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建築探訪
長岡市中之島支所
所在地:
新潟県長岡市
中之島788

建築年:
1968年

写真1:南東側外観


※1

コア内の階段。
強固な四周の壁のほか、折り返し階段の中央部にも分厚い壁柱が二枚設けられ、鉛直方向の構造の要となっていることが、形態に顕れている。

その立地にとりたてて特性は無い。 交通量の多い幹線道路に面してはいるものの、周囲は戸建て住宅やロードサイド店舗、そして工場などが雑多に並ぶ国内のどこにでも見受けられる郊外のありふれた風景。
逆に、そんなコンテクストの不在が、この特徴的な建物形態を編み出す手掛かりとなったのだろうか。 周囲の風景に対し、この建物の存り姿は極めて異質であり、そして唐突に見える。

建物の正面に立って外観を眺めれば、その構成は極めて明瞭な両端コア形式。 建物の左右に屹立するコアの内部には階段室やトイレ等のサービス用途が納められると共に建物の鉛直方向の構造の要となる※1。 そしてこの堅牢なコアに挟まれた中央の空間は、あらゆるレイアウトが可能な無柱のユニバーサルな執務室。 そんな組立てが容易に読み取れる。
しかし、単なる両端コア形式に留まらぬ特異性をこの建物に付与しているのが三階部分。 その両端は左右それぞれのコアよりも更に外側に突出しオーバーハングを形成。 二つのコアが規定する鉛直部材によって支持され中空に浮かぶ巨大な横架材の如く、それは堂々とした水平ラインを伴って建物の上層に架構される。
いわば建物三層分のスケールを持つスーパーストラクチャー。 その様態は、水平方向に間延びした巨大な鳥居。 あるいは横綱が土俵入りする際の両腕を左右に開くポーズの如く堂々としたもの。
恐らく、建物はこのスーパーストラクチャーによって完結している。 それ以外の要素は全てサブストラクチャーとして規定され、例えば二階のフロアは、両端コアから架け渡される床梁と、それに直交する三階から吊り下げられた柱梁フレームによって成り立っていることが、帳壁外部に露出する構造体の構成から読み取り可能だ。
巨大な横架材としての三階部分は外周がインナーバルコニーとなっており、そこに穿たれた開口は全て六角形。 その内部の外壁面に取り付けられたサッシも幾つかは同じ六角形をなし、建物の外観を特徴づける要素となっている。

外観を一通り観察したのち、屋内に入る。 玄関を入ってすぐ左手に掲げられている館内案内図には、外観目視で想定し得た内部構成そのままの平面プランが描かれている。
職員の方に建物について少々話を伺った。 執務空間がコア間に架かる橋梁の様な造りのため、人が往来する際に床が大きく揺れることが稀にあるとのこと。 歩幅や速度などの歩行条件と構造体の固有振動数が偶然合致することに起因する共振現象だ。
あるいは、三階の六角形の開口は、この地域の名物となっている大凧をイメージしたものなのだそうだ※2。 畳八枚分程度の大きさを持つ六角凧を揚げることが、近世よりこの地で盛んにおこなわれ現在に至っていることが近傍の図書館で閲覧した郷土資料に書かれていた。 毎年六月上旬には「今町・中之島大凧合戦」なる伝統行事も、役所近傍を流れる刈谷田川の河川敷で執り行われている。 ここで漸く、地域のコンテクストとこの建物の形態が繋がった。

建物をあとにし、近年の河川改修により新たに整備された刈谷田川の土堤から家並み越しに庁舎を遠望する。
土俵入りの型の如き力強い架構形態は、かつて氾濫を繰り返し周囲一帯に幾度も甚大な水害をもたらしたこの河川に拮抗し、地域の安全安心の砦であろうとする意思表示の様にも見える。 そして庁舎背後の遠方には越後の霊峰・弥彦山が泰然と横たわる。 その取り合わせは、どこかこの庁舎が弥彦山に向けた鳥居としての立ち位置を示す構造形式の可視化を指向した様にも捉えられる。
単に個人的な解釈に過ぎぬ。 しかし夕闇迫る誰そ彼時、不在に思えたコンテクストがそこに強固に立ち現れ始めた。

※2

庁舎の近傍に建つ交番の外壁面の二階部分にも六角形のモチーフ。
誘発目地としてはあまり意味の無い入れ方だけれども、地域性に呼応した大凧をイメージした化粧目地だとするならばそれはそれで好ましいと解釈できようか。


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