会問題化し始めていた時代に、都心の安全な遊び場を確保する手段として地上から切り離された人工地盤は極めて有効。 巨大なアーチが芯芯5.8m間隔で幾重も架構された空中庭園は、入居していた子供達にどの様な場所として記憶されたのだろうか。
何気なく撮った二枚の写真が手元に残るのみの現存せぬ謎多き建物に対し、撮影から四十年近くを経て漸くその概要を把握するに至った。


 
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参考文献:
北方建築VOL.1 No.2<北方建築社>
ゼンリンの住宅地図'89札幌市・中央区<ゼンリン>

参考サイト:
札幌ノスタルジック建築散歩<K.K. office yamashita>
地図・空中写真閲覧サービス<国土交通省・国土地理院>

2006.07.08/記
2025.12.20/改訂