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建築探訪
ゑり芳ビル
所在地:
新潟県長岡市
東坂之上町1-6-6

規模:
地下1階,地上6階(塔屋含む)

写真1:南東側外観


1.記憶の中の風景

写真2:俯瞰画像

市内駅前のメインストリートにあたる「大手通」。 駅前広場を背にこの通りを西方向に歩を進めて最初に出会う交差点界隈は、かつては市の商業地の中心として大いに賑わうエリアであった。 その交差点からやや南側に逸れた角地に、かつてこの「ゑり芳ビル」が建っていた。
私はこの地に幼少から高校卒業まで住んでいた。 その間、ハウスメーカーの住宅にこそ興味を持っていたが、一般建築への関心は極僅か。 それでも、大手通交差点の雑踏の合間に何気なく眺めるこの建物は、その外表に纏う異形の意匠がどこか気に掛かるものであった。

その後同地を離れてから暫し時が流れ、建築的な興味を伴ってこの建物と再び対峙したのは90年代半ばに差し掛かってからのこと。 僅かな印象の中に残り記憶の奥底にこびり付いていたその外観が、目の前に圧倒的な存在感を持って屹立する。
朧な記憶の中では、外壁は濃灰色の人造研ぎ出しの様なテクスチュアであった。 しかし目の前に立ち上がる表層は全てアイボリー色の吹付けタイル仕上げ。 これが途中で上塗りされたものなのか、それとも当初からのものなのかが判らぬほどに、この建物を眺めるのは久々のことであった。
もっとも、後補のものだとしても相当前に施されたものであろうことは、その表層に付着する汚れから明らか。 交通量が多く、そして凹凸の多い壁面が汚れを誘因する。
しかし、虚ろな記憶の中の色彩と異なっていようと、そしてその表層が汚れでくすんでいようとも、それらは建物の魅力を僅かたりとも減じる要素とはなり得ない。 それほどに強力な意匠が、その外表を覆い尽くしている。



2.立面構成
通りから分岐する小路沿いに面する南側立面は、写真3,4の通り。
その頂部には大きな円筒の突起が規則的に並ぶ。 その突起周囲の壁面は縦方向に大きく凹凸を伴って波打ち、そして円筒どうしの間には竪リブが通しで設けられてお互いを間仕切る。 この部位は屋上階の手摺だ。


写真3:南側立面見上げ
写真4:西側から観た立面
※1
写真4の下層部分に左右通しで取り付いている商用看板の辺りを水平軸に、円筒突起が上下対称に配置されている。 壁面の凹凸も上下対称である様子が判る。

その下部に縦長の八角型の開口がこれも等間隔に建物の中間階三フロアにわたって配列。 穿たれた八角型の開口は、屋上階手摺の竪リブを中心軸として配置され、それぞれの開口には上下固定中央引違いの段窓スチールサッシが面落ちして取り付く。 この中間階壁面の層間は深く括れると共に最上層と同様の竪リブが上下の開口どうしを連結し複雑な陰影を造り出している。
更にその下層、即ち地上レベルにおいて再び屋上階の手摺と同じ円筒の突起が上下二列並ぶ。 その二列は、目線より高い位置に設定された水平軸※1を境に壁面の凹凸も含めて上下対称に反転配置され、小路を往来する者に対して不思議な造形をアピールする。 この造形に気付いた者は、思わずその上部を仰ぎ見、写真3及び5の如く更に折り重なる不思議な造形群に眩暈を覚えることになろう。

この円筒形の二段の配列が基壇。 その上部に三層にわたって積層する八角形の開口が基準階。 そして再び円筒形の突起が並ぶ頂部という明解な三層構成によって、立面が成り立つ。



3.ディテール
※2

写真5:立面詳細
隣り合う各パーツのリブ同士を重ね合わせてシール処理し一本の竪リブとして見せている。
※3

写真6:隅角部詳細

複雑に波打ち、そして表情豊かな開口が並ぶこの壁面は、子細に確認すると三種類のパーツのみによって連成されていることが判る。 いずれも竪リブが鉛直方向のジョイントとして規定されるパーツだ※2
つまり、屋上階の円筒形の開口廻りにおいては、それぞれの円筒と左右のリブが一単位。 地上部のそれも同様であるが鉛直方向の寸法が屋上階のものより引き伸ばされている。 そして中間階の八角形の開口部分は、左右二つの開口をそれぞれ縦に半割りしたアルファベットの「I」の字に類似する型のパーツが一単位。 それらを各層水平方向に連続させれば、当該立面が形成される。
また、層間の括れた箇所には、各パーツの固定に用いていると思われるボルトと六角ナットも確認される。
つまり三種の規格パーツは全て別の場所で製造され現地に運び込まれて乾式固定されたものと推察可能だ。

連続体の端部処理としての南東出隅部分のディテールは、上記構成を前提とした巧みなものだ※3
写真6を見ると、壁面パーツの小口を直角に突き付け、その交差部を左官によるものと思われる面取り処理で納めていることが判る。 その面取りは、最上部屋上手摺(円筒の突出を持つパーツ)の出隅部が匙面。 縦長開口部直下の出隅が銀杏面と、形態の使い分けが図られている。
そしてスチールサッシのコーナー部は、ガラスを更に外側二方向に突き出して小口を露出させることで建物のエッジがシャープに際立つ。
これらの形態操作から、隅角部の意匠的な処理に相当気が使われたことを汲み取ることが出来よう。



4.むすび

一瞥した印象では変化に富んだ複雑な構成に見える立面が、プレファブリケーションを前提に練られた可能性をもつこと。 そしてその様な合理的施工技術に依拠しつつ、三層構成という古典的規範の組み込みを示唆した全体像に纏めあげられていること。 更には細部に施された尋常ならざる意匠的な配慮。 これらのことを鑑みると実に興味深い建築作品である。 しかし、周囲を圧倒する異形の意匠は壁面のみに留まらぬ。 屋上階のペントハウスには、そこに配置される柱型を含め更なる不思議な造形が確認される(冒頭写真1,2参照)。

今のところ、建築年は特定出来ていない。 同市関連の資料を追う中では、少なくとも1971年にはオーナー住居件店舗併設のテナントビルとして供用されていたことを確認している。

国内の多くの都市に見受けられる様に、同市の駅前既存商店街も、郊外型商業施設の興隆に伴うポテンシャルの低下によって近年は閑散とした状況を呈している。 記憶の中にあるかつての賑わいなど見る影も無い。 しかしそんな周囲の激変など意に介さぬが如く、この異形の立面は泰然と存在し続けた。
その居住まいを愛でるべく、同市を訪ねた際には必ず当該建物へと歩を向けていたが、周辺一帯の再開発に伴い2008年8月に除却。 現在その敷地には9階建ての集合住宅が建つ。



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