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建築探訪
入広瀬会館
所在地:
新潟県魚沼市
穴沢237-5

竣工:
1968年7月

施工:
福田組

写真1:北西側外観


※1:
写真6
入広瀬中学校外観

信濃川水系の一つ、魚野川の支流である破間(あぶるま)川に面した山あいの途上に位置する僅かな平坦地に、市庁舎や小学校、そして中学校等の公共施設が寄り添って建つ。 地域の中心的な機能を担うそのエリアの一角に、この建築も位置する。
しかしその外観は、連なる公共建築物の中にあっては、明らかに異彩を放つ。 平面は、アルファベットの「T」の字に近似。 但し、T字の横棒部分は円弧を描く。 そして縦棒にあたる部分は、円弧側を底辺とする台形の平面形状を成している。
円弧の棟と、台形の棟の組み合わせは、ゆったりと翼を広げた鳥の様だ。 とはいっても、その形象は、決して飛翔感溢れるものではない。 軽やかでしなやかな羽によって組成されるはずの翼は、重たいコンクリート製の袖壁や庇や梁といったパーツに置換され、重力に拮抗して力強く屹立する砦のようでもある。
しかし、重く険しいパーツの練成体でありながらも、決して威圧的ではない。 前述の包み込むような円弧の形によって、来訪者を優しく招き入れるような印象を形成している。

写真2:
弧を描く棟と台形の棟の接続状況。 台形の棟は、一階がピロティになっている。 その上の二,三階はフロアレベルや階高が円弧の棟とは異なっている。
写真3:
円弧の棟の外壁面詳細。庇と袖壁はしっかりと縁が切られている。 そしてその袖壁は、最上階庇天端レベルを超え、屋上へと突き抜けている。

険しさと優しさの同居。 素材とディテールと形態の絶妙な調律によってもたらされているこの意匠のうち、険しさの方は、日本有数の豪雪地という魚沼の地理的特性が大いに関わっているのではないか。
全ての開口部の上に、共通ディテールによる庇が付く。 その庇は、出幅に比して必要以上に分厚く、そして構造的には不要とも思える小梁がその軒裏に突き出ている。 この異常なまでに漲る強度は、降雪地における古民家の軒先に見受けられる豪放な出桁のディテールを髣髴とさせる。

写真4:
台形平面の棟の側面見上げ。この面が、台形の斜辺にあたる。 小梁や庇、そしてその両脇の二重の袖壁の向きは、いずれも台形の底辺(あるいは上辺)にあたる妻壁と平行になっている。 そのため、斜辺と底辺の角度の分だけ、側面の壁とは微妙に角度が振れている。
写真5:
写真1と逆側の立面。こちらも同じディテールによるパーツの積層によって構成されている。

その視点で周囲の公共建築物を再度見渡せば、近傍に建つ入広瀬中学校※1も、同じような軒庇と見て取ることができる。 こちらは、庇の出を深くし、それに伴って必然的に力強い片持ち梁が軒裏に張り巡らされている。
竣工は1972年11月。 入広瀬会館とほぼ同時期だ。
豪雪への意識が、これらの形態を編み出したのではないだろうか。



2011.01.22/記